【声に出して読む・初恋】七五調の文体を身体の中に取りこんで心地良く

島崎藤村

みなさん、こんにちは

元都立高校国語科教師、すい喬です。

今回は島崎藤村の詩、「初恋」を読みます。

声に出して音読してみてください。

独得のリズムが身体の中に入ってきます。

言葉の持つ不思議な力ですね。

初恋が発表されたのは、明治29年(1896)のことでした。

七五調の文語体で書かれています。

その音調の良さは、実際に読んでみなければわかりません。

難しい表現もありますが、フレーズをそのまま暗記してしまうのが一番ふさわしいと思われます。

途中で音がとぎれると、それだけで全体のイメージが崩れてしまいます。

それくらい、微妙なバランスの上につくられた詩だといっていいでしょう。

島崎藤村は詩人でもあり、小説家でもありました。

生家は中山道馬籠宿で江戸時代から本陣、庄屋、問屋をかねていた旧家です。

大学在学中に洗礼を受けるとともに文学への関心を強め、北村透谷らと「文学界」を創刊しました。

代表的な詩集は『若菜集』です。

人間の中に宿る瑞々しい感性を、そのまま歌い上げた浪漫的な詩が多いです。

後に散文に転じ、『破戒』『春』『家』で自然主義の小説家として出発しました。

『破戒』は部落差別の問題を扱った衝撃作でした。

父をモデルとした歴史小説の大作『夜明け前』などもあります。

「初恋」は『若菜集』に収められている詩の1つです。

最も有名な詩集のひとつで言っていいでしょうね。

藤村が25歳の時です。

明治30年、日清戦争が終わってしばらくした頃でした。

初恋

まだあげ初(そ)めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛(はなぐし)の
花ある君と思ひけり

やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
薄紅の秋の実に
人こひ初めしはじめなり

わがこころなきためいきの
その髪の毛にかかるとき
たのしき恋の盃を
君が情に酌(く)みしかな

林檎畑の樹の下に
おのづからなる細道は
誰が踏みそめしかたみぞと
問ひたまふこそこひしけれ

今から130年も前の詩です。

何度も声に出して読んでみてください。

七五調のリズムが心地よく耳に響きますね。

「初恋」という言葉が明治という時代の空気を感じさせます。

誰にでもある感情ですが、それを言葉にしたことが貴重です。

登場するのは主人公の少年と、日本髪を結い始めたばかりの少女です。

女性が前髪をあげて髪型を変えるのは12~13歳の頃の風習でした。

大人になったことを人々にアピールしたのです。

りんご畑という背景も、この詩にはよくあっていますね。

色合いの見事さが目に焼き付いて離れません。

新時代

彼は「ついに新しき詩歌の時は来たりぬ」と書きました。

それを背負っていかなければならないという、自負もあったのでしょう。

現代語に訳してしまうと、古語の持っている時間の感覚が飛んでしまうような気もします

この詩を読んだ当時の若者はどう感じたのでしょうか。

新しい時代が来たという直感が芽生えたに違いありません。

自由恋愛が許されていた時代ではありません。

自分の気持ちを前面に出して、生きる喜びをうたった詩は、新鮮だったことと思います。

まだあげたばかりの あなたの前髪が
林檎の木の下に見えた時
その前髪にさしている花櫛の花のように
あなたのことが本当に美しいと思いました

あなたは、やさしく白い手をのばして
わたしに林檎をくれました
それは、薄紅の秋の実、りんごです
わたしは、初めて人を好きになりました

なにげない私のため息が
その髪の毛にかかったとき
恋のすばらしさを
あなたのおかげで知ることができました

林檎畠の木の下に
自然とできた細道は
誰が踏んでできたのでしょうと
お聞きになるあなたが愛しいのです

文体は文語調ですが、そこに描かれている風景は現代の感覚と、それほど離れてはいません。

恋愛体験の持っている甘い風景が、そこに心地よく広がっています。

一種の幻想的な風景と言ってもいいでしょうね。

少女と大人との境にある微妙な年齢の持つ危うさが、この詩をみごとなものにしています。

リンゴの持つ色の意味が成熟への可能性を感じさせます。

青春の持つ甘い雰囲気も文末の「かな」という切れ字とうまく対応しています。

感動や詠嘆を巧妙に表現するレトリックが、ここではみごとに成功しています。

千曲川旅情の歌

藤村の代表的な詩をもう1つ紹介します。

こちらも声に出して読んでみてください。

現代詩とは全く違う味わいがあります。

千曲川旅情の歌

小諸なる古城のほとり
雲白く遊子悲しむ

緑なす繁縷(はこべ)は萌えず
若草も籍(し)くによしなし
しろがねの衾(ふすま)の岡辺(おかべ)
日に溶けて淡雪流る

あたたかき光はあれど
野に満つる香(かおり)も知らず
浅くのみ春は霞みて
麦の色わずかに青し

旅人の群はいくつか
畠中の道を急ぎぬ
暮行けば浅間も見えず
歌哀し佐久の草笛歌哀し

千曲川いざよう波の
岸近き宿にのぼりつ
濁(にご)り酒濁れる飲みて
草枕しばし慰む

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小諸の城址のほとりに一人愁い悲しむ旅人がいます。

まだ蘩蔞(はこべ)も色づかず若草も敷くこともかなわないままなのです。

白い雪で蔽われた野辺に、淡雪が日にとけて流れています。

日光はあたたかいが野辺に漂う香もなく、春浅く霞がたちこめて、麦もわずかに青くなったままなのです。

旅人の一行は畠中を急いでいます。

日暮れになれば浅間山も見えず、草笛の音が切なく聞こえてくるばかりです。

千曲川の岸に近い宿屋で一人濁り酒を飲みながら、旅愁を慰めているのです。

島崎藤村は、明治32年から明治38年までの6年間を、小諸義塾の英語、国語教師として過ごしました。

その頃の心の風景なのでしょう。

誰もが1度は読んだことのある有名な詩です。

今回は島崎藤村の詩を読みました。

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「初恋」は中学校の教科書に所収されています。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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