【千早ふる】暢気な珍説で脳内を空っぽにする面白噺【小倉百人一首】

落語

頭がポカン

みなさん、こんにちは。

アマチュア落語家のすい喬です。

毎日いかがお過ごしですか。

いろいろなことがあってつらい日々が続いていますね。

こういう時はせめてばかばかしい噺で大笑いしたいもの。

しかし3密とかいわれて、狭い空間に人が集まるのはご法度です。

しょうがないから、Youtubeで落語でも見ましょうか。

笑いたいですよね。

頭をポカンとさせたい。

今回はそういう時にピッタリの面白噺をご紹介しましょう。

タイトルは「千早ふる」です。

ああ、あのコミックのこと。

いいえ、純粋な落語です。

というか、こじつけ噺ですかね。

ある和歌にちなんだ物語です。

この噺を聞いた後、あるご婦人が楽屋に抗議にきたそうです。

いくら落語だからといって、ものには限度があります。

少しは真面目にやりなさいというお叱りだったそうな。

でも真面目にやったら落語じゃなくなりますよね。

この噺はいつ聞いても、とことんばかばかしいのが信条です。

いろいろな演者がやりますが、三遊亭小遊三師匠のがいいんじゃないですか。

どこまでふざけているのか、真面目なのかわからない。

あの独特の風貌がこの噺にピッタリです。

ぼくもやりますが、非常に難しい。

いいかげんな感じがどうしても必要なのです。

俗に噺家がいう、フラというものがあれば最強ですね。

ご存知ですか。

なんとなくおかしいという落語家っていますよね。

出てきただけで、なんとなく笑っちゃう。

その様子をあの人にはフラがあるというのです。

滝川鯉昇師匠のふんわりした感じも、この噺にはあっていると思います。

題材は百人一首

この落語は「百人一首」を題材にしたものです。

最近はお正月にかるたとりをする家もなくなりましたね。

仕方がないので学校で授業中にやってます。

あとはコミックでしょうか。

「ちはやふる」といって誰もがすぐに思い出すのはあのコミックです。

それくらいよく読まれました。

映画にもなっています。

時々、かるた選手権の様子がテレビで放映されたりもします。

ご覧になったことがありますか。

まさに死闘と呼ぶにふさわしい壮絶な戦いです。

高校にはかるた競技部というクラブのあるところもあります。

万葉集以降、日本にはたくさんの名歌が生まれました。

やはり5音と7音の響きがいいんでしょうね。

古今集、新古今集などには、すばらしい作品が収められています。

それらの中からさらに厳選して選ばれたのが小倉百人一首です。

選者は平安から鎌倉時代にかけて活躍した歌人藤原定家。

彼の直筆が今でも京都の冷泉家などでは発見されています。

pen_ash / Pixabay

京都の小倉山荘にこもって選んだところからこの名がつきました。

今回使われるのは在原業平(ありわらのなりひら)の歌です。

習いましたよね。

伊勢物語の主人公としても知られている最高のイケメンです。

あの光源氏のモデルともいわれています。

歌の意味

突然隠居のところへやってきた金さん、娘が教えてくれと言ってきたので逃げてきたといいます。

この歌の意味を知りたいというのです。

ただ百人一首のかるたをとっているだけでは面白くないので、娘たちみんなで調べることになったのだとか。

持ってきたのはこの歌でした。

千早ふる神代も聞かず竜田川からくれないに水くぐるとは

隠居は知らないことはないといつも豪語しています。

MikeGoad / Pixabay

仕方がないので、なんとかこじつけて説明をすることになりました。

その内容がとんでもないのです。

しかしこれが実に愉快なんですね。

隠居は2、3度読み直しているうちに突然ひらめいたらしく、金さんに訊きます。

金さん、この竜田川ってえのは何だと思う。

何だと言われてもねえ、わかりませんよ。

川が付くからどこかの川の名だと思うかい。

川の名前なんですか。

だからそう思うかってえの。

まあ、思いますよ。

そこが畜生の浅ましさなんだ。

竜田川ってのはおまえ、相撲取りの名だよ。

ここから隠居版珍解釈のオンパレードです。

実際に高座で話す時は、この説明部分にどのくらいのリアリティがあるかで面白さがかわります。

真面目にやっちゃダメです。

さりとてふざけてもダメ。

真面目にきちんとふざけていい加減にやるのです。

だから落語は難しい

以下は隠居の解釈の内容です。

竜田川は大関の地位までにあがった立派な相撲取りでした。

田舎から出てきて江戸で修行したのです。

その時、神信心をして女を絶って大関を目指しました。

5年後、立派な大関になり願ほどきをします。

ある時、客に連れられて吉原に夜桜見物に出かけたのです。

美しい花魁道中を見て全盛の千早太夫に一目惚れ。

酒席に呼ぼうとしたら、「相撲取りはイヤでありんす」と振られてしまいます。

仕方がないので、妹格の花魁神代太夫に口をかけると、これまたイヤとの話。

vandonov / Pixabay

つくづく相撲取りが嫌になった竜田川、そのまま廃業して、故郷に戻り豆腐屋になりました。

なんで大関までとったのに豆腐屋になるんですか。

実家が豆腐屋だったんだ。

5年後、店も立派になった秋の夕暮れ時の話。

竜田川が店で豆を挽いていると、女乞食が竹の杖につかまって一人立っています。

3日3晩何も食べていないので卯の花を恵んで下さいとのこと。

顔を見るとなんとこれが千早太夫のなれの果てだった。

おかしいですよ、そんな立派な太夫が乞食になるなんてといくら金さんが抗議しても無駄でした。

竜田川は女を大きな手で突き飛ばします。

弾みで飛んで、土手にぶつかり再び跳ね返ってきた。

女はとうとう店先の柳の木につかまって涙を流し、そこにある井戸に身を投げてしまうのです。

金さんはここから因縁話になるのかと思って聞いていると、これが歌の意味だと隠居は言うのです。

初め花魁の千早が竜田川を振っただろ。

だから千早振るだ。

神代も言うことを聞かないから、神代も聞かず竜田川となるだろ。

5年経っておからをくれと言ったがやらなかった。

だから、からくれないにとなるだろ。

そして井戸へ落っこったから、水くぐるだ。

でもおかしいよ、隠居。

水くぐるなら水くぐるで終わればいいでしょ。

水くぐるとは、なんていうことないじゃないですか。

「とは」っていうのが余計ですよ。

お前も勘定高い男だな。

とはのはしたぐらい負けとけ。

いや、こうなったら負けられません。

とはってというのはな。

あとでよく調べたら、千早の本名だった。

これがオチになります。

どうでしょうか、この壮大なばかばかしさ。

もちろん、すぐに信じちゃダメですよ。

滝川鯉昇師匠のバージョンはモンゴルまで行っちゃうのです。

落語の自由な想像力の世界は、今やすごく貴重ですね。

確かにここまでいい加減だと、楽屋に文句の一つも言いにいきたいところです。

気持ちはよくわかります。

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しかしその杜撰なまでのいいかげんさを愛する心が落語を育ててきたのです。

真面目にやっちゃダメです。

しかし真面目にきちんとやらないとお客様は笑ってはくれません。

そこが落語の世界の深さなのです。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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