【漢文・説苑】王に琴を投げつけた楽師の真意はどこにあったか【忖度】

説苑(ぜいえん)

みなさん、こんにちは。

元都立高校国語科教師、すい喬です。

今回は『説苑』という本から代表的な話を取り上げます。

作者は漢の時代の儒者、劉向です。

漢の宣帝、元帝、成帝に3代仕えました。

古代から漢代までの賢人、哲人の故事や逸話を集めた皇帝の教育用の著作です。

全部で20巻にもなる長大なものです。

彼には他に『列女伝』「列仙伝』『新序』『戦国策』などもあります。

チャンスがあったら探してみてください。

高校では選択科目などで、扱うことがある程度です。

漢文は声に出して読むのが基本です。

書き下し文といって、漢字だけの文章に順番をつけて読んでいくのです。

この練習を入学してしばらくすると始めます。

いろいろなルールがあるので、ちょっと難しいです。

しかし読み方の方法さえわかれば、あとは自然に日本語らしい文章になります。

書き下し文は旧かなを使います。

古文とセットで学ぶ必要があるのです。

文法も古語の活用を使います。

今回は最初に書き下し文を載せます。

読みが難しいところがいくつかあります。

ひらがなにしてあるので、とにかく1度全文を読んでみてください。

書き下し文

師経(しけい)琴を鼓(こ)す。

魏の文侯起ちて舞ひ、賦(ふ)して曰く、「我をして言ひて違はるること無からしめよ。」

師経琴を援(と)りて文侯を撞つ(うつ)。

中(あ)たらず。

旒(りゅう)に中(あ)たりて之を潰(やぶ)る。

文侯左右に言ひて曰く、「人臣為りて其の君を撞(う)つ。其の罪如何(いかん)せんと。」

左右曰く、「罪は烹(ほう)に当(あ)つと。」

師経を提(さ)げて堂を下ること一等、師経曰く、「臣一言して死すべきかと」

文侯曰く、「可なり」と。

師経曰く、「昔尭舜(ぎょうしゅん)の君為(た)るや、唯だ言ひて人違(たが)はんことをを恐る。

臣は桀紂(けっちゅう)を撞(う)てり、吾が君を撞つに非ざるなり。」と。

文侯曰く、「之を釈(ゆる)せ。是れ寡人(かじん)の過ちなり。」

琴を城門に懸(か)けて以て寡人の符と為し、旒(りゅう)を補(つくろ)はずして以て寡人の戒めと為さん」と。

現代語訳

楽師経は琴を演奏していました。

魏の国の文王は、立ち上がって舞い、音楽に合わせて歌って踊りました。

「私の話に誰も逆らうことがないようにせよ。」と。

楽師経は、琴を手に持って文王に投げつけました。

琴は文王にうまく当たりませんでした。

琴は文王の冠の玉飾りにあたって、それを壊したのです。

文王は、側近の者に対して言いました。

「家臣であって君主にものを投げつける。その罪に対してどうすればよいか?」

そばに仕えていたものが言うには、

「罪は、釜茹での刑にあたります。」

側近が楽師経をつかんで、階段を一段おりたところで、楽師経は言いました。

「一言述べてから死なせていただけますか?」

文王は言いました。

「よろしい。」

楽師経が言うには、

「昔、聖君子と言われた尭や舜が国王だった時、自分がいうことに他の人が反対しないことを一番に恐れたというのです。

暴君の桀や紂が国王だった時、自分の話に人が反対することを恐れたのです。」

私は桀や紂に琴を投げつけたのであって、わが君、文王に投げつけたわけではありません。

文王は言いました。

「その者を釈放せよ、私の間違いだった。」

「琴を城門に懸けて私の過ちの証しとし、玉飾りは繕わずに、それによって戒めとしよう。」と。

忖度の持つ怖さ

この話のキモがわかりましたか。

イエスマンに囲まれることの怖さをこれほど忠実に描写した話も珍しいです。

最後の文章は文王の器量の大きさを実によく描写しています。

自分の過ちを素直に認め、その過ちを2度と繰り返さないようにしようとする誠実な人柄であることが、よくわかります。

それにしても手にもっていた琴を王に向かって投げつけるという行為も、強烈です。

楽師経の弁舌の巧みさはもちろんのこと、それを正面から受け止めた文王の懐の深さもがここでの大切なポイントです。

ここに登場する「堯」と「舜」の王の偉大さについては十分に理解しておいてください。

2人は中国古代の伝説上の帝王です。

徳をもって理想的な仁政を行ったことで、後世の帝王の模範とされました。

この2人の王の世が、中国では最も理想的であったと今でも言われています。

古典を読んでいると、必ずこの王の名前が何度も出てきます。

人望がどれほどのものであったのか、あらためて確認しておいてください。

その反対に暴君であった「桀」や「紂」の政治についても、ある程度知っておく必要があるでしょう。

紂は殷の最後の王です。体力や知力はあったそうです。

しかし酒池肉林の楽しみにふけりすぎ、人々の助言には全く耳を貸さなかったそうです。

最後はみずから火中に投じて死に、殷王朝は滅亡したと言われています。

夏の桀王 (けつおう) とともに悪虐の王の代表とされています。

しかしこれもどこまで史実に忠実なのかは、不明です。

いずれにしても悪い王の代表がこの2人だということも覚えておいてください。

楽師経の弁舌の巧みさは直接的に文王の非を責めるのではなく、聖天子といわれた2人と暴君の2人を対比したところにあります。

文王に対して、あなたの発言は暴君そのものだと暗に伝えている点がポイントなのです。

実に弁舌が巧みであると言わざるを得ませんね。

考えてみれば、部下のものたちが全員、Yesと言い続ける組織はどこかに無理があるのは明らかです。

しかしそれを異常なことと感じずに過ごしてしまうことの怖さも同時にあります。

いわゆる忖度の政治です。

イエスマンの側近たちは、不愉快な情報を王に伝えることがありません。

そうしているうちに、民心が離れ、裸の王様になってしまうのです。

現在の世界状況をみていればよくわかりますね。

王にしてみれば、よくぞ楽器を投げつけてくれたというところでしょう。

やっと目が開いたのです。

そうでなければ、文王の周囲にいた側近たちは、Noという言葉を発することはありませんでした。

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いつの時代もトップにいる人間の自戒としなければならない話ではないでしょうか。

今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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