複雑な内面の人
みなさん、こんにちは。
元都立高校国語科教師、すい喬です。
今回は太宰治の『走れメロス』について書きます。
中学の教科書に必ず載っているハイライト的な作品です。
誰でも必ず1度は触れるはずです。
あの太宰治がこんな小説を書くのかという意外性がふんだんに盛り込まれています。
中学生の時は誰でも素直に友情の大切さを読み取ろうしたはずです。
国語の授業でもそこに重点を置きます。
とくに友達との約束を守るために走り続けるメロスは、真実の人です。
しかし後になって他の小説を読むと、作者のイメージが大幅に狂ってしまうのです。
太宰治というのはこういう小説を書くような人間ではないという疑問です。
あるいは本当にプロの技が書かせた創作なのか。
疑問が次々に湧いてくるのです。
高校では『富岳百景』『津軽』などを扱うことが多いです。
教科書によっては『桜桃』『女生徒』が所収されているものもあります。
どの作品を習うかによってかなり印象が違いますね。
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さらに『人間失格』『斜陽』『晩年』などを読むと、ガラリとイメージがかわります。
どれが本当の太宰治なのかと訊かれてもわかりません。
玉川上水に投身自殺をしたあたりのことや、実家との苦闘、東京に出てきてからの生活とそれぞ
れ別の表情を持っています。
その全てが作家太宰治なのです。
短編を続けて読むと、文章のうまさが光ります。
読者の懐にすっと飛び込んで甘える。
道化の側面も持っています。
そういう複雑な内面を持っている1人の人間としての彼と正対しないと、見失う可能性もあるのです。
あらすじ
『走れメロス』のあらすじを簡単にみてみましょう。
忘れてしまっている人も多いことと思います。
メロスは16歳の妹と共に暮らす、善良な羊飼いの男です。
ある時、妹の結婚準備のためにシラクサの街へと向かいました。
活気が全くない街を不思議に思い、通りかかった人に尋ねます。
すると、王が次々と人を殺してしまうとのこと。
正義を通そうと王に挑んだメロスは、処刑を宣告されてしまいます。
殺されるのは怖くないものの、唯一の心残りは妹でした。
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妹の晴れ姿を見届けたら必ず戻ると約束し、親友セリヌンティウスを身代わりに村へと急ぎます。
結婚式を無事に終え、友との誓いを果たすためメロスは再びシラクサの街へと駆けだすのです。
ところが彼の前には苦難が襲いかかります。
大河を突破し、山賊の襲撃を退けます。
しかし疲れ果て、足が動かなくなってしまったのです。
倒れ伏したメロスの胸には、後ろ向きな考えばかりが浮かんできます。
それでも岩の裂け目から、湧きだす水をのみ、再びシラクサめがけて駆けるのです。
日が沈みかける頃、やっと街へ到着します。
今まさに処刑が行われようとしていました。
そこへメロスが躍り込んだのです。
メロスとセリヌンティウスは互いの友情を確認し合い抱き合います。
その美しい姿を見て人間不信に陥っていた王が改心するというのが全体の流れです。
心情の変化
この物語で暴君ディオニスの存在を忘れてはいけません。
彼の心が人間不信に陥っているという状態をどう理解すればいいのか。
疑心暗鬼になった王の苦悩が見えていないと、ストーリーがよくわかりません。
いくら人を死刑にしても癒されることがない王。
その孤独も想像しなければいけません。
ディオニスは死刑をメロスに言い渡します。
わざとできそうもない条件をぶらさげて、相手を愚弄するのです。
妹の結婚式まで待って欲しい。
死罪になる覚悟はある。
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メロスは自分の代わりに友人のセリヌンティウスを差し出すのです。
この友人とメロスとの信頼関係の堅さは想像を絶したものですね。
果たしてこんなことが可能なのでしょうか。
自分の命を友情の証しのために捧げるということが誰にもできることなのかどうか。
3日後には必ず帰ると約束するメロスに対して、王は残虐な決心をします。
どうせ帰って来ないにきまっている。
この嘘つきに騙された振りして、放してやるのも面白い。
身代りの男を3日目に殺すのも気味がいい。
人はこれだから信じられぬと、わしは悲しい顔して、その身代りの男を磔刑に処してやるのだ。
世の中の、正直者とかいうやつばらにうんと見せつけてやりたいものさ。
王は、メロスもどうせ約束を守らないと高をくくっています。
大切なのは妹の祝宴のシーンです。
メロスの中にふと弱い考えが浮かびます。
彼は一生このままここでいたいと思うのです。
この部分の心の揺れが中盤の山場でしょうね。
しかし結局は再び街を目指します。
まさしく王の思う壺だぞ、と自分を叱ってみます。
疲労のあまり草原にごろりと寝ころがり、勇者にも後ろ向きの根性が巣喰っていることを知るのです。
努力しても不可能なこと
私はこれほど努力したのだ。
動けなくなるまで走って来たのだ。
私は不信の徒では無い。
ああ、できる事なら私の胸を截ち割って、真紅の心臓をお目に掛けたい。
何もかもばかばかしい。
私は醜い裏切り者だ。
どうとでも勝手にするがいい。
それでもメロスは水をのみ走ります。
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信じられているから走るのだ。
間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。
人の命も問題でないのだ。
私はなんだか、もっと恐ろしく大きいものの為に走っているのだ。
ここでいう「大きいもの」とは何か。
ここが最後のハイライトです。
最後は王の改心で大団円を迎えるのです。
私を殴れ。力一杯に頬を殴れ。
私は、途中で一度、悪い夢を見た。
君が若もし私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえ無いのだ。殴れ。
セリヌンティウスも正直な心境を話します。
メロス、私を殴れ。同じくらい音高く私の頬を殴れ。
私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。
生れて、はじめて君を疑った。君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない。」
この物語はちょっときれいごとに過ぎるというのが現在の偽りない感想です。
もちろん、こういう話もあっていいかなとは思います。
この小説が生まれるについてはたくさんの逸話が残っています。
熱海の旅館に太宰が入り浸って、いつまでも戻らないことがありました。
奥さんが「きっと良くない生活をしているのでは……」と心配し、太宰の友人である檀一
雄に「夫の様子を見て来てほしい」と依頼したのです。
往復の交通費と宿代などを持たされ、熱海を訪れた檀を太宰は歓迎します。
彼を引き止めて飲み歩き、とうとう預かってきた金を全て使ってしまったのです。
飲み代や宿代が溜まってきたところで太宰は、檀に宿の人質となって待っていてくれと説
得します。
東京にいる恩人井伏鱒二のところに借金をしに行ってしまって帰らなかったことがあったとか。
とんでもない話ですね。
どうでしょう。
小説家の想像力は無限大です。
これが『走れメロス』を書くヒントになったとか。
信じられない話です。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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