【村上春樹】短編・象の消滅は不思議で寂しくミステリアス感100%

象が消えた

みなさん、こんにちは。

ブロガーのすい喬です。

このサイトでも何度か村上春樹の小説を記事にしてきました。

なんとなくたまにふと読みたくなる不思議な作家です。

『風の歌を聴け』の頃からずっと読んできました。

デビューした時の新鮮さは特筆ものでしたね。

新しい時代の予感をたっぷりと持っていました。

あれから50年の月日がたちました。

人生はなんと早く過ぎるのか。

最近はそんなことを思います。

村上春樹には長編も数多くあります。

しかし彼の真骨頂はやはり短編にあるのではないでしょうか。

ほんのわずかな言葉の中に、どうしても日常生活の中で忘れられていく人々の記憶があることを実感させます。

本当は忘れてはいけないことを、人間はすぐに忘れる。

それを思いださせてくれるのが彼の短編なのです。

今回とりあげる『象の消滅』は文学界という文芸雑誌に掲載されたものです。

1986年4月に『パン屋再襲撃』という単行本として世に出ます。

その後、1991年11月18日号『ザ・ニューヨーカー』に英訳して載せられ、『The Elephant Vanishes』というタイトルで出版されました。

数年してから『象の消滅』というそのままのタイトルで、短編集が日本でも発売されました。

この時の装丁は実に見事でした。

ぼくも本屋さんで黄色いカバーのこの本を見た時、思わず買ってしまったくらいです。

今でもいい味です。

おしゃれです。

書棚に置いておくだけで、いい雰囲気を醸しだしてくれます。

あらすじ

ある日、町の動物園から象が消えてしまいます。

僕はそれを新聞で知るのです。

いつものようにコーヒーを飲みながら新聞を読んでいました。

すると奇妙な記事が目に入飛び込んできたのです。

象とその飼育員が脱走したというのです。

かつて町の郊外にあった動物園が経営難を理由に閉鎖されました。

その時、町が動物園から町有財産として無料でひきとったのがこの象だったのです。

小学校の体育館が象舎として移築され、動物園でずっと象の世話をしていた飼育係と共にそこに住みつくことになります。

しかしその象が突然消えたのです。

僕は以前から関心を寄せていました。

脱走なんかしていないことは一目瞭然でした。

象の足には鉄の足枷がかけられていたのです。

その鍵は消防署と警察署に1本ずつ預けられています。

象の飼育員がそれをわざわざ使って逃がすわけもありません。

象が通れるほどの大きさの脱出経路などどこにもありません。

足あとが全く見当たりませんでした。

それなのにメディアや警察は脱走したものとして報道し、捜索をしています。

象は逃げたのではありません。

明らかに「消滅」したのです。

annca / Pixabay

実は最後に彼らを見た目撃者は僕でした。

前日の夜、僕は象と飼育員のある不思議な変化に気づいたのです。

それを一言でいうと、「バランス」が崩れたということなのでしょうか。

象が小さくなっているのか、飼育員が大きくなっているのか

定かではないけれど二人の大きさが等しくなっていくのを確かに目にしたのです。

彼らは次の日、消滅しました。

シンプルさと統一性

そんな時、ぼくは1人の女性に会います。

彼女は若い主婦向けの雑誌の編集者でした。

台所電化製品のパブリシティの仕事をしている僕は彼女と親しくなります。

そこで彼女に向かって、なぜか僕はキッチンについての自説を説き始めてしまいました。

彼女は訊きます。

「キッチンには本当に統一性が必要なのかしら。あなたの個人的な意見として」

「世界は本当に便宜的に成立しているの」

僕は答えます。

「台所にとって統一性以前に必要なものはいくつか存在するはずだと僕は思いますね。でもそういう要素はまず商品にならないし、この便宜的な世界にあっては商品にならないファクターは殆ど何の意味も持たないんです」

意気投合した2人は、そのホテルのラウンジに出かけ、その後僕は彼女をバーに誘います。

雨の降る夜でした。

ふと消滅した象の話をバーの片隅で彼女にしてしまったのです。

なんの気なしにというのはこういうことを言うのでしょう。

彼女は訊きます。

「象のことが好きだったの」

「そうだね、そうだと思う。どうしてだかはよくわからないけれど」

再び彼女。

「なぜ消滅したの」

「つまり大きさのバランスだよ。象とその飼育係の体の大きさのつりあいさ。そのつりあいがいつもとは少し違うような気がしたんだ」

僕が見たのは不思議な光景でした。

まるでその象舎の中にだけ冷やりとした肌合いの別の時間性が流れているように感じられたのです。

象と飼育係は自分たちを巻き込んでいる新しい体系に喜んで身を委ねているように僕には思えたのでした。

バランスが崩れる

パブリシィティの仕事をしている会社で働く僕はかつてこんな話を彼女にしたことがあります。

一番大事なポイントは統一性なんです。

どんな素晴らしいデザインのものも、周りとのバランスが悪ければ死んでしまいます。

色の統一、デザインの統一、機能の統一。

それがキッチンに最も必要なことなんです。

象と飼育員のバランスはどうだったのでしょうか。

さらに深めて考えると自分とこの世界のバランスはどうなのか

自分がこの世界から消滅していくのか、それとも消滅させられるのか。

「統一性」「便宜的」という言葉がこの小説には何度も出てきます。

それは「あたりまえ」にぼくたちの世界を深く静かに包み込んでいます。

その日常は当分消えそうもないくらいしっかりした堅固なもののようにも見えます。

しかし消滅という表現をもし採用することが許されるならば、案外簡単なことなのかもしれません。

おそらく時の流れがそれを容易にします。

僕は気づいてしまったのでしょうか。

僕はそれからも相変わらず便宜的な世界の中で生きています。

ストーリーが理解できましたか。

僕と象、飼育係と象のバランスはどのように変化していったのでしょうか。

「便宜的な統一性」はどこでそのバランスを崩したのか。

何度読んでも主題の見えてこない不思議な短編です。

しかしなんとなくあの巨体が町の象舎から消えていく風景には魅力を感じます。

静かに消滅していくプロセスが目に見えるようです。

老いた飼育係はどうなったのか。

それも不明です。

完結していると思っていることは、所詮便宜的な心象風景に過ぎないのかもしれません。

一種の幻影でしょうか。

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そうした中をただフラフラと生きている人間、そして象。

不思議と寂しさの漂うミステリアスな小説です。

1度手にとって読んでみてください。

村上春樹の世界が垣間見えるかもしれません。

この短編集に収められた作品はなかなかに粒揃いです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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