【ダメな小論文】主語を慎重に選ばないと感情優先の非論理的な文になる

学び

ダメな小論文

みなさん、こんにちは。

元都立高校国語科教師、すい喬です。

今回はNGな小論文の具体例について書きます。

文章を書くことに慣れていないと、どうしても主語が曖昧になってしまうものです。

一見、わかりきったことですが、できない人が圧倒的に多いのです。

1つ1つ文を積み重ねていく時に強く意識しなければいけないことの基本は、主語です。

初心者はつい「私」を連発しがちです。

「私は~思う」タイプの論文を書きがちなのです。

これは絶対にアウトです。

小論文はどこまでいっても論理優先の文章です。

「私は~思う」という文が出てくると、確かにあなたはそう考えるかもしれないですね、と採点者は首をかしげます。

そこで一呼吸あくのです。

それならば、他の人も同じなのですか、という問いかけが当然あります。

あなたが思うことと、他の人が違うことを考えていた場合、どうやってその論理の整合性をまとめるのかを書いてください。

あなたにはそこまでの方法論があるのですか、と質問が投げかけられます。

きちんとした見識を持っているのかという問いかけがなされるのです。

自分が直接経験したことなら、なんとか説明できるかもしれません。

しかし主観に頼って判断した場合は、話が複雑になります。

その説明のために、かなりの字数を使ってしまうでしょう。

あるいは不可能になるケースも考えられます。

個人的なテーマならば、それでもなんとかなるかもしれません。

しかし小論文には社会的な内容が圧倒的に出題されます。

その時に「私は~思う」の文を書いたのでは全く評価されません。

主語を「私」にしない

ではどうしたらいいのか。

簡単です。

主語を「私」にしないことです。

わかりやすくいうならば、新聞と同じタイプの文章を書くのです。

新聞記者は署名原稿以外、自分の名前を出しません。

絶対に「私は~思う」という記事を書いてはいけないと最初に教えられるのです。

新人の頃から「私」はNGワードになるのです。

どんな時でも一般論として、誰の批判にも耐えられる文を書けと先輩に指示されます。

記者の原稿からは「私」が封印されるのです。

逆にいえば、それくらい「私」には強い呪縛能力があるのだと考えてください。

作文は別です。

これは「私」のオンパレードです。

小学生の時の作文を思い出せば、すぐにわかりますね。

遠足へいって、私は何を見たのか、何を感じたのか、何を食べたのか。

全て、主語は「私」でOKです。

だから書きやすい。

どんなに詰まっても、「先生、あのね、私は~」から文章を書き出せば、立派な作文になりました。

しかし小論文で、それは許されません。

それをやったら、直ちに不合格になると考えて間違いありません。

主語を選ぶことが、いかに大切かが理解できましたか。

新聞記事をよく読んでみてください。

記者の書いた記事に「私」はありません。

誰が読んでも、まさにその通りだと納得できる文章でなれければ、記事にならないのです。

小論文の経験

特に小論文を書いたことのない人は、作文や感想文以外に文を書くという経験をあまりしていません。

思ったことをまとめればそれでいいのだろうと勝手に理解しているのです。

それが大きな失敗の元です。

小論文とはよそ行きの言葉を書くことです。

そのように理解してださい。

これが文章道での成功の秘訣です。

文に使う言葉も、どちらかといえば漢字主体の語彙を選ぶことです。

もちろんカタカナ言葉もなければ、形が整わないということはあるでしょう。

それでもなるべくフォーマルな表現でまとめること。

どちらかといえば、スーツを身につけていると考えていれば、間違いはありません。

もちろん、無理に知らない難解な言葉を使う必要はありません。

しかしどこへ出しても恥ずかしくない表現でなければなりません。

それだけで隋分と文章の格があがります。

漢字とひらがなの割合を自分で決めてください。

あまりにも原稿用紙が黒々としすぎたのでは、重いです。

だからといって、ひらがなばかりで、余白が多いのもいけません。

何度も書いているうちに、自分の型ができます。

改行も同じです。

ぎっしりと文章が埋まっていると、全く余白が生まれません。

それだけで、読んでいる人にとっては息苦しいのです。

カタカナとの割合も同様です。

外来語には注意

特にIT関連などの小論文を書くケースが増えてきました。

そのたぴにカタカナ語が増える傾向にあります。

どうしても使わなくては意味が通じないのであれば、仕方がありません。

堂々と書いてください。

しかしあまりにも多い時は要注意です。

その言葉にひっぱられるだけで、内容が深化しなければ、何の意味もありません。

「シンギュラリティ」という言葉がどうしても必要でしょうか。

どちらかといえば「アイデンティティ」の方が大切です。

「自己同一性」ですむのならば、それと混ぜて、うまく使えばいいのです。

外来語は、文章のリズムを狂わせます。

あえて言えば、字数を使いすぎるのです。

制限字数が800字くらいしかない時に、カタカナ語を多用し、全体のバランスを崩した答案をたくさん見てきました。

それよりも四文字熟語で多様な表現を取り入れた方が、内容も濃くなります。

とにかく始めてみましょう。

過去問をみればわかりますが、近年は難易度の高い問題が増えています。

どう乗り越えていくかは、大変な厄介なテーマです。

このサイトでは、たくさんの例を示してきました。

これからも基礎的な文章の書き方を示したいと思います。

「私」という主語を使いたくなったら、1度そこで立ち止まってください。

慌てなくても大丈夫です。

新聞の記事を一度写してみるのもいい方法です。

スポンサーリンク

5W1Hに命をかけているのがよくわかります。

今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

学び
スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました