【上野鈴本無観客配信】コロナ禍の土壇場に1つの決断があった【寄席勘】

落語

無観客配信

みなさん、こんにちは。

アマチュア落語家、すい喬です。

落語は客席で聞いているのと、高座で演じるのとでは全く違う芸能なのかもしれません。

これはやってみなければわかりません。

全く同じだったら、誰も実際に踊ろうとはしないかもしれませんしね。

1度、自分で噺を覚え、座布団の上に座って試してみてください。

どんなものかわかると思います。

もちろん、ただ覚えて話しただけでは、落語にはなりません。

そこには独得の「間」が必要なのです。

立て板に水のように話せば面白いのかと言われると、明らかにNoですね。

登場人物の持っている独自の時間というものがあります。

気の長い人、短い人、年齢の差、男女の違い…。

その他、職業による息遣いなどというものもあります。

それを全て1人で演じるのですから、とんでもない芸だということがわかるでしょう。

わかりやすくいえば、完全な1人芝居です。

たった1人で、全ての登場人物を表現するのです。

時には動物を演じるケースもあります。

狐、狸などはもっともポピュラーですね。

何年もやっているうちに、必ず自分の限界につきあたります。

自分自身の持っている時間概念や、経験に限りがあることを知るのです。

そして、自分の殻を破ることの難しさを知ります。

実はここからが次のステップなのです。

芸は自分が本来持っているものから抜け出ることのできない、螺旋階段のようなものです。

すごく苦しい道です。

次の関門

結論からいえば、自分を超えることはできません。

できたと思った瞬間、すぐに次の関門がやってきます。

だから一生、精進できるとも言えます。

数年前のコロナ禍で、芸人たちは本当に苦労しました。

すべての収入源が断たれました。

それまでの予定が全て空白になったのです。

地方での興行はもちろん、寄席も全て休席になりました。

噺家たちは路頭に放り出されました。

「あってもなくてもいい商売」から「なくてもなくてもいい商売」になりました。

落語家だけではありません。

舞台人全てがキャンセルの嵐に覆われたのです。

自由業と呼ばれる人たちの苦労は、近くでみていないと本当にはわかりません。

フリーはどこまでいってもフリーです。

仕事がなければ、一銭も入ってこないというのが現実です。

しばらくすると、落語家の中にも果敢にチャレンジする人が出てきました。

ネット配信がそれです。

課金システムなどを利用して、少しでも現金を手に入れようとする芸人も現れました。

それ以上に、稽古をする機会がないと、芸のレベルが落ちることを怖れたのです。

モチベーションを維持するのは、それほどに難しいものなのです。

お客の前で同じ空気を吸いながら、噺の間を覚えていくというのが、最高の稽古です。

俗に「板数」といいます。

舞台人の全てに通用する考え方です。

上野鈴本演芸場

時間を数年前の2020年にまで戻しましょう。

上野鈴本演芸場では春風亭一之輔の「春風亭一之輔チャンネル」や、古今亭菊之丞の「古今亭菊之丞でじたる独演会」の配信を行なっていました。

性能のいいカメラと高感度マイクを配置して、無観客で中継をしていたのです。

落語の生配信を初めてみた人がいるかもしれません。

上手な噺家には、お客の姿が見えていたのです。

まるで客席に人が座り、彼らが笑っているかのように微妙な間を計算して、落語が披露されました。

彼らは無観客の空間であっても、お客に包まれていました。

そうでないと、噺の間がまるでかわってしまいます。

落語家はお客が笑う微妙な時間、噺を先に進めません。

わずか、0.1秒か0.2秒の差です。

しかしこれがないと、客は疲れてしまうのです。

自分の感情を吐き出して、リラックスするための時間がどうしても必要です。

落語家の腕の差がはっきりと浮き出てしまう瞬間でした。

やがて新型コロナウイルス感染拡大に伴う、緊急事態宣言発令の影響は、長期にわたって続く可能性がみえてきました。

そこで鈴本演芸場は「5月上席」を一気に無観客配信にしました。

無観客開催を指示していた東京都の方針に従わず、youtubeでオンライン配信を行なったのです。

前年の6月に続いて2度目のことでした。

同時配信の成功

一之輔が出演した「昼の部」や柳家権太楼が出演した「夜の部」は、鈴本演芸場チャンネルでもアーカイブ配信をしました。

この時の番組はすべて録画して今も保存してあります。

今、見てみると妙な静けさの中で、芸人たちが粛々と自分の「間」を守っている姿がよくわかります。

ここがアマチュアとの1番の差でしょうね。

素人はその時の気分で走ってしまったり、遅れたりするのです。

厳しい違いを見せられたといってもいいのかもしれません。

3月下席に2日間休席となった真打ち昇進披露公演の配信もありました。

基本はプログラム通りでしたが、前座、二ツ目、色物なども出演し、真打ち昇進公演は、プログラムを変更し、新真打ち5人がそろい踏みをしました

寄席では見られない顔ぶれでした。

視聴はすべて無料だというところにも、鈴本の意地を感じます。

もちろん「芸人応援チケット」も販売しました。

購入すれば寄席再開後に割引になる特典までつけたのです。

支配人の台詞がいいですね。

「休業によって出演機会が激減してしまった芸人の『寄席勘』を取り戻す場を提供したい」というのがそれです。

老舗はやりますね。

ちなみに主な出演者は以下の通りでした。

この寄席には落語協会の噺家だけが、出演できます。

6日(4月下席)昼:古今亭菊之丞、夜:春風亭一之輔
7日(6月上席)昼:公演なし、夜:隅田川馬石
13日(5月上席)昼:林家正蔵、夜:柳家権太楼
14日(6月中席)昼:春風亭一朝、夜:入船亭扇辰
20日(3月下席)昼夜:新真打ち5人
21日(4月中席)昼:柳家小ゑん、夜:金原亭馬玉
27日(5月中席)昼:古今亭志ん輔、夜:桃月庵白酒
28日(5月下席)昼:柳家喬太郎、夜:金原亭馬治

「寄席勘」

いい言葉ですね。

これこそが芸の究極の形です。

どんなにアマチュアが望んでも届かない、究極の修行の場なのです。

今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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