詩人、吉野弘
みなさん、こんにちは、
元都立高校国語科教師、すい喬です。
今回は詩を読みます。
長い間教壇に立って授業をしてきましたが、詩の難しさは格別なものがあります。
自分で今日はうまくいったなと感じたことはありません。
それくらい難しいです。
言葉の意味を教えるのはそれほどではないのです。
その奥に隠された詩人の心情を一緒に味わうことが厄介なのです。
どうしてその言葉を使おうとしたのか。
その背景に迫らなくてはいけません。
生徒が何を感ずるのか。
それを聞いてまわることもできませんしね。
感想文を書かせればいいのではないか、という意見も確かにあるでしょう。
それも1つの方法です。
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しかし言葉にする前の、言葉の萌芽の状態を重視したかったです。
生徒が無言になってしまうのも、十分予想できます。
「永訣の朝」を必死に読んだ時、ほんのわずかの時間でしたけど、ああこの詩を読んでよかったと感じたことがありました。
あの方言を自分の表現にできたような気がしたのです。
「I was born」は吉野弘の代表作です。
彼の詩については、このサイトでもいくつか取り上げています。
合唱曲として「こころの四季」などの紹介もしました。
「祝婚歌」をとりあげたこともあります。
彼の詩を読んでいると、これが詩人だと肌で感じるのです。
言葉に対する鋭い感性とでもいえるようなものが、みごとなくらいに散りばめられています。
高校の教科書にこの詩が載っているということを、感謝したいと思います。
I was born
確か 英語を習い始めて間もない頃だ。
或る夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと 青い夕靄の奥から浮き出るように 白い女がこちらへやってくる。物憂げに ゆっくりと。
女は身重らしかった。
父に気兼ねをしながらも僕は女の腹から眼を離さなかった。頭を下にした胎児の 柔軟なうごめきを 腹のあたりに連想し それがやがて 世に生まれ出ることの不思議に打たれていた。
女はゆき過ぎた。
少年の思いは飛躍しやすい。
その時 僕は〈生まれる〉ということが まさしく〈受身〉である訳を ふと諒解した。僕は興奮して父に話しかけた。
――やっぱり I was bornなんだね――
父は怪訝そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返した。
――I was bornさ。受身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね――
その時 どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。
僕の表情が単に無邪気として父の眼にうつり得たか。
それを察するには 僕はまだ余りに幼なかった。僕にとってこの事は文法上の単純な発見に過ぎなかったのだから。
父は無言で暫く歩いた後 思いがけない話をした。
――蜉蝣という虫はね。生まれてから二、三日で死ぬんだそうだが それなら一体 何の為に世の中へ出てくるのかと そんな事がひどく気になった頃があってね――
僕は父を見た。父は続けた。
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――友人にその話をしたら 或日 これが蜉蝣の雌だといって拡大鏡で見せてくれた。説明によると 口は全く退化して食物を摂るに適しない。胃の腑を開いても 入っているのは空気ばかり。
見ると その通りなんだ。ところが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっそりした胸の方にまで及んでいる。
それはまるで 目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとまで こみあげているように見えるのだ。
淋しい 光りの粒々だったね。
私が友人の方を振り向いて〈卵〉というと 彼も肯いて答えた。〈せつなげだね〉。そんなことがあってから間もなくのことだったんだよ、お母さんがお前を生み落としてすぐに死なれたのは――。
父の話のそれからあとは もう覚えていない。ただひとつ痛みのように切なく 僕の脳裡に灼きついたものがあった。
――ほっそりした母の 胸の方まで 息苦しくふさいでいた白い僕の肉体――。
山形県酒田市
この詩人には不思議と親近感があります。
出身が義父の生まれた土地でもあり、高校の1年先輩ということでした。
何度か、その話を聞いたことがあります。
雪の降る朝の様子を詩に託したものを読んでいると、その情景が目に見えるような気がするのです。
東北人の心の純朴さを感じます。
川崎洋、茨木のり子が創刊した詩誌「櫂」に参加し谷川俊太郎、大岡信などとも親交がありました。
子供にたいしてもやさしい父親であったことが、よくわかります。
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「奈々子に」という詩を読めばそれがすぐにわかりますね。
一節だけ、紹介します。
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お父さんが
お前にあげたいものは
健康と
自分を愛する心だ。
ひとが
ひとでなくなるのは
自分を愛することをやめるときだ。
自分を愛することをやめるとき
ひとは
他人を愛することをやめ
世界を見失ってしまう。
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ぼくの大好きな詩でもあります。
ぜひ、詩集を開いて全文を読んでみてください。
受動態の持つ意味
詩の中に「正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね」という部分があります。
この部分が「I was born」の眼目だといっていいでしょう。
人は誰もが自分の意志で、希望して生まれてくるわけではないのです。
気がついた時は、既に地上に産み落とされています。
そして生きていかなければならない宿命を背負うのです。
そのために母親は大変な苦労をし、産んでくれたのです。
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1つの身体が母親の胎内にぎっしりと埋まっていた時のイメージが、みごとというほかはありません。
人間が生まれるということを受け身形でしかあらわせないという英語の文法を、刹那的に捉えたみごとな詩です。
だれも気づかなかったワケではないでしょう。
しかしその瞬間を言葉に捉えて表現したことの意味は、とても大きなものがあると思われます。
試験をつくる時、よくこんな質問をしました。
「お母さんがお前を生み落としてすぐに死なれた」という父の言葉は、どのような意図から発せられたと思うか、考えを短く書きなさいというものです。
いろいろな解答がありました。
詩の問題で正解を探すのは大変に難しいです。
ただ言えることは次の3点です。
①父母の愛情と意志とによって生まれたということ
②みずから生をうけたという意識を強く持っていること
③母の尊い生命と引きかえに大切な生命を十分な生きる覚悟があること
このポイントがおさえられていれば、いいとしました。
吉野弘の詩集は、大変人気があります。
詩人の言葉には肺腑をえぐる強さがあるとしみじみ感じます。
今回も最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。
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