演劇の力
みなさん、こんにちは。
元都立高校国語科教師、すい喬です。
演劇部の顧問を随分と長くやりました。
部活動の中でも誠に厄介な部類に入りますね。
入部してくるのは自己主張の強い生徒たちばかりです。
運動部と違って、技術の差が歴然とみえるというものでもありません。
むしろ精神の領域に入るものなのです。
それぞれの個性をうまく外にだすにはどうすればいいのか。
さらに部員同士の確執をうまくおさめなくてはなりません。
繊細な生徒にはそれなりの対応も必要でした。
とはいえ、体育会系に似た部分が全くないワケではありません。
演劇は肉体の酷使です。
身体をきちんとコントロールできなければ、失敗するだけです。
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女子の多い部活なので、格別に難しかったことを覚えています。
かつて舞台美術家の朝倉摂さんが、セゾン劇場へ部員を招待してくれたこともありました。
他校の演劇部員も一緒でしたね。
演目は秋元松代さんの戯曲「七人みさき」だったと記憶しています。
終演後、朝倉さん自身が芝居の解説と舞台美術の話をしてくれました。
生徒は非常にインスパイアーされたことと思います。
現場で仕事をしているプロの話には、独特の迫力があります。
ご当人はあまり感じていないのかもしれません。
しかしその力を肌で感じることの重みが大切ですね。
ぼくにとっても忘れられないイベントでした。
芝居にますます熱中していったのは、生徒以上にぼく自身だったかもしれません。
シェイクスピアに戻る
演劇の世界では、何をやってもだめな時はシェイクスピアに戻ればいい、という話があるそうです。
それくらい、彼の戯曲は世界中で多く演じられているということでしょう。
どのような形で行っても、それなりに決まるというところに興味をひかれます。
古くは坪内逍遙、その後多くの人の手をへて、福田恆存、小田島雄志、松岡和子訳などが世に出ています。
演出家、蜷川幸雄の『ハムレット』や『マクベス』などを見た人は、これがあのシェイクスピアかと驚いたことだろうと思います。
仏壇まで登場するセットはあまりにも奇抜なものでした。
芝居だけではありません。
映画もそうですね。
黒澤明はリア王を脚色して『乱』を撮りました。
歌舞伎役者たちも盛んにシェイクスピアを演じています。
尾上松緑、松本幸四郎、尾上菊五郎、尾上菊之助などが『オセロ』『マクベス』『12夜』など、さまざまなジャンルの芝居に参加しているのです。
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やはり惹かれるものがたくさんあるのでしょうね。
あの流れるようなセリフを暗記するのは容易なことではありません。
1つずつの言葉があまりにも重いです。
その他、江守徹や平幹二郎も盛んに演じました。
江守徹などは名前からも連想できますね。
フランスの戯曲家、モリエールの信奉者だったのです。
それがいつの間にか、シェイクスピアの虜にもなったということでしょうか。
なにがそれほどに人々を引き付けるのか。
人間の罠
どんな人間も弱いというのがシェイクスピアの根本的な考え方です。
将軍であろうと、市井の民であろうと。
同じ疑惑をたえず吹きこまれ、それを証明する現実をつきつけられた時、人は豹変するのです。
オセロ将軍が、妻の不貞を信じていくさまなどは、あまりにも悲しいですね。
周囲にいる人間たちによって、人は変貌していく。
その悲しいくらいに哀れな様子を、観客は目の当たりにします。
あれは自分だと皆が思う。
そのプロセスがシェイクスピアの芝居なのです。
偉大なる王であったリアも最後は最も不正直な娘の甘言にのせられてしまう。
そして諸国をさすらい歩くことになります。
ハムレットもマクベスも、みん同じです。
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人間の持つ根本的な弱さをこれでもかと突き付けたのがシェイクスピアなのです。
だからすばらしい。
そこに人間の限界をみます。
同時に愛おしさも感じるのです。
1975年、演出家・出口典雄によりシェイクスピアの戯曲全37作品の上演を目指して旗揚げした劇団をご存知でしょうか。
その名もシェイクスピアシアターです。
渋谷ジァン・ジァンを拠点に精力的な公演活動を開始しました。
翻訳はすべて小田島雄志が担当したのです。
ぼくもこの劇団が『ヘンリー六世』を完全上演するというので、かつて見にいったことがあります。
出口典雄が率いるこの集団は、全ての劇をジーパンとTシャツ、それにいくらかのマントだけでやってしまうのです。
6時間の芝居
シェイクスピアの処女作『十二夜』という喜劇を見て、この劇団の力量は知っていました。
行く前からとても楽しみでしたね。
しかしその後完全上演というのはこれほどに体力を使うものかということを、たっぷりと思い知らされました。
その上演時間は実に6時間を超えていたのです。
普通どれほど長いものでも3時間が限度というところでしょう。
しかしこの芝居の長かったこと。
今までにぼくがみたものの中でも最長記録です。
映画ならば、一度撮影すればいいのですから、それほど気にもなりません。
しかし芝居は全て生身です。
多くの観客の目の前で6時間演技を続けるということの大変さは、想像するにあまりあります。
途中一度だけ休憩がありましたが、その時場内アナウンスが流れました。
それは「役者もがんばっておりますので、みなさまもどうぞあと3時間がんばってください」というものでした。
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これには客席にいた人たちも思わず爆笑してしまいました。
しかし役者の熱演とあいまってストーリーは大変面白いものでした。
俗にバラ戦争と呼ばれるランカスター家とヨーク家との王位争奪戦を描いたものです。
昨日の敵は今日の友といった戦国絵巻がみごとに繰り広げられたのです。
その後、シェイクスピアの作品を好んで見るようになりました。
山崎努の『リチャード三世』など大変印象に残る舞台でした。
もう少しはやく生まれていれば、名優芥川比呂志の『ハムレット』を見ることができたのに、大変残念です。
尾上松緑の『オセロ』を見ることができたのが幸いでした。
『ロミオとジュリエット』はいうまでもなく、いつの時代でも定番です。
劇団「四季」も『ハムレット』をよく上演します。
シェイクスピアはつねに古く、つねに新しいのです。
どこにでもいるような人間に対する深い洞察力と愛情。
それがこの偉大な戯曲家の最も長く愛される理由なのではないでしょうか。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。