晏子(あんし)
みなさん、こんにちは。
元都立高校国語科教師、すい喬です。
今回は春秋時代の斉の宰相、晏子をとりあげます。
姓は晏、名は嬰、字(あざな)は平仲です。
彼のことを知りたかったら、宮城谷昌光の『晏子』を読んでください。
ページをめくるのがもどかしいぐらい、面白い本です。
3代の王に仕えた名宰相です。
父親、晏弱の喪に服した、3年間の日々に頭が下がります。
本当に質素を好む人でした。
宰相でありながら、全く贅沢をしなかったのです。
その人格の高潔さに心惹かれますね。
宮城谷昌光の著書の中でも、『晏子』は大変人気があります。
今回の話に少しでも興味がわいたら、ぜひ手にとってほしいものです。
内容はそれほど難しくはありません。
一読すれば意味がとれます。
時は中国春秋時代。
楚の国へ使節としてやって来た斉出身の晏子(あんし)を辱めようと、楚王が一人の男を斉の国の盗人に仕立て上げます。
「斉の国にはこんな盗人がいるのか」と晏子に問い詰めます。
そこで晏子が口にした言葉が「江南の橘江、北の枳と為る」です。
橘はたちばな、枳はからたちを指します。
2つの植物の違いがわかりますか。
橘と枳は見た目がとてもよく似ています。
しかし、橘は食べられるのに対して枳は苦くて食べらません。
さらに枝には鋭いトゲが付いているのです。
江南の土地では橘(たちばな)であるものが、江北に植えると枳(からたち)となるというのです。
人は住む場所や環境によって、性質が変化することの譬えに使われました。
橘は有用なもの、枳は無用なものの例にもなります。
書き下し文
晏子(あんし)将(まさ)に荊(けい)に使ひせんとす。
荊王之を聞きて、左右に謂ひて曰く、
「晏子は賢人なり。今方に来たらんとす。之を辱めんと欲す。何を以てせんや」と。
左右対へて曰く、「為し其れ来たらば、臣謂ふ一人を縛し、王を過ぎて行かん」と。
是に於て荊王晏子と立ちて語る。
一人を縛し、王を過ぎて行くもの有り。
王曰く、「何為(なんす)る者ぞや」と。
対へて曰はく、「斉人なり」と。
王曰く、「何にか坐せる」と。
曰く、「盗に坐せり」と。
王曰く、「斉人固(もと)より盗するか」と。
晏子之を反顧して曰く、
「江南に橘有り、斉王人をして之を取らしめて、之を江北に樹うるに、生じて橘と為らずして、乃(すなわ)ち枳と為る。
然る所以(ゆえん)は何ぞ。
其の土地之をして然らしむるなり。
今斉人居斉に居りては盗せず、之を荊に来たせば盗す。
土地の之をして然らしむる無きをや」と。
荊王曰く、「吾子を傷(そこな)はんと欲して反って自ら中(あ)つるや」と。
現代語訳
晏子が荊に来ようとしました。
荊王はそれを聞いて、家来に「晏子は大変に賢い男だと聞いている。今ちょうど荊に来ようとしているところだ。ちょっと辱めてやろう。どうすればいいだろうか。」と言いました。
家来の1人は「晏子が来たときに、私が斉の人間を捕え、王の前をわざと通り過ぎましょう。」と言ったのです。
そこで荊王が晏子と立ち話をしている時、1人を縄で縛り、王の前を通り過ぎようとしたのです。
王が「そのものは何者か」と尋ねたところ、「斉の国の人です」と答えました。
王が「何の罪で捕らえたのか」と尋ねたところ、「盗みをした罪です」と答えたのです。
王は「斉の人はいつも盗みをしているのか」と重ねて訊ねました。
晏子はこれに反論するため次のようなことを言いました。
「江南に橘の木があります、斉王がそれを使いの人に持ち帰らせて、江北に植えると、橘ではなく枳になってしまいます。これはどういうことでしょうか。
その土地がそうさせたのです。斉の人は斉の国にいても盗みをしませんが、荊に来たら盗みをはたらきました。この土地が彼にそうさせたのです。」と説明しました。
荊王は「晏子を傷つけようとして、逆に自らがそうなるところだったかもしれない。」と反省しながら呟いたということです。
この言葉の意味はわかりやすいですね。
「彼は斉にいるときは立派な人物だった。しかしそれが楚に来たら盗みを働いた。
これはこの国の土地柄が良くないせいだ」と楚王を逆にやり込めたという故事を応用した言葉です。
場所や状況によって、同じ人間が善にも悪にもなるという譬えによく使われます。
江南の橘(たちばな)が、江北では枳(からたち)となるというのは、ちょっと不思議な言い回しですね。
しかし同じようなことは、世間によくあることです。
人間と風土
江南と江北の違いがわかりますか。
長江の南と北のことです。
日本も縦に長いので、北と南の人の性格はかなり違いますね。
それは中国でも全く同じなのです。
ぼく自身も北の満州と南の広州を訪れたことがあります。
気候の差が大きな影響力を持っていることは、十分に理解できました。
江南の橘は、黄色くて香り甘く美味だそうです。
しかし同じ苗を北に移すと、それが枳(からたち)となり、青くて酸味と苦みが増してしまうのです。
不思議な話です。
これを南橘北枳(なんきつほくき)といいます。
覚えておいてください。
風土によって、人も植物も本来の性質を変えてしまうという意味です。
斉の人は本来は正直ですが、楚の風土によって盗人になってしまうという意味なのです。
この論理を前面に出して、晏子が反論したため、斉の人間を侮辱できなくなってしまいました。
「自ら中つる」というのは自分自身に命中するという意味です。
完全に1本とられたというところでしょうか。
考えてみると、人間は環境に左右される生き物です。
「朱に交われば赤くなる」などという中国の諺もあります。
『説苑』(ぜいえん)という20巻にも及ぶ漢の初めころまでの賢人たちの逸話を集めた本があります。
その中の1つにこの晏子の話が載っています。
チャンスがあったら必ず『晏子』を読んでみてくださいね。
今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。