【日本の放浪芸・小沢昭一】飽くなきエネルギーを抱えて国中を歩いた人

ノート

日本の放浪芸

みなさん、こんにちは。

ブロガーのすい喬です。

俳優、小沢昭一が亡くなって随分と月日が流れましたね。

「小沢昭一の小沢昭一的こころ」をずっと聞いてました。

今でも聞けます。

Youtubeなどに残ってます。

彼の芝居を観た人はいますか。

1人芝居を随分やってましたね。

『唐来参和』がそれです。

「とうらいさんな」と読みます。

1982年、自分1人だけが座員である「しゃぼん玉座」を設立しました。

それから18年間、ずっと演じ続けたのです。

この人ぐらい、いかがわしい俳優はいなかった。

落語もうまかったしね。

語りも見事でした。

この芝居は井上ひさし作「戯作者銘々伝」の中の1つです。

小沢昭一は江戸の戯作家、参和の人生をたった1人で最初から最後まで演じました。

ぼくも観ました。

面白かった。

名人芸

とにかく落語に詳しい人でしたからね。

あの新宿末広亭のトリをやり抜いた人です。

噺家になっていたらどうなったのかな。

芝居も落語の枕のつもりだったんでしよう。

すぐには始まらず、いろんな話をしてからでした。

雑談でお客様の胸の中にすっと入り込んでしまうのです。

この芝居はDVDになっています。

これもすごい。

この人の偉業はなんといっても『日本の放浪芸』をまとめたことにあります。

これはどうしても自分がやるしかないとして始めた放浪芸の集大成です。

少し聞くだけで大変なエネルギーを使って集めたということがすぐにわかります。

テープレコーダーを片手に彼は本当に日本中を歩きました。

今はもう目にすることもない貴重な記録ばかりです。

時代の流れの中で消えていった芸がここにはたくさん収録されているのです。

是非一度聞いてみて下さい。

本にもなっています。

その中の一つに俗に啖呵売(たんかばい)と呼ばれる香具師(やし)の口上があります。

映画「フーテンの寅さん」の中で渥美清が演じたあの売り口上が、啖呵売そのものです。

バナナ売りや、陶器売りなどの多くは七五調のリズムを持っています。

お客の顔色を見ながら独特の間を持って商品を売る芸そのものでした。

かつては神社などの縁日へ行けば、必ず香具師の巧みな言葉遣いを聞くことができたのです。

何気なしに店をひやかした人は、不思議な言葉の力につい財布の紐を緩めてしまったものです。

これが形をかえ現在ではテレビ・ショッピングとして、復活しています。

タレントを客の代表と考えてみると構図は何も変わっていません。

万能調理器も洗剤もお鍋も、全て全く同じシステムの上に成り立っています。

彼らこそが現代の香具師と言えるかもしれません。

価格を最初に言わなかったり、限定品だと勿体をつけ、さらに後からおまけをつけて安く見せる手法など、人間の心理を巧みに応用したものです。

泣き売

ぼくが子供のころ見たものの中には、泣き売(なきばい)と呼ばれるものもありました。

これは人前で泣くことで、人々の同情心を買い、その結果としてものを売るというものです。

一番多いのが万年筆でした。

濡れた灰で汚れたペンを往来に広げます。

働いていた万年筆工場が焼けて首になり、退職金のかわりに製品をもらったものの、売れなくて困っているとしょんぼりした振りをします。

デパートに出せば高く売れるのに本当に悔しいと泣くのです。

そこへ唐突にあらわれるのがサクラで、これがしきりに同情をします。

また競馬の予想屋も不思議な言葉のリズムを持っていました。

いつも新宿南口にいたのは黒いカバーで覆われた乱数表を売る予想屋でしたね。

行者うち

小沢昭一はとにかく放浪する芸ならなんでも録音しました。

ぼくが見たことも聞いたこともないような芸も音源になっています。

こちらは全部CDになっています。

今となってはもう2度と聞くことのできないものばかりです。

夜店に欠かせない風船やおもちゃ、易者の口上、当時珍しかった万能野菜切器、行者うちまで

さらに見世物小屋、ギター流しやバイオリン流し、浪花節の流し。

覗きからくりの呼び込みとか、蛇使い、ガマの油売りなどなんでもありです。

もうこんな時代は2度と来ません。

氷屋、風鈴売り、虫売りなんて聞いたことがないでしょ。

なんだか夢のようです。

今日はここまでね。

See You Again。

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