【宇治拾遺物語・悪人往生】見も知らぬ人相見の捨て身の覚悟に感じて

人相を見る

みなさん、こんにちは。

元都立高校国語科教師でブロガーのすい喬です。

今回は説話集から、ちょっといいお話をご紹介しましょう。

『宇治拾遺物語』という本に載っている話です。

高校時代にいくつか習ったことと思います。

いわゆる昔話を集めた本です。

編者はわかりません。

自然と一冊にまとまっていったのでしょう。

鎌倉時代、13世紀初めごろに成立しました。

全体は197話から出来上がっています。

平安時代の説話集『今昔物語』と共通する話が83話もあります。

昔の語り部たちがあちこちで話して聞かせたのでしょうね。

内容はそれほど難しいものではありません。

仏教に根差した説話が多く、非常に庶民的です。

それだけに当時の人たちが、何を最も大切に考えていたのかということがよくわかります。

本文は第58話「東北院母菩提講の聖のこと」からとりました。

主題は人相を見抜くことにかけてはすばらしい力をもっていた人が、悪人を改心させ、さらに立派な聖にしたという話です。

東北院は上東門院(中宮彰子)の建立した寺です。

彰子のことはご存知ですね。

紫式部がお仕えした一条天皇の中宮です。

父は藤原道長。

摂関政治の頂点を極めた権力者です。

本文全文

東北院の菩提講始めける聖は、もとはいみじき悪人にて、人屋に七度ぞ入りたりける。

七度といひけるたび、検非違使ども集まりて、「これはいみじき悪人なり。一、二度

人屋に居んだに、人としては良かるべきことかは。

まして、いくそばくの犯しをして、かく七度までは、あさましく、ゆゆしきことなり。

このたび、これが足切りてん」と定めて、足切りに出で行きて、切らんとするほどに、

いみじき相人ありけり。

それが、ものへ行きけるが、この足切らむとするものに寄りて言ふやう、「この人、お

のれに許されよ。これは必ず往生すべき相ある人なり」と言ひければ、「よしなきこと

言ふ。ものも思えぬ相する御房かな」と言ひて、ただ、切りに切らんとすれば、その切

らんとする足の上に上りて、「この足の代りに、わが足を切れ。往生すべき相ある者の

足切らせては、いかでか見んや。おうおう」とをめきければ、切らんとする者ども、し

扱ひて、検非違使に、「かうかうのこと侍り」と言ひければ、やんごとなき相人の言ふ

ことなれば、さすがに用ゐずもなくて、別当に、「かかることなんある」と申しけれ

ば、「さらば、免してよ」とて、免されにけり。

その時、この盗人、心発して、法師になりて、いみじき聖になりて、この菩提講は始め

たるなり。まことにかなひて、いみじく終りとりてこそ、失せにけれ。

かかれば、高名せんずる人は、その相ありとも、おぼろげの相人の見ることにあらざり

けり。

始めおきたる講も、今日まで絶えぬは、まことにあはれなることなりかし。

——————————

意味がわかりますか。

それほどに難しい表現があるワケではありません。

人屋というのは牢獄のことです。

菩提講という言葉はちょっと難しいですね。

極楽往生を求めて、法華経を講説する集まりのことを言います。

昔は寿命も短く、現世であまりいい思いのできる人が多くはありませんでした。

それだけに来世を夢見ることで救われようとしたのです。

さらにこの時代は末法の世と呼ばれ、正しい教えが世で行われ修行して悟る人がいる時代(正法)が過ぎたと信じられていました。

さらにその後、像法の時代になり、その次には人も世も最悪になるという末法思想が信じられていたのです。

人々が仏にすがる気持ちは今の私たちには容易に想像がつきませんね。

全訳とあらすじ

東北院で菩提講を始めた聖は、もと極悪人で、牢獄へ七度も拘留されたことがありました。

その七度目に捕らえられた際、取り囲んだ検非違使たちが言うには、「これはとんでも

ない悪人です。一度や二度であっても、牢へつながれて良いはずもないのに、これは七

度までも牢屋へ入るとは、おそろしくも由々しい奴です。今度ばかりは、この者の足を

切り落としてくれようぞ」と決められて、足切り役のところまで連行され、いざ切り落

とせというところへ、高名な人相見がやって来ました。

たまたま通りがかっただけのようでしたが、今しも足を切り落とされようという盗人の

もとへ近寄るなり、「この者を、わしの顔に免じて許してとらせ。これは将来必ず、往

生すべき相を持つ人じゃ」と言いましたが、役人は、「馬鹿なことを抜かすな。ものの

道理の分らぬ、人相見の坊主め」と突っぱね、ただ切りに切り落としてしまおうとした

のです。

人相見は、切り落とされようとする足の上へ乗っかかると、「この者の足のかわりに、

我が足を切れ。往生を遂げるべき相の出ている者が、まさに足を切られようとするの

を、ぼんやり見ておけるものではないぞ。おう、おう」と喚き立てるようにしたので、

切り落とそうとする者たちの手に余ってしまいました。

それで、役人は検非違使に、「こんなことがあるのですが」と申し出ると、さすがに名

高い人相見の言うことだからと、その意見を尊重し、さらに長官へ、「このような次第

がございまして」と伝えました。

「では許してやれ」ということで許されたのでした。

この後、盗人は心を改め、法師となり、やがて立派な聖となって菩提講を始めたので

す。現れていた相のとおり、立派な往生を遂げて亡くなったそうです。

そんな次第ですから、将来高名になるような人で、立派な相が出ているといっても、並

の人間には判別できないのものなのです。

彼の始めた菩提講が今に至るまで絶えないのは、まことに感慨深いものです。

いかかでしょうか。

意味がわかりましたか。

悪人正機

人相見が、悪人の心を蘇らせたという話です。

古来、手相、人相などをみる相人と呼ばれる人がいました。

現在でもいます。

科学がこれだけ発達した時代になっても、未来を予見してほしいという人たちは少なからずいるのです。

昔はもっともっと多くの人に信じられていたのでしょう。

有名な『源氏物語』の中にはこれと似た話があります。

身分を明かさずに光源氏の人相をみてもらった時、高麗人は不思議そうに首をかしげます。

この人は帝になる人相をお持ちですが、そうなると国が滅び乱れるかもしれませんと予言したのです。

それでは帝の補佐として活躍するのかと訊ねると、それもまた違うと言いました。

そこで臣下にすべく、源の姓を賜ったというのです。

このエピソードは光源氏の数奇な運命を見通したという意味で、深い味わいに満ちています。

『宇治拾遺物語』の極悪人は見も知らない人相見によって救われました。

これはある意味で後に浄土真宗の祖となった親鸞の教えを想わせます。

「善人なをもて往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」という言葉は大変に有名ですね。

『歎異抄』という本の中に出てきます。

悪人正機説と呼ばれています。

親鸞の死後も、法然から親鸞へと伝えられた真宗の教えとは違う教義を説く者が後を絶ちませんでした。

そこで親鸞の教えの原点に戻ろうとして弟子が書いたものです。

悪人が往生をして真っ当な人生を歩み始めるという思想がかなり以前からあったことを想わせますね。

昔話にも人生の重みが詰まっていると感じます。

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最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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