薬屋のひとりごと
みなさん、こんにちは。
元都立高校国語科教師、すい喬です。
今回はまったく毛色のかわった話を書きます。
先学期、図書室で異様な光景をみました。
70インチくらいのモニターに映ったアニメです。
テレビで放映されたものなのでしょうか。
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あるいは映画になっているものなのか。
それもよく知りません。
多くの生徒がみんな嬉しそうに見入っていました。
期末テストの後の映画会の光景です。
試験で緊張しきった脳みそを休めるには格好のアニメなのでしょう。
ぼく自身、新海誠のもの以来です。
彼の作品はごく初期のものから、まとめて見た記憶があります。
とくに最初の頃、たった1人で作った作品は詩的ですばらしいと感じました。
「ほしのこえ」「雲のむこう、約束の場所」がそれです。
SF的といってしまえば、それまでですが、広い世界観を感じました。
しかし最近はアニメを見ることもなかったのです。
その日の図書室には熱気がありましたね。
立ち見をしている生徒もかなりいました。
登場人物の猫猫(マオマオ)という女の子が、実にかわいらしくデフォルメされていました。
つい先日、新刊も発売されたとか。
新聞の全面広告でした。
これには驚きましたね。
3300万冊を売り上げたとあるのです。
ここまで人気のある作品を読まない手はないと考えました。
キンドル
調べてみると、アニメの他に漫画、ラノベもありました。
近頃はさまざまなジャンルにわたって1つの作品を公開していく傾向が強いです。
そこで、手っ取り早く漫画からということなったのです。
キンドルですぐ手に入るというので、まずは第1巻から。
作者である日向夏(ひゅうがなつ)という人の描く主人公の猫猫は、面白いキャラクターをしていますね。
いかにも若い女性が好みそうです。
急に大人びたところを見せるかと思うと、幼児になってしまう。
その2面性がこの作品の表と裏をよく象徴しています。
中国の後宮小説はどこか面妖な匂いを放っています。
ぼく自身、何冊も読んだわけではありません。
最もショッキングだったのは、浅田次郎の『蒼穹の昴』でした。
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清朝末期の後宮内での話です。
去勢し、宦官となって西太后に出仕する男の姿を描いています。
ショックだったのは去勢の手術をするシーンをはじめて読んだことです。
ここまでしなければ、権力に近づけないのかと思いました。
一言でいえば、壮絶です。
官僚の世界の裏側を政治の姿とあわせて描いています。
清朝が滅びるまでの宮廷内部の様子が実に生々しいです。
多くの文化を中国に学んだ日本も、宦官というシステムだけは取り入れませんでした。
世界でも類のないものです。
そこに主人公と少女、猫猫(マオマオ)とあわせて、宦官を配置した構図は事件の予感に満ちています。
紫禁城と最後の皇帝
はじめて中国へ行った時、故宮を見学しました。
『ラスト・エンペラー』の舞台です。
あまりにも敷地が広く、その豪華さにも驚かされました。
いくつもの財宝が展示してあり、その内容に目を見張ったものです。
陰謀と欲望が渦巻く世界に最もふさわしい場所のような気もしました。
「薬屋のひとりごと」は花街で薬屋をしていた猫猫が、後宮で下女として働き始めるという意外性が面白いですね。
皇帝の周囲にいる女性たちは、自らの一族の反映を見つめつつ、権力争いに明け暮れます。
もちろん、その背後に宦官が存在することはいうまでもありません。
彼らは自らの人生を権力の掌握にかけています。
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皇帝の子供が病にかかるという事件に関わったことから、猫猫は美形の宦官・壬氏(ジンシ)に目を留められます。
彼女は薬の知識と深い洞察力で、次々と難解な事件を解決していくのです。
このあたりは、ほとんど漫画そのものの世界です。
毒殺という概念は、どの国にもあります。
特に中国は漢方薬の発祥地です。
今日の漢方ブームとあわせて、読ませてしまう内容が豊富に散りばめてあります。
鉛毒などは化粧の持つ怖さとあわせて、日本でもよく語られてきました。
しかしそれ以外にも、長い間身体にいいと信じられてきた薬草が、場合によっては毒薬に変化することが示されています。
自殺とみせかけて他殺であったという事件に対しても、猫猫は果敢にチャレンジします。
基本は全て薬に対する推理から始まります。
漢方の知識を少しずつ知ることができるという点もユニークです。
ここのところ、毎日2巻ぐらいずつ読み、自分なりに想像を膨らませています。
いかにも現代の若い女性が好みそうな美貌の宦官を配置し、そこに可愛らしい少女の光る知識をまぶすという構成が、喜ばれているのでしょうか。
謎解きとファンタジーを両輪にして、ストーリーを先に進めていくという手法が成功した理由だと思います。
作画は2人
『薬屋の独り言』は元々Web小説だったとか。
それが加筆訂正されてラノベ小説になり、現在15巻まで刊行されています。
さらにコミックになる時、作画者が2人登場し、別々のキャラクターの絵を描いています。
これもあまり聞いたことのない展開です。
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ねこクラゲ氏と倉田三ノ路氏です。
ねこクラゲ氏の作画はかわいらしく、倉田三ノ路氏の作画はややシャープな印象です。
ぼくが現在読んでいるキンドル版は作画、ねこクラゲとあります。
つい先日、この作画家は脱税容疑でニュースにもなりました。
所得約2億6000万円を申告せず、所得税約4700万円を脱税したということで告発されましたのです。
全額をすぐに納付したそうです。
マンガなどと侮ってはいけません。
最近ではミニアニメ『猫猫のひとりごと』がYouTubeチャンネルやTikTokなどでも放映されました。
若者は流行に敏感です。
独特の嗅覚を持っているのでしょう。
宦官という人間の持つ背徳感などには一切触れず、後宮の陰謀解読をファンタジーにしてしまうパワーには驚きました。
浅田次郎がかつて自分はこの小説を書くために生まれてきたといった『蒼穹の昴』の世界とは全く違う立ち位置にあるのを感じます。
ぼくはかつてラストエンペラーがいたという、現在の長春(昔の新京)を訪れたことがあります。
満州と呼ばれた東北の土地です。
そこで毎日アヘンを吸い続け、身の周りにいた何人もの女性が亡くなっていったそうです。
そうした過去のできごとと、「薬屋のひとりごと」との差を思わないワケにはいきませんでした。
残りは数巻です。
今日も読むつもりでいます。
今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。