NHKの看板番組
みなさん、こんにちは。
元都立高校国語科教師、ブロガーのすい喬です。
コロナ禍でどこにも出かけられません。
本ばかり読んでいます。
近くの図書館にほとんど毎日のように顔を出してます。
きっと館員の人は今日もまた来たと思っているでしょうね。
その日の気分で読む本を決めます。
ほとんど出会いは一瞬です。
直感といったらいいのかもしれません。
自分の気分がどこにあるのかを、本の背表紙が教えてくれます。
一昨日借りてきた読んだのは今井彰の『ゆれるあなたに贈る言葉』(小学館)でした。
少しだけ立ち読みをしたら、会社内での人間関係の難しさが書いてありました。
人事の話です。
![](https://suikyoblog.com/wp-content/uploads/2020/01/undraw_videographer_nnc7-1024x602.png)
どうしても上に引き上げてくれというので、引っ張りあげたら、若手から非難が集まったというのです。
自分が中心でなくては仕事のできない人で、パワハラもひどかったとか。
こういう時、次の部署にどう異動させるか。
禍根を残さず次のセクションに受け入れてもらう方法は何か。
ひどい上司に遭遇したケースもありました。
その時はとにかく黙って逃げたそうです。
敬して遠ざけるという手法です。
面白いと思いました。
今井彰という人の名前だけは以前から知っていました。
NHKのエグゼクティブ・ディレクターといえば、雲の上の人です。
どうせ自慢話だろうと思いました。
しかし予想とは全く違ったのです。
プロジェクトX
伝説の番組です。
テーマ曲、中島みゆきの「地上の星」は今でも耳にしますね。
Youtubeで見ることができます。
映像が隋分荒いのは仕方がありません。
「プロジェクトX」の放送が始まったのはバブル崩壊から10年近くたった2000年です。
今から20年も前のことです。
ドキュメンタリー番組と言ってしまえば、それまでですが、徹底的に事実にこだわりました。
登場するのは無名の人ばかり。
技術開発、建設現場、営業の最前線の描写などが全てでした。
日本を支えてきた人達ばかりです。
自信を失いかけていた人々の心に火をつけたいというのが、今井彰の執念だったのです。
ホンダのCVCCエンジン開発、本州四国連絡橋の全貌、VHS開発の秘話、青函トンネル工事。
![](https://suikyoblog.com/wp-content/uploads/2019/09/分析_1569840604-1024x456.jpg)
どれも知らないことばかりでした。
最後にそのプロジェクトに携わった人たちをスタジオに呼び、インタビューするのも話題になりました。
リハーサルなしのぶっつけ本番の収録でした。
興味があったらYoutubeで探してみてください。
これだけ熱のこもった番組はもう作れないのではないでしょうか。
もうこの頃の熱量が今の放送局にはないような気がします。
NHKといえども組織です。
番組だけが表面に浮かび上がってみえますが、人間の集団です。
地位や名誉にからむ嫉妬やねたみも人一倍激しいのです。
セクションごとの対立もあります。
この番組のナレーションを今井彰は1人で書きました。
「間」を大切にしたのです。
饒舌に語らない。
無駄な表現は使わない。
![](https://suikyoblog.com/wp-content/uploads/2019/09/プログラミング_1569481776-1024x322.jpg)
「である調」「だった」の使用。
「形容詞」「副詞」をできるだけ省略し、言葉と言葉の間を徹底的に切りました。
それがナレーター、田口トモロヲの語り口にのった時、今までにない新しい番組のコンセプトが生まれたのです。
最初にテストで彼の語り口調を聞いた時、ひどく興奮したそうです。
この番組を見ていると「だった」調に不思議と引きずり込まれてしまいます。
ぎりぎりまで言葉を抑制し、なるべく視聴者の想像力に訴えるというのが意図でした。
一見ぶっきらぼうな物言いが続きます。
しかしそこには制作者の計り知れない思いが宿っているのです。
言葉は生きていますね。
小論文へのヒント
この番組の文体は小論文にも使えます。
というより、真似をしていいと思います。
ただし「だった」だけはあまりふさわしいとは思えません。
突然の話ですが、長い間小論文の添削をしていて、文体の問題にはかなり敏感になりました。
小論文は「である調」の1択です。
他にはないのです。
とはいえ、全ての文末を「である」にするワケにはいきません。
そこで切れのいい表現を使う必要があります。
「しかし」「だが」「そして」「また」などという表現は実に便利です。
上手になるコツはこれらの使用をできるだけ避けることです。
![](https://suikyoblog.com/wp-content/uploads/2020/12/undraw_joomla_erne.png)
同時に「大変」「とても」などという表現もやめる。
「きれい」「美しい」「悲しい」などの形容詞もカットしましょう。
意味がありません。
何も伝わらないのです。
小論文は解決方法を考えるための文章です。
感情をあらわす表現は不必要です。
文学論の中には文体論という分野があります。
レトリックという考え方です。
研究していくと大変面白いテーマです。
多くの作家の文体を研究するだけで、かなりの文章が書けます。
野坂昭如と村上春樹は厳然と違い、吉行淳之介とも違うのです。
もっと言えば句読点の位置もそれぞれに違います
次々と小説を
昨日から『ガラスの巨塔』を読んでいます。
NHKの裏側を描いた小説です。
今井彰は1980年、NHKに入局しました。
ドキュメンタリー畑をずっと歩いてきたのです。
しかし日のあたるところにはいませんでした。
その彼が自分から志願して試みたのが『タイス少佐の証言~捕虜体験46日間の記録~』(91年)です。
この作品は文化庁芸術作品賞を受賞しました。
折り紙付きの名ドキュメンタリーです。
![](https://suikyoblog.com/wp-content/uploads/2019/08/自分_1566977151-1024x685.jpg)
イラク軍に撃墜されたアメリカ軍の戦闘機を探して広大な砂漠を探してまわったりもしました。
その時の生々しい話がこの小説の冒頭には描かれています。
しかしそれと同時に放送局の中に蠢く人間の横顔がいやというほど描写されているのです。
人事異動にしか興味がなく、上役にたえずへつらっている男も登場します。
巨大な権益を持つ組織です。
管理職たちの生態もすさまじいものです。
ここまでしなければ這い上がれない組織なのかという悲しささえ感じます。
今井彰は結局、この権謀術数の中にはいられない人だったのでしょう。
事実へのこだわりが強すぎたのです。
黙っていれば相当な地位に昇りつめたと思います。
2009年に退局。
その後、『ガラスの巨塔』(幻冬社)『赤い追跡者』(新潮社)などの話題作を次々と世に送り出しました。
最新作は『光の人』(文藝春秋)です。
彼がパーソナリティーを務めるラジオ番組にゲスト出演した1人の男性の話が発端です。
戦後の混乱の中、国から見捨てられた孤児1000人を救った人でした。
着想から6年の時間を経て、今井彰は『光の人』を書き上げます。
本の世界は森です。
世界は知らないことに満ち溢れています。
明日も明後日も本を読みます。
今回も最後までお付き合いくださりありがとうございました。