【宮城谷昌光・春秋時代】心憎いまでの柔らかな描写力を持った作家

宮城谷昌光

みなさん、こんにちは。

元都立高校国語科教師、すい喬です。

今回は今までに読んだ宮城谷昌光の作品を何冊か、ご紹介します。

歴史小説を書く作家には、それぞれに得意な時代があります。

幕末なら、司馬遼太郎でしょう。

その爽快な筆致は、同じ空間にいるような錯覚を覚えさせてくれます。

それと同様に中国の春秋時代ならば、宮城谷昌光が群を抜いています。

ここまで詳しく、みごとに人物を造形して小説にした人はいません。

どれを読んでも面白いです。

あとを引くというのが最もふさわしい表現でしょうか。

一冊読み終わると、どうしても別のものに手が伸びるのです。

とにかく人物造形に魅力がありますね。

女性の描き方が、本当に美しい。

心の中が透けてみえるのです。

だからまた次の作品が読みたくなります。

定評がある本をいくつか挙げておきましょう。

どこから読み始めてもかまいません。

失敗することがないのです。

『管仲』『新三河物語』『草原の風』『孟嘗君』『三国志』『湖底の城』『沈黙の王』『花の歳月』『晏子』『楽毅』『介子推』『重耳』。

本を読むのに疲れたら、宮城谷昌光を勧めます。

今回は代表的な作品の感想を書いた、ぼくの文章をピックアップしてみました。

参考にしてもらえれば幸いです。

奇貨居くべし

『呂氏春秋』を編纂した人として、また始皇帝の父ではないかと言われている呂不韋の生き様を描いた本です。

春秋戦国時代に生きた人々を描かせたら、彼の右に出る人はいないでしょう。

大変な勉強家です。

それが筆のあちこちにさりげなく滲み出ています。

読者の中には教訓臭を感じ取る人もいるといいます。

しかしそれが時に心地よいのです。

なるほどと感心させられてしまうような表現があちこちに散りばめられています。

よく経営者は司馬遼太郎の作品を愛読しているようですが、宮城谷の作品にもそれに似たものを求める傾向が強いのかもしれません。

乱世を生き抜く指針をここから得たいと強く感じる者にとっては、珠玉が散りばめられているといっても過言ではありません。

主人公、呂不韋は商人の子供として生まれました。

当時、商人は大変身分が低く卑しい職業として蔑まれていたようです。

実の母の子ではないということもあり、あたたかく育てられなかったということが、彼の人を見る目を養ったというのも、皮肉な話です。

そこから秦の宰相になるまでの道のりの遙けさは、想像を絶するものです。

しかし孟嘗君にたくさんの食客がいたように、彼の周囲にもたくさんの有能な人々が集まってきます。

呂不韋は彼らをきちんと処遇し、適材適所とはまさにこのことだろうという明確な視点を持ち続けるのです。

その結果、彼らは生き生きと活躍を続けます。

それぞれの土地で出会った名もない人が、やがて成長し周囲をかためていきます。

それを見分けるのが、彼に与えられた天命だったのかもしれません。

宮城谷は何度も出会いを描きます。

それが悉く潔い心にしか映らない他者の姿なのです。

直感を大切にします。

そしてこの人はと見込んだら信用します。

人へのひたむきな信頼が、他者を大きく成長させていくのです。

さらに自分に対しても大変厳しいです。

「貧困の中にあって人を怨まずにいるのは難しいが、富裕を得て驕らないのはやさしい」。

自制、謙遜がいかに難しいかをいつも自覚していました。

冷遇されていた子楚をかつきあげて、秦の太子にしてしまうところなどには超一流の策士の面もみられます。

そのために持っている金を全てつぎこんでしまうという、破天荒なことまでやってのけます。

次々と起こる事件にのみこまれ、時代の中で翻弄させられますが、軸は動きません。

道家と儒家の思想を合一し、それを時に使い分けていきます。

天下は一人のための天下に非ざるなり。天下の天下なりという思想が彼を貫いていました。

は女性を描くのが実にうまいです。

これは彼の著作を読んだ誰もが口にします。

天命とでも呼ぶべき出会いが、何度も出てきます。

女性に瀕死の状態から助けてもらう場面などは、実に甘く見事というしかありません。

秦はやがて大国になり、その後呂不韋の望んだ姿とは全く別の国になっていきます。

それも政治というもののダイナミズムなのかもしれません。

一つの時代をともに駆け抜けたような気になります。

気宇壮大な世界がそこには現出されるのです。

介子推

『重耳』の後に読むのならば、この本を勧めます。

重耳はいくつもの国を流浪し、春秋五覇の一人、斉の桓公のもとに身を寄せます。

その後、半ば臣下の意志で、斉の国を出奔。ついに晋に戻るのです。

最後の最後まで、旅を続けた重耳の生涯を描いた作品の中に、この介子推の名前はありませんでした。

彼は重耳には見えなかった家臣の一人なのでしょう。

しかし介子推は誰に知られなくても、重耳に仕えました。

そのことが、この小説を限りなく透明なものにしています。

誰でもが恩賞を得たいと主君に取り入っていく中で、一人超然としていたのが、介子推なのです。

時にはその超絶ぶりがあまりにも息苦しく感じられます。

しかし自分が信じた主君が、理想通りであって欲しいという、ただ一つの希望を胸に、棒術を使い、暗殺者を次々と倒していきます。

物語性が強いだけに、作者は想像を逞しくさせることができたようです。

それだけに風変わりな主人公が生まれました。

介子推という人物は、中国では神の一人として扱われているということです。

最後は山に入り、隠者となる道を選んだのです。

作者はいつもみごとに女性の美しさを描ききります。

今回の作品では、それが母親の描写にあらわれています。

山の霊によってさずけられた棒術が次の展開を呼ぶという面白い構成の小説です。

春秋戦国時代をこれだけ巧みに書き分けられる作家なのです。

孟嘗君 

スピード感のある本です。

孟嘗君・田文が活躍するのはむしろ後半だといっていいでしょう。

4巻までは、風洪後に白圭と呼ばれた彼の育ての親の周囲にいた人々の事件が主筋になります。

とにかく面白い。

これにつきます。

偶然のようにして、幼児を育てることになった彼が、いくつもの国を経て最後は大商人になっていくまでのストーリーが波乱万丈に描かれています。

白圭はしかしただの商人ではありませんでした。

大きな堤防を無償で築きあげるといった世が世なら、一国の宰相になるだけの実行力を持っていたのです。

後に文の妻となる洛巴や、白圭の妻翠媛など、これ以上に美しい表現で彩られた女性はないようにも思います。

彼らが信じ愛した男によって本当にすばらしい女性に成長していく様を読むのも心楽しいものです。

戦国の世は秦、韓、斉、魏などの思惑の中で動いていきます。

田文が斉から魏へ赴き、また秦の宰相となり、再び斉に迎えられ、その王ともうまくいかず、魏に戻るまでの話は、これが政治なのだとしみじみ納得させられてしまいます。

文中には含蓄のある表現がいくつも散りばめられ、それがまた心を打ちます。

例えば、その一つに調和ということがあります。

それは当然目にみえません。しかしこのつりあいということを常に考えていないと、何事も成就しないのです。彼はこれを鈞台と名づけました。

また孫子から学んだ兵法も、田文を成長させました。

すなわち、勝ちすぎてはいけないということです。

勝ちすぎれば必ず恨みをかう。それが結局は自国の滅亡をはやめるというのです。

さらに為政者は明るさを持っていなければならないと述べています。

上に立つ者は常に動作ひとつにも爽やかさが必要なのです。

風が吹き抜けたかのような心地よさを人々に残さなければ、誰もついてはきません。

楽毅 

戦いの本質というものを大変みごとに描いています。

それは楽毅という人が、孫子に学んだということが大きいのではないでしょうか。

中山という小国に生まれ、しかし愚かな王を見捨てることなく、いかに退却し続けるかに楽毅はそのエネルギーの全てを使います。

3年間の斉の国での留学生活が彼に大きな器量を与えました。

孟嘗君に出会い、宰相というものの器にも触れました。

やがて中山が滅び、再び天下の知、孟嘗君と再会します。

今後の生き方を探っていた楽毅は魏にとどまりますが、やがて燕の昭王に請われ、大国斉を討つという使命を帯びることになります。

戦って勝つのでは死者もでます。

彼はできるだけ戦う以前に外交努力をしました。

多くの国同士を反目させつつ、同時に同盟を結び、それぞれの力を弱めながら、ここぞという時に果敢に攻めます。

兵の士気というものを実にみごとに読みきることのできる人でした。

多くを語らず、先の先までを見ます。彼の元には良質な部下が育ちました。

あれほど無謀だと思われた斉をとうとう小国燕が飲み尽くす時がやってきます。

あっという間に国をとるにはどうすればいいのか。

最後は武力ではありません。

国は人だというのが実感としてよくわかりました。

しかしその燕も昭王がなくなると、次の王は全く無能で、彼のいる場所はあっという間になくなってしまいます。

また趙へ仕官の旅に出なくてはなりません。

楽毅は劉邦や諸葛孔明に高く評価され、今日まで中国でも愛されている人物の一人です。

この本はただ中国の歴史を知るというだけでなく、今の自分が置かれている立場というものをどう客観的に読みきるかということに腐心している、現代人にとっても意味ある本です。

孫子の兵法の極意に触れてみたくなりました。

今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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