【人はなぜ学ぶのか】明日死ぬとわかっていても勉強したいワケ

学び

何度も試験に落ちた

みなさん、こんにちは。

元都立高校国語科教師、すい喬です。

今回はなぜかこんなテーマを選んでみました。

何度考えても学ぶことの理由なんてわかりませんね。

明日死んじゃうかもしれないのに、勉強する必要がどこにあるんでしょうか。

試験で1番をとるためですか。

有名な大学に入って大企業に就職し、お給料をたくさんもらって立派な家に住む。

世界中を飛び回って大活躍をする。

それから次はなんでしょうか。

200degrees / Pixabay

早めにリタイアして、どこか静かであったかい場所に家を買って猫と暮らす。

それもいいですね。

しかしそんなに簡単にいくものでしょうか。

どうもわからないことばかりです。

考えてみれば、今まで随分試験に落ちてきました。

本当にいくつかの試験になんとかひっかかってここまで生きてきたというのが率直な感想です。

特別に立派なことをしたわけじゃありません。

ただ今でも本を読むのは好きです。

お金を出して買っても1度しか読まないので、だいたい図書館で借りてます。

リクエストをしておくと、取り寄せてくれます。

本当にありがたいです。

もし本を読まないで生きてきたら、どうなっていたのか。

考えるだけでゾッとします。

それくらい助けられてきました。

野生からの解放

人間は動物です。

実に野蛮な野生動物です。

火を使ったり道具を作ったりできるので、厄介な存在です。

お腹が減ればすぐに何か食べたくなり、怒ったり嫉妬したり、本当に面倒臭い生き物です。

ほんの少しでも理性が機能していれば、そこまでひどくはならないのかもしれません。

ギリギリまで自分を絞る作業が必要ですね。

それが読書だと思います。

野生に近づいてしまう自分を牽制する手段。

それがぼくにとっては本を読むことなのです。

絶え間なく読むこと。

どんなジャンルのものでも毛嫌いしないこと。

できたら一般教養と呼ばれる広い分野に手を伸ばした方がいいですね。

歴史を知らなければ、人間がいかに愚かな存在なのかということが理解できません。

人類の歴史は戦争の歴史です。

ずっと戦い続けてきたのはなぜか。

平和な時代なんてほとんどありませんでした。

だからどうしても歴史を学ばなくてはならないのです。

インドをつくりあげたネルー首相が自分の子供のために語ったすばらしい本があります。

『父が子に語る世界歴史』です。

名著ですね。

おまえは何をしてるんだ、もっと学ばなくちゃいけないよと叱られるために読んでいるような本です。

いや、叱咤激励されているのかもしれません。

いつか役に立つ

すぐに役にたたないことも、のちになって花開くのです。

幸せなことに高校で理科4科目を教えてもらいました。

科学の世界は広いです。

物理、化学、地学、生物。

全部やりました。

社会もそうです。

日本史、世界史、地理、倫理、政治経済。

今、この時代に学んだ知識のおかげで生きていられるのです。

数学もそうです。

数Ⅰ、数ⅡB、数Ⅲ。

ベクトル、三角比、対数、微分、積分、確率、統計まで全部やりました。

心から感謝しています。

大学に入って数学をやろうと思ったのも、あまりにその世界が美しかったからです。

みごとなまでの整合性に感動しました。

しかし現在、その数学を使っているのかといわれると疑問ですね。

それでも勉強してよかったです。

考え方の方法に1本芯が通りました。

その後の文学部時代は、数学の世界と真逆でした。

人間はいつも整合性だけで生きているワケではありません。

矛盾の谷を呻きながら歩いているのです。

こっちへ行ったら失敗するとわかっていても進んでしまうのが人間です。

それを知るために数学を学んだのかもしれません。

大学で学んだことは本を読むことだけでした。

昔生きた人が目の前にみえるまで読まなければダメだと教えられました。

読書をするというのは他人の心の中を覗き込む作業です。

苦しみをもらって果実を拾い歩くのです。

実に効率の悪い話です。

家で勉強しない

先日NHKの教育番組で、興味ある特集をしていました。

なぜ今の子供たちがあまり自宅で勉強をしないのかというものだったのです。

20年ほど前の高校生は平均95分、家で机に向かったといいます。

それが現在の統計では55分だとか。

よく先生が自分の学年プラス1時間は最低勉強しなさいとよく話していました。

現場にいる教師の実感としては最近はもっと自宅学習の時間が減っているかもしれません。

もちろんクラブ活動で疲れ、勉強どころではないという事情もあるでしょう。

しかしそれだけとも思えません。

いったいなぜなのでしょうか。

NHKでは約2000人を対象に面接調査を行ったそうです。

その結果、次のような回答を得たといいます。

最大公約数は、勉強しても未来が拓けないというものです

以前は勉強をすれば、何かが変化するという実感があったそうです。

確実な未来が見えたということでしょうか

しかし今その親たちの世代がどういう状況にあるのか。

実に95%の親たちがこの国の将来は暗いという回答をしているのです。

その雰囲気が子供たちに伝わらないワケはありません。

もちろん、これだけが理由ではないでしょう。

新しい娯楽も以前とは比べものにならないくらい増えています。

救いはまだ中高校生の40%ぐらいが日本に未来はあると答えている点です。

しかし逆にいえば60%の生徒はこの国の未来を明るいものとはみていません。

もちろん大学受験だけが人生ではありません。

ましてや有名校に入学したことで、人生が保証されるほど、単純な時代ではないのです。

若者はしっかりと見抜いています。

確かに難しい局面に日本もさしかかっています。

どうしたら未来へ向けての大人の自信と生きざまをみせられるのか。

大人の責任も重いです。

問題は山積しています。

しかしそれでも学ぶのは楽しいからなのです。

知らないことを知るということの醍醐味はきっと死ぬまで続くんでしょうね。

できることなら野生に戻りたくない。

学べば日常使う言葉も変わります。

人への心遣いも変わります。

身体の動きも変化します。

他人に対する想像力が圧倒的に豊かになるのです。

それだけでも十分だと思いませんか。

篤農家とよばれる人たちは大地に対する感謝の心を厳しい自然からもらいました。

それと同じ作業を学ぶという行為を通して得たいです。

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これが今の素直な気持ちです。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

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