【師匠と弟子】縁は異なものとはいうけれど一連托生の世界は別格

落語

芸の世界は伝承がすべて

みなさん、こんにちは。

アマチュア落語家でブロガーのすい喬です。

今日も落語会があります。

これから支度をして出かけなくちゃなりません。

なんとなく不安ですね。

それというのも今年はコロナ禍の影響でぐっと高座が減りました。

いつもなら2週間に1度は必ずどこかでおしゃべりをしていたのです。

もちろんプロじゃありませんから、年に600席なんて途方もない話じゃありませんけど。

それでもコンスタントにお客様の前で噺をするというのは、本当に楽しいのです。

もちろん怖いですよ。

うけなかったら悲惨ですからね。

それでも頑張ってやってると、少しずつでも間の取り方がわかってきます。

急いではいけない。

あまりにゆっくりでもいけない。

この加減が1番難しいのです。

よく落語を知っているお客様が多い場合は、演題を見ただけで皆さん楽しみにしてくれます。

だからこそ、演者も気合いを入れてやらなければいけません。

噺は間が命です。

会社でいえばプレゼンテーションみたいなもんですかね。

一方にはパワーポイントなどという最強の助っ人がいますが、落語はたった1人。

最後まで誰も助けてくれません。

あえていえば師匠でしょうか。

自分を育て上げてくれた師匠との出会いは、みんな劇的です。

出会い

落語の場合、スカウトというのはありません。

どうしてもこの師匠に弟子入りしたいと決めたら、どんなことがあっても自分からお願いにいかなければならないのです。

寄席の木戸で出待ちをしたり、自宅を訪ねたり、知り合いを介してお願いをしたり…。

方法はさまざまです。

しかしどの場合も必ず自分から志願しなくてはなりません。

通常は断られます。

食べていけないからやめなさい、厳しい世界だよというのが殆どです。

それでも食い下がってやっと弟子にとってもらいます。

プロになるためには、必ず師匠につかなければいけないのです。

1000人近くいるという噺家がなんとか生活できているのも、このシステムがあるからです。

どこかのプロダクションに入れば、それでプロを名乗れるというのではありません。

師匠は見習いや前座時代、全ての生活の面倒を見なくてはなりません。

もちろん落語も教えます。

楽屋での雑務を全て覚えた頃にやっと師匠のそばに毎日いなくてもいいという二つ目になれるのです。

浜美雪という書評などで活躍している評論家の『師匠噺』という本をちょっと覗いてみてください。

楽しいですよ。

師匠と弟子のエピソードがたくさん載っています。

この不思議な関係はいったい何なんでしょう。

師匠は弟子の寝る場所、食事、衣服、さらには芸までを無償で与えます。

前座から二つ目、さらに真打ちになるまで、あれやこれやと世話をやくのです。

正月にはお年玉を配ります。

俗に内弟子といわれる住み込みの弟子が家にいると、師匠の奥さんはほとほと疲れるといいます。

なんといっても元は他人ですからね。

親子以上に気をつかい、それでいて、師匠にどの程度のメリットがあるのかといえば、それは謎です。

これが噺家の世界そのものなのです。

自分自身も師匠に面倒を見てもらい、噺を教わり、さらに他の兄弟子や、師匠方に稽古をつけてもらう道筋までつけてもらったのです。

その恩返しといえばいいのかもしれません。

弟子になるのも今では大変

弟子になるのも容易なことではありません。

半年も通ってやっと願いがかなうということもあります。

親の承諾なしに入門を許可することはありません。

前座になると、1日も休みがないのです。

師匠とずっと行動します。

高座を毎日わきで聞いているわけですから、わざわざ稽古なぞしてもらわなくても、その間合いまでが似てくるということになります。

師匠の芸に惚れて入門するのですから、その影響は絶大です。

噺の中にふっと師匠の影がよぎるというのもこの世界の妙かもしれません。

稽古は師匠が同じ話を3回だけしてくれます。

それをあとはひたすら覚え、すぐに演じなくてはなりません。

テープレコーダーもない時代から、この方法はごく当たり前のものとして通用してきました。

今ではスマホで録音という手もあります。

しかし必ず師匠に許しを得てからでなければいけません。

どうして3回聞いただけで覚えられるのか。

極度の集中力がそれを可能にするんでしょうね。

今は逆に録音が許されるので、少し緊張も緩くなっているのかもしれません。

自分のノートに全て書き取って、あとはひたすら覚えるのです。

師匠が稽古してくれた通りに真似をします。

オウムみたいなもんです。

他の師匠に教えてもらう時は、必ず自分の師匠に話して、きちんと連絡をとってもらいます。

師匠同士で話がちゃんと通じていない状態で稽古をしてもらうなどということは、絶対に許されません。

Photo by udono

もしそんなことをしたら破門です。

弟子をやめなくてはなりません。

外からみていると、隋分といいかげんな世界に見えるかもしれませんが、不文律がたくさんあるのです。

師匠の許可をもらわない限り、稽古をした噺を高座にかけることはできません。

柳家は道灌から

柳家であれば最初は『道灌』という噺から入ります。

これは主な登場人物が2人だけという噺なので、基本を覚えるには恰好のものなのです。

師匠は自分の培ってきた芸を無償で、入門したばかりの若者に教えます。

どんな大看板といわれる人でも、これは同じです。

その後はあまり多くの噺を教えるというのでもなく、だいたいは兄弟子や、他の師匠に習うというのもこの世界の面白さです。

あまり師匠にくっつきすぎてしまうと、自分の味わいというものがそこなわれてしまうと考えられているからです。

古今亭には古今亭の流儀があります。

同じ噺でも、誰に教えてもらったのかがすぐにわかるというのが、この世界なのです。

人気落語家、柳家三三(さんざ)が師匠小三治から教えてもらったのは、道灌の最初の部分だけでした。

「ご隠居さん、こんにちは」「誰かと思ったら八っつぁんか」だけだったといいます。

このやりとりの中に長屋での両者の関係、家の広さ、調度品の佇まいなどがあるわけです。

掛け軸に何がかかっているのかを想像させなければいけません。

dima_goroziya / Pixabay

それほどに難しいものが噺なのです。

一朝一夕にできあがるようなものではありません。

入門後、15年近くたって真打ちになれた頃には、すっかり噺の世界の住人になりきるということになるわけです。

それだけに師匠をしくじるということは決定的な失点になります。

これが原因で落語家をやめていった人は数え切れません。

別の師匠に詫びを入れてもらって復帰するとか、落語協会から、もう一つの落語芸術協会へ鞍替えをして、芸名をかえた人までいるくらいです。

柳家小さんと柳亭市馬、柳家さん喬と喬太郎、古今亭志ん朝と志ん五などの話が『師匠噺』に載っています。

いずれも不思議な縁でつながった人たちです。

芸は一代限りのものですが、噺は芸人達のものです。

自分が多くの噺家の間にはさまり、それを繋いでいく役目を背負っているのだという感慨も、また芸人を育てる礎になっているのではないでしょうか。

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芸人同士の縁について考えてみると、それだけで1つの世界ができあがっているのがよくわかります。

亡くなっても師匠はいつまでも自分の師匠です。

ある意味、親以上の存在になるのです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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