【人情噺・百年目】旦那と番頭の落語には大人の器量と面白味がたっぷり

落語

百年目

みなさん、こんにちは。

アマチュア落語家、すい喬です。

今回は人情噺「百年目」を扱います。

とても難しい噺です。

元々は大阪の落語でした。

それを江戸へ移したのです。

人間の器量の大きさを身体全体で示す必要があります。

ちょっとやそっとでやれる落語ではありません。

50年以上のキャリアが必要です。

年齢も60~70歳を過ぎたあたりから、やっと高座にかけられるというところでしょうか。

主要な登場人物はそれほど多くありません。

基本は大店の主人と番頭の2人です。

この落語には「旦那」という言葉が何度も出てきます。

わかりやすくいえば、店の主人てす。

もともとこの表現はサンスクリット語から来ているとか。

仏教語なのです。

「ダーナ」という言葉が変化したものだと言われています。

「与える」「贈る」の意味で、「ほどこし」とか「布施」の意味に使われます。

「檀那」と書くこともありますね。

旦那という表現が西洋に伝わって、英語の「donate」になったという話もあります。

喜捨という言葉がありますね。

ものを与えるということは、最高の喜びなのです。

「ドネーション」という表現はさまざまなシーンで使われます。

今では「寄付」の意味が1番よく知られていますが、もしかすると、「旦那」の派生語なのかもしれません。

この落語は「旦那」という言葉がもう1つの主役です。

とてもチャレンジする気力がおきません。

40分~50分はかかります。

覚えるタイプの落語ではありません。

身体から滲んで出てくる本当の実力がなければ、とても高座にはかけられないのです。

あらすじ(発端)

ある大店の一番番頭が最初の登場人物です。

40歳を過ぎて、独り身のまま、主人の店で暮らしています。

遊び一つしたことがないという堅物だというのが、この噺のミソです。

実は大変な遊び人なのです。

このあたりが落語の真骨頂でしょうね。

ある朝のこと。

小僧や手代にうるさく説教した後、番長のお屋敷をまわってくるといって外出します。

ところが、それは嘘でした。

待っていたのは幇間の一八です。

さっそく柳橋の芸者、幇間を引き連れて、向島へ花見に繰り出そうという趣向なのです。

勝手知った店で長襦袢、結城の着物、羽織に着替え、屋形船を出します。

最初は人に見られたらまずいので、船の障子を締め切りにしておきますが、酒が入るにつれて気が大きくなります。

向島に着いた頃には、扇子で顔を隠し、土手で陽気に騒ぐ羽目になりました。

向島で鉢合わせ

さて、大店の旦那の方はお供の医者を連れて、花見にやってきています。

ところがその医者が「あれはお宅の番頭さんでは」と声をかけたのです。

最初は「まさか」と言っていた旦那も、土手の上で鉢合わせをする始末です。

避けようとする旦那に、番頭は芸者と間違えて抱きつき、ばったり顔が合ってしまいます。

いちばん怖ろしい人に現場を見られ、番頭はついワケのわからない言葉を。

「ごぶさたを申し上げております。いつもお変わりなく」

酔いの醒めた番頭は、慌てて店に戻ると、寝込んでしまいました。

夜逃げをしようかと、一晩まんじりともできず、翌朝、帳場に座っても生きた心地がしませんでした。

そこへ、旦那から声がかかります。

ここからが見せ場です。

geralt / Pixabay

旦那が番頭を相手に丁稚に来た頃の話から、人間関係の本質を説いて聞かせるのです。

このシーンは、本当に人間味のある器量の大きな人間を演じなくてはなりません。

それも自然体でです。

誰にでもできるところではありません。

こんな台詞が続きます。

わたしは店の者から旦那と呼ばれているが、番頭さんはその言葉の意味を知っていますか。

旦那の語源は天竺に「しゃくせんだん」(赤栴檀)という木があり、その根元に「なんえんそう」(難莚草)という草が生えているそうだ。

難莚草を取り除くと赤栴檀は枯れ、難莚草は赤栴檀の露を受けて生を営んだとか。

両者の文字を取った「だんなん」が旦那の語源だそうだよ。

両者は持ちつ持たれつの関係にあったわけだ。

言い換えれば主人の私が赤栴檀で、番頭さんが難莚草ということです。

番頭さんの働きに私はいつも感謝しているんですよ。

失礼ながら昨夜、お店の帳簿を調べさせていただきました。

だが何の不審もありませんでした。

すべて番頭さんの甲斐性と分かって、改めて見直しました。

これからもよろしくお願いしますよ。

主人に隠れて遊んでいたことが露見して、びくびくしている番頭を上手に諫める情景です

権太楼とさん喬

主人がポツポツと言って聞かせるこのシーンは、何度耳にしても胸に迫りますね。

ここがうまくできないと、この噺は死んでしまいます。

とても難しいところです。

偉そうに話してはいけません。

店の者たちのおかげで、自分が旦那の身でいられることの感謝を示さなくてはならないのです。

丁稚として店にやってきた時の話にも、人情がこもっています。

いくら教えてもなかなか覚えない番頭に、1つ1つ手取り足取りしていった頃の思い出話をします。

そして帳簿を調べたという厳しい現実を示すのです。

けっして甘いだけではない主人の力量です。

旦那は少しも怒らず、「金を使うときは、商いの切っ先が鈍るから、決して先方に使い負けてくれるな」ときっぱり言います。

「自分でもうけて、自分が使う。おまえさんは器量人だ。約束通り来年はおまえさんに店を持ってもらう」と言ってくれたので、番頭は感激して泣き出してしまいます。

なんの落ち度もなく、番頭の裁量でここまで店を大きくしてくれたことへの感謝を示すのです。

「それにしても、昨日『お久しぶりでございます』と言ったが、一つ家にいながらごぶさたてえのもね。なぜあんなことを言ったんだい」

「へえ、堅いと思われていましたのをあんなざまでお目にかかり、もう、これが百年目かと思いました」

実に味のあるオチですね。

ぼくは権太楼とさん喬の「百年目」を聞いたことがあります。

2人とも70歳を超えて、いよいよ芸の実りを豊かにしています。

アーカイブでは円生でしょうか。

大阪の落語と江戸とでは、言葉の味わいが違います。

しかし船場の持つ独特の味わいも捨て難いですね。

人情噺には、人間の心の内面を見事に描ききった作品がいくつもあります。

夫婦の愛情、親子の愛情などさまざまです。

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ぜひ、このチャンスにチャレンジしてみてはいかかでしょうか。

今回も最後までお付き合い、いただきありがとうございました。

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