男と女の騙し合い
みなさん、こんにちは。
アマチュア落語家、すい喬です。
今回はいつもと少し趣向の違う落語について書きます。
ある程度、噺を聞きこんでくると、かなり複雑な内容のものについても興味が湧くようになります。
特に男と女の騙し合いに関するものは面白いですね。
人間の哀しさとでもいったらいいのでしょうか。
男女の究極の姿はこうなるのかと、つい考えこんでしまいます。
しかしそこはやっぱり落語。
つらい内容をさらりと笑いに包んでしまうのです。
現実はもっとどろどろしているでしょうが、そこまでは演じません。
今回、取り上げた「星野屋」は、登場人物が互いにとことん嘘をつきあうという騙しあいの噺です。
落語にはこのパターンの構成で出来上がったものが多いです。
それだけ、人間の欲望には限りがないということなのでしょうか。
「情死」という究極の内容も、落語になると、一気に嘘のつきあいになります。
「紙入れ」などはその入口に近い愉しい噺です。
これはぼくもたまにやりますが、うまくいくと大変に喜ばれますね。
古今亭菊之丞が得意ネタにしています。
一方、もっと重くなると、「品川心中」「三枚起請」「お見立て」などがあります。
尺も長いうえ、人物描写が非常に難しいので、よほどの実力者でないとできません。
しかし騙される男も女も、どこか上っ調子なところがあり、聞いていて楽しいです。
「星野屋」は柳家三三(さんざ)がよく演じますね。
亡くなった小三治の弟子です。
口跡がはっきりしていて、わかりやすいうえに、女性の表現がみごとなので、聞いていてとてもゆっくりします。
是非、チャンスがあったら聞いてみてください。
Youtubeには小朝、文珍の落語もあります。
あらすじ
星野屋の旦那は、水茶屋のお花という女に入れあげています。
そんなある日の事、お花のところへ、星野屋の旦那が50両の手切れ金を持ってやって来ます。
その理由については、演者によってかなり違いがあります。
三三の場合は、知り合いに金を貸して、そこから身代が危なくなり、店を閉めなくてはならなくなった。
ついては大川に身を投げるつもりだいうのです。
しかし残すお花が気の毒なので、なんとか50両の金をつくってきた。
これでなんとか病気のおっかさんともども、しのいでくれないかというのです。
別の演者の場合は、お花に入れあげているのを女房に嗅ぎつけられてしまったというのもあります。
婿養子で立場が弱いので、潔く身投げをする決心をしたと言うのです。
どちらもこの世を去ろうとしているところは同じです。
ポイントはどちらの方がリアリティがあるかということになるのでしょう。
ちなみに、ぼくは三三の方が、いかにもという気がします。
ここからいよいよお花の台詞が始まります。
旦那が死んだら私はもう生きてはいけないと言い出すのです。
その時の旦那の喜びようを表現するのが、難しいですね。
思わず、表情をほころばせます。
人生の酸いも甘いも知っている男も、さすがにこの時は心底嬉しいのです。
それでは一緒に死のうと心中の話がまとまってしまいました。
落語の真骨頂
しかしここからが、落語の面白さです。
相手は水茶屋で働いている女です。
どこまで真実を述べているのかを測りかねるところがあります。
その気分を表現するのが、芸の難しさでしょうね。
旦那はいかにも嬉しいのですが、心の底ではお花を信じてはいません。
そこで芝居を打ちます。
八つの鐘が鳴る頃、迎えにくるからといい残しいったん帰っていきます。
死にたくはないお花の本領が、ここから発揮されるのです。
旦那と向かった先は、吾妻橋です。
ここは古典落語に何度も出てくる、身投げの名所とでもいったらいいのでしょうか。
名作「文七元結」の舞台でもあります。
星野屋の旦那は先へいくからと言って飛び込んでしまいます。
お花は一向に動く気配がありません。
死んで花実が咲くものかと呟きながら、結局お花は身を投げようとしはしませんでした。
あたし死ぬのよします、失礼しますの一言をさらりと述べるくだりが実に愉快です。
家に帰って一服しているお花のところへ、星野屋の旦那との仲を取り持った重吉が血相を変えて現れます。
旦那の幽霊が突然、濡れた格好で家にやって来たというのです。
お花に騙されたから、これからあの女を取り殺すと叫んでいると告げるのです。
仕方がないから、髪を切って詫びるほかないだろうと、諭します。
さすがのお花も覚悟を決め、次の間に入り、髪を切って戻ってきました。
重吉はその途端、星野屋の旦那を呼びます。
芝居
実はお花の本心が知りたいというので、重吉と仕組んだ芝居だったのです。
ここが騙し合いの頂点です。
旦那の台詞がものすごいのです。
お花の本心がどうしても知りたいと思い、川の下に舟を並べておいたというのです。
「もしおまえが一緒に飛び込んでくれたら、新しく開く店の主におまえを据えるつもりだった。無論おまえを堅気にして、ちゃんとした婿をとらせてな」というのです。
ここもいくつかのバージョンがあります。
店をおまえに譲るつもりだったというパターンがそれです。
さすがのお花もこれにはまたまたびっくり。
お花の下心がわかったところで、重吉が啖呵を切ります。
「ざまあ見やがれ。てめえともこれで縁切りだな。坊主になって、当分表へも出られやしめえ」とさらに追い打ちをかけます。
ところが泣いていたお花が、突然笑い出したので、一同驚きました。
これも実は芝居だったのです。
「馬鹿馬鹿しい。おまえさんたちのが芝居だというくらい、全部お見通しさ。そんなに毛が欲しいなら毎日取りに来たらいいやね。それはカモジだよ」
カモジというのがわかりますか。
本当の毛ではありません。かつらです。
髪にかけていた手ぬぐいを取ったお花の頭には、黒々とした髪の毛がありました。
「なんてふてぇ女だ。まぁいい。昼間に旦那に50両貰ったろ、あれは贋金だ。それを使ったら、磔になるぜ」と重吉の台詞が重なります。
「まあおっかさん、贋金だって。こっちへ持って来ておくれ」
それを聞いた母親は、とっさにお金の包みを差し出しました。
「こんなもん持って行きゃがれ」と投げ出すのです。
ところがこの包みを手にした重吉は、大笑いをしてこんなことを言います。
「旦那、金は取り返しましたぜ。旦那が贋金なんかを使うと思うか。これは本物だよ」
そこでお花もさすがに騙されたことを知ります。
「正真正銘、天下の通用金だ」
お花「まあ、おっかさん、あれ本物のお金だってさ」
悔しくて仕方のないお花をみて、最後に呟いたおっかさんの台詞が究極のオチです。
「あたしもねぇ。そんな事だと思ったから3枚抜いといたよ」
男と女の騙し合いはどこまで続くのでしょうか。
いずれにしても、落語の世界は果てしないですね。
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この噺もいつか稽古をして、高座にかけたいと思っています。
今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。