【一酔千日・4字熟語】少し飲んだだけで心地がよくなり千日眠る美酒

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一酔千日

みなさん、こんにちは。

元都立高校国語科教師、すい喬です。

今回は漢文の文章の中から、4字熟語になっている言葉を紹介しましょう。

漢文の授業で習ったという人がいるかもしれません。

かなり有名な文章です。

ちょっと心楽しいので、初めてのあなたもつきあってください。

『捜神記』という本に載っています。

俗に志怪小説(しかいしょうせつ)とも呼ばれます。

中国で書かれた奇怪な話のことです。

「志」は「誌」と同じ意味です。

不思議な話を次々と集めたというところでしょうか。

日本にも上田秋成の『雨月物語』などがありますね。

人間はやはり理性だけでは割り切れない不思議な話を好むようです。

『捜神記』の成立は後漢滅亡(220年)後だと言われています。

文化も多様化し怪異現象なども多く記録されるようになりました。

もともとは30巻以上もあったと言われています。

それでも現在20巻ほどが残っています。

4世紀に東晋の干宝が著した小説集です。

この話は干宝の父親が埋葬ののち10数年後に蘇ったのだそうです。

そのことにひどく感じ入った著者の干宝はこの小説を書いたと言われています。

事実かどうかははっきりとしません。

しかしそんなことがいつの世にも語られてきたということの方に、興味がわきます。

本文は全て漢字なので、書き下し文を載せます。

書き下し文

狄希、中山の人也、能く千日酒を造る。

之を飲まば、千日酔ふ。

時に州人有り、姓は劉、名は玄石、飲酒を好み、往きて之を求む。

希曰はく「我の酒し髪し来るも未だ定らず、敢へて君に飲まさざらんや。」

石曰はく「未だ熟さずと雖も、且つ一杯を与えん、得るや否や」

希此の語を聞きて、之を飲ましむを免れず。

復た索(もと)めて、曰はく「美なるかな。更に之を与えるべし。」

希曰はく「且に帰らん。別日に当に来たるべし。只だ此一杯にて、千日眠るべきなり。」

石別れて、怍色に似たる有り。

家に至り、酔死す。

家人之を疑はず、哭きて之を葬す。

三年経ち、希曰はく「玄石必ず応に酒醒むるべし、宜しく往きて之を問ふべし。」

既に石家に往く、語りて曰はく「石家に在るや否や。」

家人皆之を怪しみて曰はく「玄石亡来し、以って闋に服す。」

希惊(おどろ)き曰はく「酒の美なるは、而して酔眠千日を致す、今醒むるに合するなり。」

乃ち其の家人に命じて冢を鑿(うが)たしめ、棺を破りて之を看さしむ。

塚上(ちょうじょう)汗気天に徹(いた)る。

遂に命じて冢を發(あば)かしめるに、方に目を見開きて、口を張り、声を引きて言ひて曰はく「快く我酔ひたるなり。」

因(よ)りて希に問ひて曰はく「爾(なんじ)何の物を作るなりや。我をして一杯にて大酔せしめ、今日方(はじ)めて醒むるなり、日高く幾許(いくばく)ぞ。」

墓上の人皆之を笑ふ。

石の酒気衝(つ)きて鼻中に入るを被り、亦各(おのおの)酔うて臥(ふ)すること三月なり。

現代語訳

狄希は中山の人でした。

千日酒を作ることができ、これを飲むと、千日の間、醉ってしまうのです。

その頃、州の人で、姓は劉、名は玄石という人がいました。

大変酒が好きだったのです。

これ(千日酒)を求めました。

狄希は言いました。

「私の酒が完全に発酵するのがいつか、まだ決まっていないのです。

あえてあなたに飲ませようとは思いません」

玄石は言いました。

「たとえ未熟であっても、なんとか一杯だけくれないか、どうしても駄目か?」

狄希はこの言葉を聞いて、飲まさざるを得ませんでした。

玄席は再び言います。

「なんとうまいのか。もっと飲ませて欲しい」と。

狄希「あなたはもう歸るべきです。別の日に來なさい。この酒は、ただの一杯で千日も眠れるのだから。」

玄石は別れの挨拶をしましたが、顔が少し恥ずかしそうな色あいをしていました。

家に帰った途端、酔って死んだように見えたのです。

家人は、これを疑わず、哭いて、彼を葬りました。

3年が経ち、狄希はこう言いました。

「玄石は、きっと酒が醒める頃に違いありません。

彼の家に行き、覚めたかどうか様子を聞くのがいい」

こうして狄希は玄石の家に赴きました。

家人に「玄石は家にいますか、いませんか?」と訊いたのです。

皆、狄希の言葉を怪しく思ってこう答えました。

「玄石は既に亡くなり、私たちは玄石の喪に服しています」

狄希はおどろいてこう答えました。

「最も上等の酒は、醉うと千日の眠りをもたらすのです。

ちょうど今、酒が醒める頃にあたっているのですよ」

こうして玄石の家人に命じて墓の塚をあばかせ、棺を破ることにしました。

開いた塚の上には蒸気が立ち上っていました。

そこで家人に命じて墓を開けさせると、玄石はちょうど目を見開き、口を広げ、大きな声をあげて、こう言いました。

「私は実に気持ちよく酔っていたものだ」

そして狄希に質問しました。

「お前はなんという物を作ったのだ。ただの一杯で大へんに醉わせて、今日、始めて醒めたのだよ。日が高いが一体どれほど経ったのか」と。

墓の周囲にいた人たちは皆、これを聞いて笑いました。

玄石の酒気が周囲に漂って、鼻に入り、体内に吸いこんでしまい、また各人が3ヶ月の間吸い込んだ玄石の酒気で醉っぱらって寝込んでしまったということです。

美酒

「千日酒」というのはどんなお酒なんでしょうか。

よほどアルコールの度数が強いのか、それとも適量がわからなくなるほど、美味なのか。

酒屋の主人が注意するのを忘れたんでしょうね。

千日たった頃を見はからって玄石を訪ねたというあたりが、いかにも奇譚という感じがします。

中国の話はどれもスケールが大きいです。

墓をあばき棺を開けるなどいうことを日本でもまずしません。

この奇譚とは直接関係はありませんけどね。

亡くなればどんなに悪い人間もみな仏になるという思想が中心です。

親鸞の悪人正機説をご存知ですか。

善人なおもて往生すいわんや悪人をや。

善人が往生するくらいなのだから、悪人がしない訳がないという逆説です。

このあたりにも日本と中国の考え方の違いがみてとれます。

ユニークな表現なので、是非、「千日酒」を覚えておいてください。

「一酔千日」も実に楽しい熟語ですね。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

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