与微之書
みなさん、こんにちは。
元都立高校国語科教師、すい喬です。
今回は白居易の書簡『与微之書』を読みます。
読み方は「びしにあたうるしょ」です。
微之とは、同じ年に科挙に合格して以来の友人だった元稹(げんしん・779—831)という人の字です。
字(あざな)とは文人や学者などが、本名以外につけるペンネームのようなものです。
彼は白居易とともに庶民の苦しさを詩に詠みました。
2人は大変に親しく、白居易の左遷を聞いて、病んでしまうくらいだったのです
科挙は現在の国家公務員上級試験と考えてください。
中国では6世紀の隋の時代に始まり、清が終わるまで、ずっと続けられてきた官吏登用のための試験です。
詳しいことは別の記事に書きました。
リンクしておきますので、時間のある時に読んでみてください。
一言でいえば、途方もないスケールの試験です。
現在の入試とは全く内容が違います。
想像を絶する苛酷な試験なのです。
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2人は30年間近くも、心の通い合う友として交際してきました。
白居易は微之について、多くの詩を遺しています。
それだけにこの文章を読むと、友情の厚さがよくわかります。
白居易については高校でも学びます。
作品は『白氏文集』に所収されています。
この詩集には2800の詩が収められているのです。
現存する唐の詩集の中でも最多を誇ります。
日本にも伝えられて、貴族の間では爆発的な流行となりました。
菅原道真の漢詩文や『源氏物語』など、平安時代の文学に多大な影響を与えたのです。
白居易のペンネームにあたる字は楽天です。
日本では「白楽天」の名前で呼ばれることの方が多いです。
平易な表現を好み、儒教的な文学観をもとにした作品が目につきます。
最も有名なのは「長恨歌」「琵琶行」などでしょうか。
感傷的な詩が多いのも日本人にはあっているようです。
本文
四月十日夜。楽天白す。
微之、微之。
足下の面を見ざること、已に三年なり。
足下の書を得ざること、二年にならんと欲す。
人生幾何(いくばく)ぞ。
離闊(りかつ)すること此くの如し。
況んや膠漆(こうしつ)の心を以て、胡越(こえつ)の身を置くをや。
進みて相合ふを得ず、退きて相忘るること能はず、牽攣(けんれん)するも乖隔(かいかく)し、各々白首ならんと欲す。
微之、微之、如何せん、如何せん。
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天実(まこと)に之を爲せば、之を謂ひて奈何(いかん)せん。
残灯焔無くして影憧憧たり。
此の夕べ君の九江に謫(たく)せらるるを聞く。
垂死の病虫驚きて起坐すれば
闇風雨を吹きて寒窓より入る。
(注)
①膠漆(こうしつ)の心 ぴたりと寄り添った心
②胡越(こえつ)の身 遠く離れた身体
現代語訳
微之に与ふる書 白居易
四月十日夜、楽天記す。
微之よ、微之よ、君の顔を見ないことは、もう三年にもなる。
君の手紙を待つことも二年になろうとしている。
人生の長さはどれほどか。
このように遥かに引き離されている。
まして膠と漆のように強く結ばれた心を持ち、胡越の土地に身を置き、進んで君に会うことは出来ず、退いて互いを忘れ去ることも不可能だ。
惹かれつつ引き離されて、それぞれ白髪頭になろうとしている。
微之よ、微之よ、どうすればいい。
どうすればいいのだ。
実にこれが天の定めなら、いったい何を謂えばいいのだ。
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消えかかっているともしびは、炎もなく、かすかな光がゆらゆらと揺れている。
この夜更けに、君が九江に左遷されたという知らせを聞いた。
重態の病床にあって、驚きのあまり半身を起して坐りなおしたのであるが、暗やみの中を吹く風が、雨を吹き、寒々とした窓から入り込んできただけだ。
この詩の原型は次の通りです。
これは七言絶句という形式です。
1つの行が7文字、4行で成り立っています。
唐の時代に最も隆盛した詩の型です。
残燈無焔影憧憧
此夕聞君謫九江
垂死病虫驚起坐
闇風吹雨人寒窓
左遷
唐の時代、役人が左遷されることはかなり多かったようです。
他の土地へ移り、新たに任官した人もいます。
有名な詩の中に白居易の「重題」(重ねて題す)があります。
清少納言の書いたエッセイ『枕草子』の中で使われている有名な詩です。
「香炉峰の雪」の段といえば、知っている人も多いことでしょう。
詩を踏まえた謎かけが登場するのです。
それくらい誰もが知っていた有名な詩なのです。
日は高く睡(ねむ)り足りて猶お起くるに慵(ものう)し
小閣に衾(ふすま)を重ねて寒きを怕(おそ)れず。
遺愛寺の鐘は枕を敧(そばだ)てて聴き、
香炉峰の雪は簾を撥(かか)げて看る。
匡廬は便(すなわ)ち是れ名を逃るるの地、
司馬は仍(な)お老を送るの官為(た)り。
心は泰(やす)く身も寧(やす)く是れ帰する処(ところ)
故郷何ぞ独り長安にのみ在らんや。
日は高く昇り眠りも十分足りたのにまだ起きるのが物憂い。
小さな中二階で布団を重ねて寝ているから寒さの心配もない。
遺愛寺の鐘の音は枕を斜めに傾けて聞き、香炉峰の雪は寝たまま簾をはね上げて見る。
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廬山は俗世間の名誉や利益を逃れるための場所であり、今自分が就いている司馬の官は老後を送るための閑職である。
身も心も安らかに居られる所が落ち着く所なのであり、故郷は何も長安ばかりにあるのではない。
彼は唐の都、長安だけが故郷ではない言いきっています。
もちろん、強がりですね。
それと同じように、病にもかかわらず左遷を驚き、心配してくれる微之の友情に感激した手紙の文面が光ります。
2人が遠く離れていて会えない悲しみを嘆く心情が理解できますね。
天がこんな運命をもたらしたとは、いったい何と言えばいいのかと嘆いた後で、嘆き悲しんでいるだけではないことも付け足しています。
江州は気候もよく、疫病もなく、蛇や害虫も少なく、魚も酒もうまいと言っているのです。
相手にあまり心配をかけたくなかったのでしょう。
晩年までここで過ごしてもいいと書いています。
友情というものの、持つ力を感じさせる書簡ですね。
離れた友人と唯一つながっていたのが、手紙なのです。
そうした時代の背景を想像しながら、文章を味わってみてください。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
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