前座になるのも大変だ
みなさん、こんにちは。
アマチュア落語家のすい喬です。
落語家になろうと思ったら、まず師匠をみつけることです。
これがものすごく大変。
肝心なのは師匠にぞっこん惚れること。
よほどのことがない限り、途中でかえることはできません。
つまり離婚できない結婚話にのるかどうかです。
師匠と別れるために残された道は、廃業しかありません。
だからじっくりと師匠になる噺家の落語を聞き、どんなことがあってもこの人ならと思えるまで、徹底的に研究することです。
それでもダメだよと言われて、断られることもしばしば…。
兄弟子がたくさんいたりすると、人間関係が難しいということもあります。
しかし誰もいないからいいだろうと、単純に決めるわけにもいきません。
全て縁です。
それ以外にはありません。
師匠を知っている人に、紹介してもらうというケースもあります。
しかし極論すれば、すべて縁です。
他にはありません。
さて入門をお願いし、それじゃあというわけで親に会ってもらい、承諾をうけます。
ここまでが第一歩。
今は入門者がとても多いので、すぐに前座になれるわけではありません。
その前に前座見習い期間というのがあります。
まだ協会に名前を登録していません。
だから蚊でもない。
ボーフラみたいなもんかも。
もちろん、楽屋なんかには入れません。
その他大勢です。有象無象です。
師匠や兄弟子にくっついて仕事先へでかけます。
かばん持ち、雑用、さらに落語の稽古、着物の着方やたたみ方、鳴り物の稽古などをさせてもらえればありがたいですね。
なんといっても掃除が基本でしょうか。
以前は師匠の家に内弟子という形で住み込みました。
今は住宅事情が許さないので、通いが普通です。
師匠のお嬢さんの下着まで洗濯させられたという話もよく聞きます。
家族にとっても、他人が家に入ってくるのですから、大変な気苦労です。
女将さんに好かれないと、絶対に生き残れないのです。
そのためにはまず気働きが一番。
先へ先へと気をまわして動く。
ぼんやりしていたのでは、ダメ。
さらに手癖が悪いなどというのは論外です。
師匠の家のお金に手をつけたりしたら、その場で破門。
ばか正直なくらいでないと生き残れません。
期間はさまざま。1年くらいは最低考えておかないと。
下手をするともっと長くなります。
落語家修業で大切な力とは
その力とは。
2 師匠や先輩の噺家に可愛がられる愛嬌力
3 自分の失敗をすぐに謝れる素直力
4 大きな声で誰にでも自分から頭を下げる挨拶力
5 他人がどうして欲しいのかを、人よりも早く気づく気働き力
立川流元祖家元、立川談志は弟子たちに向かって、「おれが気持ちよくなることだけを考え、先に回ってそれを実行しろ」と言い続けました。
それくらいのことができないようでは、とても一人前の噺家にはなれないと考えていたのです。
まさに気働き力そのものだと言えますね。
前座とは、寄席の番組で一番前に高座へ座るので『前座』といわれます。
前座の仕事は、前座見習いの仕事のうえに、今度は楽屋での仕事。
前座の一日を紹介しましょう。
朝、師匠の家で雑用をします。食事をしてから寄席に行きます。
楽屋の準備をします。
楽屋の掃除をして、お湯を沸かし、その日出演する芸人のめくり(名前を書いたもの)を揃え着物に着替えます。
前座の着物はたいていポリエステルの生地でできたものが多いです。
なんたって丈夫、それにものすごく安いのです。
一番太鼓を打ちます。
「ドンドンドンと来い」の調子にあわせてお客が来場。
開演5分前
二番太鼓です。いよいよ開演です。
あとは実際に寄席で前座さんが何をしているか、自分の目で確かめてくださいね。
高座返しに鳴り物も前座の仕事です。
楽屋では、お茶を出したり、着替えのお手伝い、さらに根多帳をつけて…。
ここで一番大事なことは働きながら、落語を聞き続けることです。
これは何の噺なのかを覚えましょうという訳ではありません。
いわゆる落語脳、落語耳を育てるのです。
つねに神経を高座に向けておきます。
いつも耳は高座に。
これを捨て耳といいます。
これができない前座は、噺がうまくなりません。
厳しい社会なのです。
この期間が普通4年から5年。
なかには10年もやったという猛者もいます。
次は二ツ目
二つ目時代が一番苦しい
二ツ目とは、寄席の番組で二番目に高座へ上がるのでそう呼ばれます。
二ツ目になると、師匠の家や楽屋での雑用がなくなります。
着物も、今までは着流しだったのが紋付を着て、羽織も着られます。
これが一番嬉しいとみんな口を揃えて言います。
高座でどうやって羽織を脱げばきれいに見えるかなんてことに、命をかけるのです。
前座は毎日師匠と一緒ですが、二つ目からは楽屋へも、師匠のところへ行かなくてもよくなり、高座の数も減ります。
この間に稽古をし続けないと、噺がうまくなりません。
ここで力を蓄えられたのかどうかが、真打ちになってからの実力に響きます。
おそば屋さんやお寿司屋さんの二階で落語会を開かせてもらったりもします。
とにかく自分で開拓していかない限り、道は開けないのです。
この期間が約10年。
師匠のところに弟子入りしてから瞬く間に、15年が過ぎるのです。
この間に幾つの噺を稽古したのか。
どれくらい他の芸能に触れたか。
日舞、歌舞伎、三味線、笛…。
なにもかもが自分の芸の肥やしになるのです。
真打ちがスタート
落語家になって目指すのは、やはり真打ちです。
真打ちとは、寄席の番組で一番最後に出る資格をもつ落語家です。
弟子を取ることもできます。
真打ちの語源は寄席の高座で、照明用の蝋燭の芯を打った(消した)ところから「芯打ち」といわれています。
本当の勝負はここからなのです。
ただし今の落語界は真打ちだらけ。
石を投げれば真打ちにあたります。
最高齢は桂米丸師匠。
真打ちになったからといって、誰でもトリをとれるわけではありません。
襲名披露でトリをとったのが最後だったなどという真打ちもたくさんいます。
現在、東京の落語界には何人の噺家がいて、そのうち何人が真打ちなんでしょうか。
落語家の数は日々増えているので正確ではありませんが、約850人。
その中で真打ちは500人近くになっています。
定席の寄席は5軒。
どうみても仕事にありつけない噺家があふれるということになりますね。
さらには超高齢社会。
噺家に定年はありません。
あえて言えば、ご臨終が定年。
食べていける落語家は100人いないと言われています。
当然、芸人同士のつきあいにも濃淡はあらわれます。
見栄も必要で、昇進披露のたびにあちこちのパーティに出なければなりません。
その出費もばかになりません。
これからの落語家はとにかく生きていくのが大変です。
近頃では、高学歴化の波も容赦ありません。
落語の大好きな人たちの集まりです。
今後、どんな名人上手が飛び出してくるのか。
彼らの未来を注目していきたいですね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。