「枕草子・紙など得たるに」清少納言と中宮定子との親しさがよくわかる名場面

『枕草子』は清少納言の書いた名エッセイです。その中に、定子との並々でない親しさがよく表現されている文章があります。それが紙と畳に関しての記述です。少しだけ読んでこましょう。

「十訓抄」一時は損をしても後で大きな利を得れば良しとする人生の教訓

『十訓抄』という本は儒教的な要素が強い教訓をもとにした本です。具体的な説話などを元にして、人間はどのように生きたらいいのかということを説明しています。ここでのテーマは損して得をとれというものです。お読みください。

「浜松中納言物語」異国の地、唐に渡った主人公が織りなす幻想的な王朝物語

大変にユニークな作品です。作者が誰なのか、本当はよくわかっていません。唐の国にわたった中納言が主人公です。ポイントは輪廻転生にあります。それが三島由紀夫に大きな刺激を与えました。

「唐語林」信義によって人心をおさめる政治のあり方を示す逸話「徳」

『唐語林』という中国の本に乗っている話です。徐敬業は実際に官吏として地方の長官もつとめました。その治世の基本は、徳によるものです。役人の非情な取り立てなどの実態もよく知っていました。そのため、彼は徳のない政治は人を幸福にはしないと信じていたのです。

「近古史談」徳川家康の逸話には天下人になるべき資質が垣間見える 

徳川家康の逸話をひとつご紹介しましょう。多くの武将の話を漢文でまとめた本の話です。その名も『近古史談』です。なかなかあ゜味わい深い内容なので、感心してしまいます。

「玉勝間・本居宣長」兼好法師の文章に対する批判が痛烈なのに驚く

本居宣長が『玉勝間』の中で兼好法師を批判しています。自分の美意識とはあわないということを告白しているのです。いかにも苦労をして、自分の国学を完成しようとした学究の徒の風格が滲んでいます。

「内田百閒・サラサーテの盤」幻想的で不気味な雰囲気をたたえた名短編

内田百閒の小説はどれも不思議な味わいに満ちています。どこか非現実的で幻想的なのです。時に人を不安にする要素がちりばめられていると感じます。サラサーテの盤もまさにその部類の作品ですね。

「抑損の道・孔子」満を持するために大切なこととは何か「満つれば欠ける」

孔子の考え方を示した文章です。人間の欲望には際限がありません。しかしどうしたら幸せになれるのか。そのためには欲望を抑えることです。そのための心構えを示しています。

「無名抄・鴨長明」道因入道がどれほど和歌に執着したかが実感できる逸話がこれ

『無名抄』は鴨長明の書いた歌論書です。といっても歌道を解説するための本ではありません。ここでは道因入道がどれほど和歌に執着したかを論述した話がいくつも出てきます。どれも面白いエピソードばかりなので、楽しんで読んでみてください。

「建礼門院右京大夫集」滅亡する平家一族と恋人・資盛を供養した歌人の書

『建礼門院右京大夫集』にある代表的な場面の一節です。滅亡していった平家の武将、資盛が彼女の恋人でした。その邸宅を死後に訪問した時の心の動揺を記した箇所です。歌の持つ力があふれています。

「済陰の賈人・郁離子」払うと約束した百金のお礼が惜しくなった商人は…。

命を助けてもらったにも関わらず、礼を値切った商人が再び、事故にあったとき、人びとはどうしたか。その結果を一緒に考えてみましょう。

「徒然草・第百七十五段」700年前にアルハラを批判した兼好法師の人間観

お酒にまつわるハラスメントについて、鎌倉時代を生きた兼好はどう考えたのか。非常にユニークな段です。

「伊勢物語・世の中にたえて桜のなかりせば」花のいのちを詠む歌人たちの詩魂

『伊勢物語』にはたくさん桜にちなんだ話が出てきます。その中でも「渚院」の段は有名ですね。有名な和歌にちなんだ話をぜひ、読んでみてください。

「風姿花伝・世阿弥」芸の研鑽は慢心を捨て学び続ける魂の中にある

世阿弥の『風姿花伝』はいつ読んでも新鮮です。いろいろなことを教えてくれます。最も大切な言葉は「稽古は強かれ、情識はなかれ」です。この言葉の意味が本当に理解できれば、人生を誤ることはないでしょう。重い表現ですね。

「讃岐典侍日記」亡き堀河天皇と幼帝鳥羽天皇とに対する作者の心情は

讃岐典侍の日記です。堀河天皇のことを思い出しながら、つい涙をこぼしてしまったところを幼帝に見られます。父親のことをそれぞれに思い出しながら、まとめた日記に愛情が仄見えます。

「徒然草」女性の本性を論じた第107段に見る兼好の思考パターンはこれ

『徒然草』の107段は女性の本性について、兼好法師が述べたものです。論点の進め方について、彼独自の方法論が如実に出ています。じっくりと観察してみましょう。