【孟子・性善説】礼を身につけ欲を抑え仁の心を持てと説いた儒学の師

学び

孟子

みなさん、こんにちは。

元都立高校国語科教師、すい喬です。

今回は「性善説」でよく知られた孟子の代表的な文章を読みます。

いずれも高校の教科書に載っているものばかりです。

読んだことがあるかもしれません。

どれも徹底した人間観察の極みに満ちています。

孟子(前372 – 前289)は、戦国時代に活躍した思想家です。

よく聞く言葉に「孟母三遷」というのがあります。

教育熱心な彼の母親は、子供のために3回引っ越しをしたと伝えられているのです。

はじめ墓地のそばに住みました。

すると孟子が葬式のまねばかりするので、市場近くに転居しました。

ところが今度は孟子が、商人の駆け引きを目にすることになりました。

そこで意を決して、母親は学校のそばに転居しました。

すると礼儀作法をまね、学習を自らするようになったということです。

教育に必要なのは、それに適した環境であるという例えとして、よく使われます。

孟子は、孔子の門人として、その儒学思想を学びました。

群雄割拠の当時、諸国の王に対する王道・儒学の師として、理想の君主像を説いてまわりました。

その考え方の根本にあったのが、仁義、道徳による政治です。

彼の思想は「性善説」から成り立っています。

人間はもともと善い心を持っているはずであるというのです。

しかし時に欲望が悪い行ないをさせることがあると考えました。

だからこそ、儒学を学び、礼と智を身につけることが最も大切だと考えました。

今回は孟子の代表的な3つの話を取り上げます。

どれも含蓄の深い内容に満ちています。

眸子より良きはなし

書き下し文

孟子曰く、人に存する者は眸子(ぼうし)より良きはなし。

眸子はその悪を掩(おおうこと能(あたわ)ず。

胸中正しければ、すなわち眸子は瞭(あき)らかなり。

胸中正しからざれば、すなわち眸子は眊(くら)し。

其の言を聴きて、其の眸子を観れば、人焉(いづくんぞ)廋(かく)さんや

現代語訳

孟子が言われました。

人を見分けるのに瞳ほど正直なものはない。

瞳は心の邪悪を覆い隠せない。

心が正しければ瞳は澄んでいる。

心が歪んでいれば瞳は濁っている。

その人の発言を聞き、その瞳をみれば、人の気持ちをどうして隠すことができるだろうか

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「目は口ほどにものを言う」という諺がありますね。

まさにあの内容と一緒です。

目だけには覆いをすることができません。

悪人はなぜサングラスをかけたがるかも、この文章からよく理解できます。

面接の時などは、言葉よりもまず目を見なさいといいます。

本当に真実を伝えている時には、目をみればわかります。

授業などでも、生徒の胸に入り込んだ時は、目の輝きが全く違います。

澄んだ美しい目になるのです。

三省

書き下し文

孟子曰く、人を愛して親しまれざれば、其の仁に反(かえ)れ。

人を治めて治まらざれば、其の智に反れ。

人を礼して答えられざれば、其の敬に帰れ。

行ひて得ざる者あれば、皆諸(これ)を己に反(かえり)み求めよ。

其の身正しければ而(すなわ)ち天下之に帰せんと。

現代語訳

孟子が言われました。

人を愛しても相手から親しまれない時には、人を怨まずに自分の仁愛の心が足りないからではないかと反省するがよい。

人を治めてもうまく治まらない時には、

人をにくまずに、自分の知恵が足りないからではないかと反省するがよい。

人に礼を尽くしても相手がろくに答礼をしない時には、

人を尤(とが)めずに、自分の敬意が足りないからではないかと反省するがよい。

いつもこのように自分の行為に対して相手の態度が期待にそわなかった場合には、

人を責めずに、すべて自分自身に反省して、その原因をよく考えて見るがよい。

そうすれば自分の身も心も真に正しくなって、必ず天下の人もみな帰服してくるものだ。

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孔子の言葉にも「三省」という表現がありますね。

孟子は三省どころではありません。

全ては自分の中に原因があると考えるのです。

そこから始めれば、必ず相手に真意が通じるということです。

左右他言

書き下し文

孟子、斉の宣王に謂(い)ひて曰く、

王の臣、其の妻子を其の友に託して、楚(そ)に之(ゆ)きて遊ぶ者有(あ)らんに、其(そ)の反(かえ)るに比(およ)んでや、則(すなわ)ち其(そ)の妻子(さいし)を凍餒(とうたい)せば、則(すなわ)ち之を如(い)何(かん)せん。

王曰く、之を棄てん。

曰く、士師(しし)、士を治むること能(あた)はざれば、則ち之を如何(いかん)せん。

王曰く、之を已(や)めん。

曰く、四境(しきょう)の内、治まらざれば、則ち之を如何(いかん)せん。

王、左右を顧(かえり)みて他を言う。

『孟子』「梁恵王・下」

注: 凍餒(とうたい) 衣食に事欠いて、飢え凍えること

現代語訳

孟子が斉の宣王に言った。

「もし王の家来で、自分の妻子をその友にあずけて、自分は楚の国に旅行に出かけた者があって、帰ってみたら、その友は預かっていた妻子を凍え飢えさせていたとします。

そのとき王は、その友の者をどうしますか」。

王は言った。「そのような者は棄てて、再び用いることはない」。

さらに、孟子が聞いた。

「では、今、裁判長が、その部下たちを良く治められないとしたら、どうしますか」。

王は言った。

「やめさせるに決まっている」。

ここで孟子は、核心に迫った。

「では、国内が良く治まらなかったらどうしますか」。

現在、国内が治まっていない責任を問われて困った王は、左右の者たちを振り返って、違う話を始めた。

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「左右他言」という言葉の語源です。

意味は自分に都合の悪いことの話題をそらしてごまかすことです。

孟子という人は物事の本質をズバリと指摘することができた人です。

それだけに、王は戸惑ったのでしょう。

その時の様子が目に見えるようです。

どの文章をとっても、真理はそれほど遠いところにあるのではないことがよくわかります。

しかしそれを実行することがいかに困難なことか。

そこにこそ、孟子の真実があると言えるのではないでしょうか。

今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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