四書五経
みなさん、こんにちは。
元都立高校国語科教師、すい喬です。
儒家が尊重した書物には中国の人々の思想が刻み込まれています。
その中でも四書五経(ししょごきょう)は、儒教の経書の中でも特に重要とされる書物です。
四書は『論語』『大学』『中庸』『孟子』。
五経は『易経』『書経』『詩経』『礼記』『春秋』をいいます。
四書五経のうち、『大学』『中庸』はもともと『礼記』の一章を独立させたものです。
君子が国家や政治に対する志を述べる大説として、日常の出来事に関する意見や主張がメインになります。
虚構、空想の話を書く小説とは大きく区別されているのです。
あなたはかつて中国で行われてきた科挙という官吏登用試験をご存知ですか。
598年から1905年までの1300年間、ずっと行われてきたのです。
隋の時代から清に至るのでの期間です。
上級の役人になるためにはこの試験を突破しなければなりませんでした。
儒教の経典の内容を記憶することが、受験勉強そのものだったのです。
書物に記された文字の数はじつに43万字と言われています。
それをすべて覚えるなどということが想像できますか。
宮崎市定氏の『科挙』にはその全貌が記されています。
関心のある方はご一読をお勧めします。
このサイトにもかつて内容をまとめた記事があります。
文末にリンクしておきましょう。
いずれにしても中国の持つスケールの大きさが、よくわかります。
その破天荒なことも、想像を絶しますね。
礼記(らいき)
『礼記』(らいき)とは、周から漢にかけて儒学者がまとめた礼に関する書物を、戴聖が編纂したもののことです。
全49篇からなります。
唐代以降は特に五経の1つとして尊重されました。
高校では儒学の本として、『論語』と『孟子』を主に学習します。
基本的な文章を学びつつ、時に応じて『礼記』なども参考にするのです。
ここに取り上げたのは「苛政は虎よりも猛なり」という話です。
聞いたことがあるでしようか。
この表現は大変有名ですね。
原文を最初にみてみましょう、
大変に短いです。
孔子過泰山側。
有婦人哭於墓者而哀。
夫子式而聴之、使子路問之曰、子之哭也、壱似重有憂者。
而曰、然。昔者吾舅死於虎、吾夫又死焉、今吾子又死焉。
夫子曰、何為不去也。
曰、無苛政。
夫子曰、小子識之、苛政猛於虎也。
このままで読める人は、そう多くはありません。
そこで書き下し文にします。
ひらがなと漢字の混じった文章です。
ぜひ声に出して読んでみてください。
書き下し文
孔子泰山の側を過ぐ。
婦人の墓に哭(こく)する者有りて哀しげなり。
夫子式(しょく)して之を聴き、子路をして之に問はしめて曰く、
「子の哭(こく)するや、壱(いつ)に重ねて憂ひ有る者に似たり。」と。
而(すなわ)ち曰く、
「然(しか)り。
昔者(むかし)、吾が舅(しゅうと)虎に死し、吾が夫又焉(これ)に死し、今吾が子又焉(これ)に死せり、と。
夫子曰く、何為(す)れぞ去らざるや、と。
曰く、「苛政(かせい)無ければなり」と。
夫子曰く、「小子之を識(しる)せ」
苛政は虎よりも猛なり、と。
現代語訳
孔子が泰山のそばを通りかかりました。
すると墓のところで声を上げて泣く婦人がいたのです。
その様子は大変悲しげでした。
孔子は車の横木に手をついて丁寧に礼をしてその声を聴きました。
弟子の子路にそのわけを質問させたのです。
「あなたが声を上げて泣く様子を見ていると、重ね重ねの悲しみがおありのようです。」
その婦人は言いました。
「その通りです。昔、私の舅が虎によって死に、私の夫もまた虎によって死に、今度は私の子が虎のせいで死にました。」
孔子は訊きました。
「それならばどうしてこんなに危険なこの場所を立ち去らないのですか」
婦人は「ひどい政治がないからです」と言ったのです。
孔子は弟子に向かって「おまえたち、このことをよく覚えておきなさい。ひどい政治は虎よりも恐ろしいのだ」と言いました。
孔子の言葉
孔子は紀元前551~紀元前479)の人です。
儒教を起こしました。
魯(ろ)の国の法務大臣となり、政治改革を行うものの、貴族の反対にあい失敗してしまいます。
やがて、弟子を集め放浪の旅を続けながら教育活動を続けたといわれています。
春秋時代の社会の混乱の中で、礼の復活をめざしました。
それがやがて儒教と呼ばれるようになったのです。
文中に出てくる子路は孔子の弟子です。
孔子より9歳年下で、弟子たちの中では最も年長でした。
孔子の信頼が厚かったのです。
中国において虎は最強の動物とされてきました。
そんな虎よりも獰猛で恐ろしいのが厳しい政治だという話です。
もう少し説明しますと、虎に襲われることは滅多にあるものではありません。
しかし苛酷な政治はあちこちで絶えず行われていました。
1番は重税の取り立てです。
さらに兵役や労役などがいつ行われるかもわかりません。
民衆にとって過酷な政治は人食い虎よりももっと恐ろしいのです。
「苛」とは、いじめるということで、「苛政」は、民衆をいじめるようなむごい政治のことです。
現代の世界を少し眺めてみてください。
よその土地に移り住んでひどい政治に苦しむくらいなら、まだここにいた方がましだというのです。
どこの国のことをいっているのでしょうか。
人それぞれによって、あがる国の名前は違うと思います。
自由な発言の許されない国が、世界にはたくさんありますね。
いくら経済が上向いているとはいえ、そうした国へ移住することが幸せなのかどうか。
人間の幸福には多様な側面が見て取れます。
あなたもこの表現の持つ複雑さをもう1度考えてみてください。
「苛政は虎よりも猛なり」という故事は実に深い意味を持っています。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。