【落語・黄金餅】人間の持つ不道徳や業のオーラを全身で感じる怖い噺

落語

立川談慶

みなさん、こんにちは。

元都立高校国語科教師、アマチュア落語家のすい喬です。

コロナが少しずつ落ち着いてきました。

近々、4回目の接種もあるみたいですけどね。

外を歩く時はマスクを外せるのかなどという論議もなされています。

まだ時間がかかるとはいえ、ウィズ・コロナの時代に入っていくのでしょう。

少しだけ静かになってきたのにつれ、俄然落語熱があがってきました。

以前のように毎月、どこかで高座にあがりたいのです。

そこで今、過去にやった噺をさらっています。

幸い、ライブラリにはあちこちでご披露した噺の音源が残っています。

10年も前のを聞くと、ちょっと恥ずかしくなりますね。

なぜそう感じるのか。

これが芸というものなんでしょうか。

上達への螺旋階段は微妙な構成でできています。

上がったのかと思うと、下がっている時もありますしね。

その時のお客様との空気感の違いも感じます。

さまざまな要因が、音源から伝わってくるのです。

何度もやった演目には慣れがみえることもありますね。

怖いです。

今日は立川談慶の『落語はこころの処方箋』という本を読んでいました。

9年以上も前座をやったという立川ワコールその人です。

やっと真打になれた頃には、師匠・立川談志がなくなってしまいました。

しかしたくさんのものをもらったと、あちこちに書いています。

NHK出版

この本は「学びのきほん」というシリーズの中の1冊です。

いろいろな著者がそれぞれの最も基本の部分をわかりやすく書いています。

「哲学」「古典」「人類学」「病気」。

それぞれが味わい深い本です。

その中で、ぼくが手にとったのは落語の本でした。

落語と名づいていれば、だいたい目を通すことにしています。

噺家の体験談や、友好録などは面白いですね。

しかしなんといっても芸談が一番参考になります。

高座にたった1人であがるというのは孤独な作業です。

失敗しても誰も助けてくれません。

自分の解釈が、お客様にどう伝わるのかという真剣勝負の場です。

それだけに経験者の書いたものを読むと、実感として怖さが伝わってくるのです。

立川流の噺家は本を書くのが好きです。

今までに何冊読んだことか。

もちろん、談志の本はなんだかんだといいながら、結局目を通してしまいます。

彼の落語で好きなのは、お金にまつわる噺です。

本人もいっていますが、金銭には人間の本質が宿っているのです。

本音が全てみえる。

醜さも業も、そこから浮かび上がってきます。

特に「鼠穴」と「黄金餅」は特筆ものです。

紀伊国屋ホールで聞いた「鼠穴」は怖いくらいでした。

人間というのはこういう風に生きていくのかというのを実感しました。

聞いたことのない人はYoutubeを覗いてみてください。

黄金餅

「鼠穴」は兄弟の話です。

金銭を前にすると人間がかわるとよく言います。

まさにそうかもしれません。

よく遺産相続でもめる兄弟や姉妹の話をきくと、悲しくなりますね。

しかしあれが現実でしょう。

あれ以外にはないと思います。

もう1つ、ここで是非とりあげておきたいのが「黄金餅」です。

この噺については以前に書きました。

その記事も最後にリンクしておきます。

これもケチの噺です。

自分が稼いだお金を全部餅と一緒に飲み込んで死んでしまう男が登場します。

その一部始終を隣の部屋から覗いていた主人公が考えたこととはなにか。

葬式の後、焼き場にもっていって腹だけを生焼けにしてもらうことでした。

そして、だれにも言わずにそこから金をさらう。

親戚も身内もないようだから、自分の寺に葬ってやるとうまいことをいって、貧乏長屋の住人達に早桶を担がせます。

昼間に弔いをしていたのでは、日銭で暮らしている住人達もくるしいのです。

それで夜中に麻布の寺まで運びます。

この部分の道中付けの難しさについては、以前の記事にも書きました。

その後、寺で読経をしてもらい、桐ケ谷の焼き場へ1人で運びます。

欲に目がくらんだ男は、死人を1人でかついでいくのです。

凄絶な噺ですね。

おれだって人と生まれたからには、天ぷらそば食ってみてえ。澄んだ酒のんでみてえ。悪く思うなよ。必ず墓はこしらえるから。

これが男の呟きです。

生への執着

なんという噺だと思うでしょうね。

落語にはここまで切り込んだものもあるのです。

それを暗くせずに、人間なんてこんなもんでしょと開き直る。

そこに落語の持つ底力があります。

やっていてけっして不愉快ではありません。

ここまで、人間の本質を訴える噺はそう多くはありません。

人間の欲望の根源にまで遡ろうとするのです。

この主人公はその後どうなるのか。

目黒で餅屋を始めます。

腹の中か盗み出した金を元に大きな商いをするのです。

そしてそれが大成功を収める。

これが落語なんです。

悪いことをすれば、失敗するに違いないと思う人もいるでしょう。

しかし「悪い奴ほどよく眠る」という言葉もあります。

生に対する執着が強ければ強いほど、成功への道筋も確かなものになります。

あんころ餅の中に金銀を入れて、飲み込み、喉につまらせて死んでしまうのも人間です。

それを覗いていた者も、けっして悪人というワケではありません。

彼はその病人が食べたいというあんころ餅を、自分のお金でわざわざ買ってきてあげたのです。

悪心はふっとした隙間に訪れます。

そして嘘をついて、自分の菩提寺に連れていくのです。

早桶を担いでくれたのは、貧乏長屋の仲間達でした。

彼らはそのあたりの事情を何も知りません。

昼に弔いをしたのでは、彼ら自身が干上がってしまいます。

菩提寺も貧乏寺で和尚も酒ばかり飲んでいます。

寺に金目のものは何もありません。

そういう背景のなかで、描かれる人の死には壮絶なリアリティがあります。

どうしてもこの噺を覚えたいです。

道中付けさえできれば、なんとかなりそうです。

古今亭志ん生の十八番でした。

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そちらも参考にしてみてください。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

落語
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