【泉鏡花・外科室】坂東玉三郎監督・吉永小百合主演の幻想世界【美】

青空文庫で読む

みなさん、こんにちは。

元都立高校国語科教師、ブロガーのすい喬です。

今回は不思議な味わいのある作品、泉鏡花『外科室』を取り上げます。

今は簡単に青空文庫で読めます。

1度目を通してください。

短い作品です。

原作はなかなかに歯ごたえがあります。

表現が難しくて、一気には読めないかもしれません。

しかしオリジナルの味わいは捨てがたいですね。

なぜこの作品を手にとったのか。

それは偶然手にした現代語訳版がきっかけです。

今年の夏にKADOKAWAから出版された本です。

『泉鏡花傑作選』がそれです。

泉鏡花は1873年(明治6年)に生まれました。

尾崎紅葉に師事したことで有名です。

明治後期から昭和初期にかけて活躍しました。

学校ではほとんど文学史の中で触れる程度の作家です

ぼく自身は授業で扱ったことがありません。

代表作は『高野聖』『外科室』『夜行巡査』『婦系図』でしょうか。

江戸文芸の影響を深く受けています。

怪奇趣味と特有のロマンティシズムでも知られています。

幻想文学の先駆者といってもいいでしょう。

最も有名なのは『高野聖』です。

しかしマスコミ的に話題になったのはなんといっても『外科室』でしょう。

その理由は映画化されたことにあります。

歌舞伎役者坂東玉三郎がはじめて監督し、吉永小百合が主演しました。

わずか50分の作品です。

手術室での吉永小百合の演技の美しさ。

小石川庭園でツツジの咲く中、吉永小百合と後の執刀医加藤雅也がすれ違い、目で全てが語られるシーンも話題になりました。

手術はよしてください

原作は1895年(明治28年)『文芸倶楽部』に掲載された短編小説です。

画家である「私」は、友人の医師高峰の手術の様子を見学することになりました。

外科室で手術がまさに始まろうとします。

しかし患者である伯爵夫人は、麻酔剤を打たれることを拒むのです。

「私にはね、心に一つ秘密があるのです。麻酔剤を使うとうわごとを言うというから、それが怖くてなりません。眠らずにお療治ができないようなら、いっそなおらなくてもいい。どうぞもう手術はよしてください」

看護婦の説得に耳を傾けようとはしません。

一刻を争う病であるため、高峰医師は麻酔を打つことなく夫人の体にメスを入れます。

その間夫人は痛みに暴れることもなく、足の指さえ動かしません。

しかし、途中で「あなたは、私を知りますまい」と言って、自ら医師の持つメスに手を添えて乳の下を深く切ったのです。

実は9年前に一度すれ違い、高峰が「真の美の人」と想っていた女性が伯爵夫人だったのです。

夫人の亡くなったその日、高峰医師もこの世を去っていきます。

すごい話ですね。

麻酔薬を使うと、深層にある心の中をつい口にしてしまうというのも幻想的ではあります。

しかも薬なしに手術を断行してしまう医師の存在も怪奇的です。

メスに手を添えて自らの肉体を切り割こうとする夫人の姿にも鬼気迫るものを感じますね。

全てはたった1度すれちがっただけの人に抱いた愛情がさせたことです。

その事実が不思議な重みを持っています。

これぞフィクション

今の時代にこのようなことがあるかどうか。

それが問題ではありません。

むしろ互いに惹かれあったという事実を忘れなかったという愛情の深さが胸を打ちます。

その結果として2人とも死んでしまうというストーリー展開も意外です。

プラグマティズムが跋扈している現代。

そんな馬鹿なことがあるワケがないと考えるのが普通でしょう。

今から100年以上前の明治期に自分の美意識の世界をつくり上げたところに驚きを感じます。

本文では夫人が「うれしげに」息を引き取ったと描写されています。

深刻な病を患っていたこともあり、最期を高峰医師に委ねたかったのかもしれません。

誰にも言えない秘密があるから、うわごとを言ってしまうかもしれない。

麻酔を避けようという判断をどのように考えればいいのでしょう。

あまりに現実離れしているとするなら、この作品の持つフィクションの味はほとんど消失してしまいます。

試みに青空文庫『外科室』で原作を読んでみてください。

とても読めそうもないということであれば、ご紹介したKADOKAWAの現代語訳もいいのではないでしょうか。

AbsolutVision / Pixabay

今日、明治期の作品は完全な古典になってしまいました。

そこに出てくる人々の考え方も現在とはまるで違います。

愛情の形も変化したといわざるを得ません。

しかしそれでも底の底に流れている感覚には親しみを感じます。

名女形玉三郎の初監督作品

泉鏡花の短編を坂東玉三郎が監督したのは1992年

50分の短編です。

最初の手術室での吉永小百合と加藤雅也の演技に全てが集約されています。

中井貴一、片岡孝夫、中村勘九郎らも共演しました。

坂東玉三郎は耽美的な要素を強くもった役者です。

鏡花の持つ美意識に強く反応したのでしょう。

それを表現しようと思い立った最初の作品が『外科室』であったのかもしれません。

当時、吉永小百合が主演するというので、大変話題になりました。

周りを芸達者がかためたことで、作品のレベルが数段あがりました。

あれから20年。

現在でもこの作品には不思議な人気があります。

ドラマ性というよりも、そこに描かれた美意識を共有するということの方に重きが置かれているのかもしれません。

原作の魅力の最大の要である「余白」の部分には一切の手を加えていないのです。

作品に対する尊敬の念がさせたものでしょう。

原文のままのセリフの使い方も特筆すべきところです。

映画は桜が咲き誇る春の小石川植物園から始まります。

そして花咲き誇る植物園とは打って変わって、何もかも無機質で冷たい病院の手術室。

高貴で美しい伯爵夫人。

「痛みますか」

「いいえ、あなただから、あなただから」

この世のものではない耽美の映画です。

「外科室」だけが特異なのではありません。

「海神別荘」「夜叉ヶ池」「天守物語」の3作品は妖怪あるいは妖精、海神というこの世に在らざる存在を主人公としています。

人間界と対比することで筋を展開していく幻想的な作品なのです

玉三郎が最も好きだという鏡花の世界です。

まさに玉三郎的な美を具現化した作品群と呼べます。

日常の現実の中で『外科室』を見たりしてはいけないのかもしれません。

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映画館のあの暗闇が1番に似合う作品に違いないのです。

最後までおつきあいいただきありがとうございました。

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