高座が命
みなさん、こんにちは。
アマチュア落語家のすい喬です。
新型コロナウィルスの蔓延でエンタテイメント関連はさんざんですね。
どうにもなりません。
寄席まで土日は臨時休業ということになりました。
どんなことがあっても毎日開いているのがあたりまえだったのに。
ウィルスには勝てません。
それだけじゃないです。
歌舞伎、芝居、ミュージカル、ライブ、スポーツ。
ありとあらゆる興行が全て中止。
密集したところにいちゃいけないということです。
いわゆる三密です。
音楽家は基本的にみんなフリーランスです。
給料をもらっているのは大きなオーケストラに入っている人ぐらいかな。
それだっていつまで続く者ものやら。
落語家なんてもっと悲惨です。
完全な個人営業ですからね。
あちこちの落語会がどんどんキャンセルになって、噺家たちは悲鳴をあげています。
それだけじゃありません。
アマチュア落語家だって同じです。
ぼくもここ2か月で3本、落語会が飛んじゃいました。
ショックです。
つまんない。
稽古をする気になれません。
芝居と同じで板数が勝負なんです。
お客様の前で噺をさせてもらってなんぼの世界です。
それが生きた稽古なのです。
壁に向かっていくら喋ってもダメ。
鼻から息をするものの前で話して、笑ってもらうことで、ホンモノの勉強ができるワケです。
だからといって犬や猫じゃダメですよ。
本当に困りました。
4月もダメ、5月にも落語会は予定されていますが、さてどうなるのやら。
髪結いの亭主
久しぶりに落語のネタを書こうかなという気分になりました。
少しアホらしい調子でいないと、ほんとに元気がなくなりますのでね、
今回は「厩火事」です。
ご存知ですか。
先代の三遊亭円楽師匠がよくやってました。
どこにでもありそうな噺です。
ヒモというのは男の夢だなんていうことを聞いたことがあります。
家でぶらぶらしていると、奥さんが外で稼いできて食べさせてくれる。
いいですね。
こういうのを昔は「髪結いの亭主」といいました。
今でいう「主夫」でしょうか。
そんなに家事もしないんです。
とにかく暢気に遊んで暮らしている。
生活費は奥さんが髪結いで稼いできてくれる。
今のように店に通うワケじゃありません。
あちこちの家に出張するのです。
その家で女将さんやお嬢さんの髪を結って、お金をもらう。
腕がよければ、当然たくさん稼ぎもあります。
元々働きたくない男にとっては最高のポジションですね。
あらすじ
髪結いのおさきさんが仲人の家に飛び込んできます。
旦那と別れるというのです。
話をきくと、仕事がたてこんで帰ってきたらあれやこれやと文句ばかり言ってて仕方がない。
もうイヤになったというのです。
そこで仲人も一緒になって亭主の悪口をいいます。
本当ならこんなことはいいたくないけれど、先日おまえの家を訪ねた時、女房が外で働いているのに、昼から酒を飲んで刺身を食べてたんだ。
飲むなと言うんじゃないが、お前が外で働いているんだから、帰ってくるまで待てばいいじゃないか。
2人で差し向かいで飲んでるのなら、仲のいい夫婦だと俺もうれしい。
しかしあいつは元から働く気のない奴だ。
ちょうどいい別れろ。別れろ。
ここまで言われて、おさきさんは自分が年上で弱みがあることも告げます。
この先本当に死に水までとってくれる人なのかどうか、本心を知りたいと仲人に言うのです。
そこで登場するのが中国の生んだ思想家、孔子の話です。
『論語』(郷党)の中に次のような一節があります。
「厩、焼けたり。子、朝より退いて曰く、人を傷くるか、と。馬を問わず」。
意味はこうです。
馬小屋が焼けた。
勤務先から帰ってきた孔子は「誰にもケガはなかったか」とだけ訊ねた。
馬のことなど一言もいわず、部下の心配だけをしてくれたというのです。
あれだけ大切にしていた馬よりも家来の身体のことだけを心配してくれたんだよ。
どうだ、これからもこの主人のために働こうと思うだろ。
皿を割ってみろ
ところで麹町のさる殿様にこんな話があると仲人はさらに続けます。
大切にしていた皿を持ったまま、奥方が階段から滑り落ちた時、身体のことを心配をせずに皿のことだけを訊き続けた。
皿はどうした、皿は大丈夫かと皿以外のことは何も訊ねなかったというのです。
さる殿様の奥方は、こんな薄情な人とは一緒にいられないということですぐに離縁を申し出ます。
本当におまえの亭主が愛情をもっているかどうか、知りたかったら試してみろ。
亭主の大事にしている皿を割ってしまえ。
その時にお前の身体のことを心配したら、それは愛情がある証拠だ。
反対に皿のことばかり言っているようなら、もう別れろ。
ここまでいわれて、おさきさんは家に戻ります。
麹町のさる殿様になるか、それとももろこしの方か。
こればかりはやってみないとわかりません。
旦那は一緒に飯を食べようと思って待ってたのに、どこへ行ったんだとやさしい言葉をかけます。
やっぱりこの人はもろこしだよ。
何いってるんだ、はやく食べよう。
おさきさんはその足で茶箪笥の奥から亭主の大切にしている皿を引っ張りだします。
そんなものは今いらないだろ。
割れたらどうするんだ。
今、もろこしだと思ったら、もう麹町のさるだよ。
何言ってるんだと叫ぶ間もなく、お皿は粉々に。
台所の板をあげて、そこへ足をひっかけたようなふりをしながら、お皿を割ってしまったのです。
ああ、だからよせっていったのに。
身体は大丈夫か。
ケガはしなかったか。
旦那はどこまでもやさしいのです。
ああ、この人はホンモノのもろこしだよ。
そんなにあたしの身体が心配かい。
あたりまえだ、おまえにケガでもされてみろ。
明日から遊んでて好きな酒が飲めねえ。
孔子が2600年前にこの話を聞いたら、さてどんな顔をしたでしょうね。
腹を抱えて笑うくらいのことがあってもよさそうだと思いたいのですが。
実によくできたばかばかしい噺です。
しかし女性の持つせつなさもちょっと伝わってくる落語です。
夫婦を長くやっている人にはピッタリですね。
こういう噺のリアリティは、やっぱり長く人間をやってないと、表現できないかもしれません。
ぼくも時々高座にかけますが、なかなかに難しい噺です。
愛情と不安をどう混ぜて表現すればいいのか。
少し色気もいりますしね。
いつか寄席にでも行ったら、じっくり聞いてみてください。
よく高座にかかります。
最後までおつきあいくださり、ありがとうございました。