むかし、男ありけり
みなさん、こんにちは。
元都立高校国語科教師、すい喬です。
今回は日本を代表する古典を取り上げます。
『伊勢物語』は平安時代に成立した歌物語です。
在原業平を思わせる男が主人公なのです。
書き出しの特徴は「むかし、男ありけり」で始まるものが多いです。
『伊勢物語』は『源氏物語』と並んで人気が高いことでも有名ですね。
全125段から成立しています。
各段とも、それほどに長い話ではありません。
内容は男女の恋愛が中心になっています。
しかし親子の愛情や友情など、さまざまな人間の情愛を多面的に描いているのです。
高校では「芥川」「東下り」「筒井筒」の順に習うことが多いようです。
文章の途中には200首にのぼる和歌が出てきます。
これだけ有名な作品でありながら作者はわかっていないのです。
成立時期も不明なままです。
11世紀以降に大幅な増補を経て現在の形になったようです。
能楽者世阿弥はこの物語を題材にした能を何本か創作しています。
「井筒」「杜若」(かきつばた)などはその代表でしょう。
チャンスがあったら是非鑑賞してみてください。
しっとりとした佇まいの中に、落ち着きが見られるすばらしい能です。
ちなみに「杜若」はこの「東下り」の段を題材にしたものです。
本文
昔、男ありけり。
その男、身をえうなきものに思ひなして、京にはあらじ、東の方に住むべき国求めに、とて行きけり。
もとより友とする人、ひとりふたりして行きけり。
道知れる人もなくて、惑ひ行きけり。
三河の国、八橋といふ所に至りぬ。
そこを八橋といひけるは、水ゆく川の蜘蛛手なれば、橋を八つ渡せるによりてなむ、八橋といひける。
その沢のほとりの木の陰に下りゐて、乾飯食ひけり。
その沢に、かきつばたいとおもしろく咲きたり。
それを見て、ある人のいはく、「かきつばた、という五文字を句の上に据ゑて、旅の心をよめ」と言ひければ、よめる。
から衣着つつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ
とよめりければ、皆人、乾飯の上に涙落として、ほとびにけり。
(中略)
なほ行き行きて、武蔵の国と下総の国との中にいと大きなる川あり。
それをすみだ川といふ。
その川のほとりに群れゐて、思ひやれば、かぎりなく遠くも来にけるかな、とわびあへる
に、渡し守、「はや船に乗れ、日も暮れぬ」と言ふに、乗りて渡らむとするに、皆人もの
わびしくて、京に思ふ人なきにしもあらず。
さるをりしも、白き鳥の、はしと脚と赤き、鴫の大きさなる、水の上に遊びつつ魚を食ふ。
京には見えぬ鳥なれば、皆人見知らず。
渡し守に問ひければ、「これなむ都鳥」と言ふを聞きて、
名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしや
とよめりければ、船こぞりて泣きにけり。
ゆりかもめ
伊勢物語のなかで最も有名な段です。
ちなみに東京都のシンボルになっている鳥の名前を知っていますか。
ゆりかもめがそれです。
都鳥のことなのです。
この名前をつけた新交通システムがありますね。
東京都港区の新橋駅から江東区の豊洲駅までを結んでいます。
この名前は、伊勢物語からとられました。
隅田川のほとりを歩いていると、たくさん飛んでいるのを見かけます。
浅草あたりへ行った時でも、目を凝らしてみてください。
この作品のポイントは最初のところに出てくる「かきつばた」の歌です。
句の上に据えて詠むという言葉の意味がわかりますか。
「折句」と呼ばれています。
一種の言葉遊びですね。
ここの例でいえば「かきつはた」という文字が歌の頭にふってあるのです。
よく笑点などでも落語家がやっています。
日本語は折句が作りやすい言語なのです。
詩人の谷川俊太郎は折句を使って愉快な詩を作っています。
1つだけ、ご紹介しましょう。
あくびがでるわ いやけがさすわ しにたいくらい
てんでたいくつ まぬけなあなた すべってころべ
頭の文字を引っ張り出すと「あいしてます」となるのです。
面白いですね。
から衣着つつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ
この歌は実に巧妙な仕掛けに彩られています。
掛詞、縁語のオンパレードなのです。
たくさんあるので1つだけ紹介しましょう。
掛詞とは発音が同じ言葉に2つ以上の意味を持たせる修辞法のことです。
例えば『なれ』は『萎れ(「着て柔らかくなる」)の意』と『馴れ(慣れ親しむ」の意』の掛詞になっているのです。
日本語は実に複雑な味わいに耐える素晴らしい言語だと感心しないワケにはいきません。
現代語訳
昔、ある男がいました。
その男は、我が身を役に立たないものに思い込んで、「京にはおるまい、東国の方に住むにふさわしい国を探しに行こう」と思って出かけました。
以前から友とする一人二人とともに出かけたのです。
道を知っている人もなくて、迷いながら行きました。
三河の国、八橋という所に着きました。
そこを八橋といったのは、水の流れる川が蜘蛛の足のように八方に分かれているので、橋を八つ渡してあることによって、八橋といったのです。
その沢のほとりの木の陰に馬から下りて座って、乾飯を食べました。
その沢にかきつばたがたいそう趣深く咲いていました。
それを見て、ある人が言うには、
「かきつばたという五文字を歌の各句の頭において、旅の思いを詠め」と言ったので、つくった歌がこれです。
唐衣を着ているうちにやわらかく身になじんでくる褄のように、なれ親しんだ妻が都にいるので、その妻を残してはるばると遠くまでやって来た旅を、しみじみと悲しく思うことだよ。
一行の人は皆、乾飯の上に涙を落として乾飯が涙でふやけてしまいました。
中略
さらにどんどん行くと、武蔵の国と下総の国との間に、たいそう大きな川がありました。
それをすみだ川といいます。
その川のほとりに一行が集まって座って、
「都のことを思いやると、限りなく遠くまで来てしまったものだなあ」
と互いに嘆き合っていると、渡し守が、「早く舟に乗れ。日も暮れてしまう」
と言うので、乗って渡ろうとするものの、一行の人は皆なんとなく心細いのです。
というのも京に恋しく思う人がいないわけでもありません。
ちょうどそんな折、白い鳥でくちばしと脚とが赤い、鴫ほどの大きさである鳥が、水の上で遊びながら魚を食べていました。
京では見かけない鳥なので、一行の人は誰も知りません。
渡し守に尋ねたところ、
「これこそが都鳥だ」と言うのを聞いて、
都という言葉を名前にもっているのならば都のことをよく知っているだろうから、さあ、尋ねよう、都鳥よ、私が恋しく思う人は都で無事でいるかどうかと。
と詠んだので、舟に乗っている人は皆泣いてしまいました。
昔の人の気持ちが少しはわかりますか。
今のようにメールも電話もありません。
それだけに人の気持ちを思う心が強かったのでしょうね。
しみじみとした味わいに満ちた段だと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。