畏饅頭
みなさん、こんにちは。
元都立高校国語科教師、すい喬です。
今回は高校の漢文の授業で習う笑い話『畏饅頭』を学びます。
中国明代の笑話本『五雑俎(ござっそ)』や『笑府(しょうふ)』に原型があります。
日本ではもっぱら落語の題材として扱われてきました。
誰でも1度は聞いたことがあるのではないでしょうか。
人間の心理にヒントを得た楽しい話です。
誰にでも共通した部分があり、それがつい笑いを誘ってしまうのです。
イヤだ、嫌いだと言われると、ついからかってやろうという気分になるものです。
わざと相手の嫌がるものを目の前に出して、いじめてみたいという心理です。
それほどの悪意はないものの、つい遊び心が働くということはあります。
そこを鋭く指摘したものだけに、笑いもはじけてしまいそうです。
最後のオチが実に秀逸で、よく出来ていますね。
それほどに長くもなく、難しい噺ではないので、寄席でもよく演じられます。
いつかチャンスがあったら、ぜひ実際にご覧ください。
原文
窮書生有り、饅頭を食らはんと欲す。
計るに従りて得る無し。
一日市肆(しし)に列べて鬻(ひさ)ぐ者有るを見る。
輒(すなわ)ち大いに叫びて地に仆(たふ)る。
主人驚きて問ふ。
曰はく、「吾饅頭を畏(おそ)る。」と。
主人曰はく、「安(いず)くんぞ是有らんや。」と。
乃(すなわ)ち饅頭百枚を設けて空室の中に置き,
之を閉ぢて外より伺へば、寂(せき)として声を聞かず。
壁に穴して之を窺(うかが)へば、則(すなわ)ち食らふこと半ばを過ぐ。
亟(すみ)やかに門を開きて其の故を詰(なじ)る。
曰はく、「吾今日此を見るに、忽(たちま)ち自ら畏れず。」と。
主人其の詐(いつは)りを知りて、怒り叱して曰はく、「若尚(な)ほ畏(おそ)るるもの有りや。」と曰はく、「更に臘(らふ)茶両椀を畏(おそる)るのみ。」と。
現代語訳
あるところに貧しい書生がおりました。
饅頭を食べたいものの、なかなか手に入りません。
ある日、街に行くと店に売っていたのです。
それを見るなり、大きな声を出して地面に倒れてしまいました。
店の主人が驚いてワケを聞くと、「饅頭が怖いのです。」といいます。
主人は「そんな馬鹿なことがあるものか。」と思いつつも、饅頭百個と書生を一緒に部屋に入れ、外から様子を伺いました。
ところがしんと静まりかえってなんの音もしません。
穴からそっと中の様子を見ると、もう半分以上を食べてしまっていたのです。
そこで戸を開けてどういうことかとつめ寄ると、「今日はこれを見ても恐くない」と言います。
主人はすぐに嘘だと見抜き、腹を立てました。
「ほかには何か恐ろしいものがあるのか」と重ねて問うと、書生が言うには「あとは玉露が二杯怖い」との返事でした。
まんじゅうこわい
落語はいろいろな演者が、独自の構成で話すことができる自由な芸です。
これ以外の型でやってはいけないという原則が、あるワケではありません。
かなり自由度の高いものなのです。
そこで噺家によって、今までにさまざまな工夫がされてきました。
この噺に限って言えば、最初の苦手なもののオンパレードで、演者のオリジナリティーが出せます。
町内の若い衆が集まって、好きな食べ物をああだこうだと言っているうち、人には好き嫌いがあるという話になるのです。
虫が好かないという話から、苦手なものを次から次へと取り上げます。
基本は蛇、蜘蛛、ヤモリ、オケラ、むかでなどでしょうか。
だいたいの人があまり好まないものを最初にどんどん示します。
嫌いなものは怖いのが人情です。
ここでこわいとかたいをひっかけて、かみさんのつくった飯がこわいなどというくすぐりもとります。
そんな話をみんなでしていると、そこへ強気一方の辰さんが現れます。
演者によって登場人物の名前はかわります。
この人にはなんにも怖いものがありません。
ああだこうだと理屈をつけて、なんにもこわいものなんかないと啖呵をきるのです。
「蛇はどうだ」と聞けば、「あんなものは、頭が痛いときの鉢巻にする」といった調子です。
トカゲは三杯酢にして食ってしまうし、蟻はゴマ塩代わりに飯にかけるというのです。
そこで仲間たちはだんだんしゃくに障り、なにか1つくらい怖いものはないのかとせまるのです。
そこへ飛びだしたのが、饅頭でした。
辰さんは突然、顔色を真っ青にして、怖いものがあると告白したワケです。
一同唖然とします。
「菓子屋の前に行くと目をつぶって駆け出すし、思っただけでも、こう総毛立って」と辰さん。
急に震えだしたので、みんな驚きました。。
「怖い、怖いよ」と叫びながらついに泣き出して、寝込んでしまう有様です。
計略を練る
そこで一同は考えました。
ふだんから、あんまり付き合いはよくないし、お金の払いも悪いのです。
少しこらしめてやろうという相談が持ち上がりました。
饅頭の話を聞いただけで、あんなに青くなって震えるくらいだから、実物を見たらきっとひっくり返ってしまうに違いありません。
なんとかその様子を見たいもんだというのです。
アンで死ねば、これが本当の「アン殺」だなどというシャレも飛び出します。
そこで金を出し合い、山のような饅頭を買ってくるのです。
それを寝ている辰さんの枕元に置きました。
「おおい」と呼ばれ、ふと蒲団をめくったのが災難の始まりです。
ここからが芸の見せどころですね
饅頭を必死になって食べる演技が必要になります。
それも怖い怖いと叫びながら、うまそうに食べるのです。
「うわあ、こんなもの、怖いよう。唐饅頭がこわい。怖いよ~」
ここで用意する饅頭の種類はさまざまです。
腰高饅頭、唐饅頭、酒饅頭、そば饅頭、栗饅頭といった具合です。
演者の芸の見せどころですね。
それぞれの饅頭を食べ分けるしぐさも大切です。
障子の陰で見ていた連中は、騙されたと知って、頭にきます。
いよいよ最終章です。
「おう、怖い怖いと言ってた饅頭を食いやがって。こんちくしょう、てめえはいったい、なにが怖いんだ」
「今度はしぶいお茶が一杯怖い」
昔からの噺ですが、よく出来てますね。
噺家はこの落語を短く縮めて「まんこわ」と呼んでいます。
今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。