【落語】怖がり屋で意地っ張り!名人・古今亭志ん生の大好物は?

落語

いだてん

みなさん、こんにちは。

アマチュア落語家、すい喬です。

今日は五代目古今亭志ん生について書かせてください。

実はブログを始めた頃から、どうしてもこの落語家のことは書いておきたかったのです。

しかしなんといってもとらえどころのない噺家です。

これが核心かなと思っていると、とんでもないとこから横やりが入り、また考えなおすということになります。

どうして、今志ん生なの。

明らかにNHKの「いだてん」の影響です。

ビートたけし演じる志ん生に多くの人が親近感を覚えたということかな。

何をいってるのかよくわからない昔の噺家にいったい何があるというのでしょう。

それを少し考えてみたかったのです。

zooocoo / Pixabay

父親が酒を飲むと、よく志ん生のまねをしてました。

懐かしいです。

呂律の回らない何をいってるのか、よくわからないギャグ。

百万年前のトカゲみたいなつらしやがって。
おまえなんかシャツの3番目のボタンだよ、あってもなくてもおんなじだ。
しめこのウサギだ、酒が飲めるぞ。

なんのことかわかりますか。

志ん生をたくさん聞いてる人なら、必ず何度かは耳にしている彼のネタです。

音源はいっぱい残ってますね。

ぼくも知り合いからCDをセットで20枚以上もらいました。

捨てちゃおうかと思って、押し入れにそのまんま入れてあります。

ネットをみれば、山のように音源もあり、動画もあり

十八番は「火焔太鼓」に「黄金餅」、「風呂敷」に「替わり目」かな。

もう少し生まれるのがはやかったら、こうはならなかったでしょうね。

ちょうど戦後のラジオ放送全盛時代に入ったところで人気が出たということになります。

彼はニッポン放送の専属になり、娘さんまで後にコネで就職しちゃいました。

マネージャー兼音源ディレクターということでしょうか。

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彼女が全部音源をカットし、放送時間にあわせたそうです。

志ん生は時間を気にして喋れない不器用な噺家です。

お客の笑う間にあわせて、噺が自在に伸び縮みする。

気にいらないと、途中でやめちゃう。

寄席などでは、随分と周囲の芸人をハラハラさせたと言われています。

人に媚びることができない。

お世辞なんてとんでもありません。

芸人は芸で勝負をすればいいというのが彼の考え方の基本です。

それにしては随分と遠回りをしたもんです。

志ん生一代

作家結城昌治が書いたこの本を読めば時代背景とともに、だいたいのことはわかると思います。

昭和52年11月朝日新聞社から出版されました。

その後あちこちの出版社から出されています。

現在では小学館から出ているのが一番入手しやすいと思います。

もちろんフィクションの要素も少しはあります。

同時に多くの著作物からとられたエピソードも散りばめられています。

とくに彼と同時代の落語家たちの様子が実にみごとに描かれていますね。

これを読んだらもうパーフェクトでしょう。

長女の美津子さんのエッセイを数冊足せば、志ん生像が目の前に浮かびます。

それくらいよく書けています。

とにかく酒が好き。

どうしようもない。

こんなに飲めるもんですかね。

ちょっとでもお金が入ると。全部飲んじゃう。

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さらに博打。

ありったけ賭けてなくなると、指で賭ける。

もちろん後で払えるわけもありません。

噺家の着物は商売道具です。

しかしそれも質に入れて飲んじゃう。

つらいことがあるとか、悲しいとかそんなんじゃない。

体質的にアルコールが入っていないと、落ち着かないのです。

すごい人がいたものです。

何度師匠をしくじったかわかりません。

ご贔屓がつくってくれた師匠用の紋付きを楽屋で預かります。

しかしすぐに酒に化けました。

さすがにこの時は師匠も大切に着ようと思っていたのでしょう。

袖を通す前に、弟子が飲んじゃったとあっては、怒りの持って行き場がありませんでした。

破門です。

geralt / Pixabay

旅に出るしかありません。

そのたびに名前をかえ、借金取りから逃げます。

急場を救ってくれたのは志ん生の恩人、兵隊寅です。

どんな時でも金を都合してくれました。

自分が食べなくても志ん生のために融通してくれた大恩人です。

のちに柴又へ引っ越し、そこで亡くなります。

この人こそが山田洋次の描いた車寅次郎のモデルなのです。

山田洋次は寅さん映画の土台をほとんど落語から引っ張ってきています。

兵隊寅の存在に気がつかなかったら、あの寅さんは現在いません。

小説の中に、何度も出てきます。

実在の人物をうまく使った典型的な例でしょう。

いくつ名前を変えたのか

この話は志ん生神話にいつもついて回ります。

勲章みたいなものでしょうか。

実際はひたすら借金取りから逃げるための方便です

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家を飛び出してから明治43年、二代目三遊亭小圓朝の門に入って朝太と名乗りました。

大正6年圓菊と改名して二つ目に昇進します。

まもなく六代目金原亭馬生門下に移って馬太朗と改め、以後武生、馬きん、しん馬、講談に転じて小金井芦風、またしん馬に戻り、馬きん、馬生と、次々に改名しました。

しかしさっぱり人気も出ません。

そこで初代柳家三語楼門下に移って東三楼、ぎん馬、甚語楼、隅田川馬石、甚語楼、しん馬と改名を続けます。

特に襲名披露をするなどということもなく、ただ手拭いを1本買ってきて席亭に挨拶をするといっただけのことでした。

それでも昭和9年に七代目金原亭馬生を襲名してから、いくらか人気が出始めます。

40才をとうに越えていました。

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14年五代目古今亭志ん生を襲名してからは人気が上昇

20年に満州へ行き、22年に帰国してからは、桂文楽とともに落語会の二枚看板として活躍したのです。

戦争中は空襲の音がすると、とにかく怖くて外に飛び出した話は有名です。

満州への慰問団に入ったのも、外地へ行けば、空襲もなく酒もたらふく飲めるという話を信じたからです。

最初1ヶ月の予定が帰国するまでに2年かかりました。

りん夫人との結婚

志ん生は本名を美濃部孝蔵といいます。

明治23年6月の生まれ。

親に孝行する子になってほしいという気持ちからつけられました。

本当の意味で芸人志ん生を支え続けたのは、りん夫人でしょう。

こんな女性がいたということが奇跡のような気さえします。

愚痴1つこぼさず4人の子を育てました。

どうして師匠の元を去ろうとしなかったのかと聞かれて、彼女はこう答えています。

この人は何もできないし、酒は飲む、博打はするしでしょうがないけれども、芸だけは一生懸命やってっから先行き必ず売れると思って別れなかった。『三人噺』

商売柄、家を空けてばかり。

その上、酒と博奕と遊びが好きときてます。

まだ一人前でもないから金もない。

親兄弟もいない。

それでもいいというのならという条件でやってきたのが、清水りんでした。

結婚するならめでたいものを、と思ったのに何もなく、鯛焼きを本物の鯛に見立てたという落語みたいな話が出発点です。

箪笥に道具を詰めて嫁入りしたものの、すぐに持ち物は消えてしまいました。

大正13年(1924年):長女・美津子誕生
大正14年(1925年):次女・喜美子誕生
昭和3年(1928年)  :長男・清誕生(金原亭馬生)
昭和13年(1938年):次男・強次誕生(古今亭志ん朝)

この頃から住んだのが有名な業平橋の近くにある湿地帯にたてられた通称「なめくじ長屋」でした。

えらく湿っぽく、ナメクジをとってもとっても後から壁を這う。

十能に入れて捨てに行くのが志ん生の日課でした。

それでも彼の落語を黙って聞いてくれている人がいました。

上野鈴本の席亭です

うまくなった、やってみろ。

うちで応援してやる。

芸というものの不思議ですね。

こういう話を聞くだけでなんとなくいい気持ちにさせられます。

やがてラジオ放送の専属に…。

Fotocitizen / Pixabay

なめくじ長屋の住人が、音のよくないラジオの前で彼の落語に聞き入ってくれました。

りん夫人がいなかったら、志ん生は潰れていたと思います。

この人の存在がどれほど大きかったか。

長女の活躍も見逃せません。

それと長男、金原亭馬生の苦労。

父親が満州で死んでしまったという噂を楽屋中に流され、その後は芸人特有のいじめにも数多くあったとか。

さらには末子、古今亭志ん朝の誕生です。

志ん生はほんとにかわいくて、どうしても落語家にしたかった。

もちろん、強次青年はいやがります。

それを噺家はいいぞといって誘い続けたのです。

滑稽噺で全盛をとり人気もでた志ん生はどうしても人情噺をやりたかった。

あれもこれもやってみたかったに違いありません。

しかし人の一生はその野望を満たすほど、長くはありません。

不思議な人でした。

落語がなかったら、志ん生は何をしていたのか。

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ただの飲んべえで終わったんでしょう。

桂文楽の楷書の落語は現在あまり売れません。

しかし古今亭志ん生の行書の落語は今も売れ続けています。

型から入って型を抜けた者の勝利でしょうか。

もう少し考えてみたいと思います。

彼の大好物は酒は別格として、納豆でした。

朝はこれさえあれば、他には何もいらないという、そんな人生だったのです

1973年9月、自宅で眠るようになくなりました。

享年83歳。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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