【小論文・コロナ後】アイデンティティの喪失感を問う課題がポイント

学び

コミュニティの不在

みなさん、こんにちは。

小論文添削歴20年の元高校国語科教師、すい喬です。

今回は「真の豊かさ」というテーマをさらに進めて、その先にあるアイデンティティの問題を考えようと思います。

確かに日本社会は豊かになりました。

個人主義も発達し、経済を中心にした社会が動いています。

しかしその進み方があまりにも急速だったため、そこから取り残された人達の影も大きいのです。

あるいはうまく泳ぎ切ったと思われていた人々の関係もどこかぎくしゃくとして、ゆとりがありません。

それぞれが個々の部屋に潜り込んで首だけを出している。

いわばタコ壷型の社会構造になっています。

人間相互のコミュニケーションが不十分なため、人間関係が希薄になっています。

その結果として、コミュニティがうまく機能しません。

地域社会が失われつつあるのです。

コンピュータの発達もそれに輪をかけました。

顔を見ることもなく、SNSでバーチャルにつながった人々は真の意味のリアリティを失いつつあります

人間の関係に実感が持てなくなっているのです。

確かにネットは便利です。

その場に行かなくても簡単にコミュニケーションをとることができます。

しかしそれは顔を見合っての本来の意味での相互理解ではありません。

時代はますます複雑化し、階層化しています。

住居地域による格差まで本になる時代です。

他者の存在に対する想像力が著しく欠ける世の中になったと言わざるを得ません。

コロナ禍がさらに進むと…

新型コロナウィルス蔓延による影響は、さまざまなところに及んでいます。

学校にもう3カ月も通っていない子供たちを見ていると、気の毒でなりません。

特に新入生は最初の数カ月で友人をつくり、人間関係を育みます。

クラブ活動の勧誘や、担任の先生たちとの関係もこの期間に形作られるのです。

それが全くできないということは、実に残念なことです。

次善の策として、遠距離授業の実施もなされつあります。

会議用テレビ通信のソフトなどを利用して、双方向的な授業を実践している学校もかなりあるようです。

geralt / Pixabay

もちろん、これが全て無意味ということではありません。

有効に機能しているケースも多いと思われます。

しかし明らかに同じ部屋で授業を受けるのとは全く違ったものと考えた方がいいでしょう。

本来ならそこで生み出される空気感のようなものが、1番大切なものになるはずです。

それを捨て去ってしまうことはやりきれない思いがします。

またここにも格差社会の現実があります。

ネット環境のない生徒にタブレットやルーターを貸しだして授業を行うことに意味はあるでしょう。

しかしそれ以前に全家庭にインフラが整っているのを前提にした私立学校などとは、授業進度に明らかな差があります。

4月の当初から授業をオンラインに切り替えた学校は多くの遅れをとらずにスムーズにカリキュラムをこなしているのです。

geralt / Pixabay

むしろ公立学校において、進度の遅れがかなりみられるのも気がかりです。

特に受験を意識している中学、高校の最終学年においては、自分たちが取り残された世代だと思い込みはしないかという危惧もあります。

学習進度に対する焦りもあるでしょう。

日本社会が豊かになったことで進学率もかなりのものになりました。

しかしここへきて、学校をやめなくてはならないという状況になっている学生も多いのです。

退学も視野に

大学だけでなく、専門学校の生徒などにもコロナの影響は深刻です。

アルバイト代と親からの仕送りでなんとかやりくりをしてきた学生たちも、急に仕事がなくなっています。

以前ならアルバイトの収入とあわせればなんとかなっていた人たちです。

親の収入も減るという現実の前で、自分だけがいい思いをすることはできないと考えても仕方のないところでしょう。

休学をするか、あるいは退学まで考えなくてはならないところまで追い詰められているのです。

報道によれば医学部に通う学生の中にも、これ以上は勉学を続けられないとする学生がかなりいるとのこと。

外国からの留学生などについても事情は同じでしょう。

学生にとってアルバイトの減少はまさに死活問題なのです。

若者は現代の状況を敏感に感じ取っています。

経済中心の世の中で、金銭第一主義になりがちな社会の構造をよく見ています。

学歴をある程度つけなければ、社会の構成要素からはじかれてしまうことの怖さも感じているのです。

それだけになおさら、なんとか学業を続けたいと思うのが普通でしよう。

しかし現実はそれさえも満足に続けられないところまできています。

geralt / Pixabay

奨学金なども目一杯借りてしまうと、卒業してから大変な額を返還しなければなりません。

親に頼れないとなると、就職してからのローン返済も重いものがあります。

自分がなんのために今の社会の中で生きていくのか。

生の意味は何か。

自分の存在価値はどこにあるのか。

つまりアイデンティティの確認という作業をせざるを得ません。

geralt / Pixabay

若者たちはまだ社会の中で自分の場所を確実にしていないために、このテーマに敏感なのです。

最悪の場合、自分の価値観の殻に閉じこもって外に出ようとしないということもあり得ます。

引きこもりなどと呼ばれるケースです。

社会人も他人事ではない

新型コロナウィルスの蔓延に伴って、在宅勤務という働き方が話題になりました。

しかしテレワークが可能になるのは大手のごく限られた職種に限られます。

対面型のサービス業などでは全く不可能です。

突然の解雇や派遣切りも話題になりました。

あるいは自宅待機という限られた給料での雇われ方も増えています。

商店や飲食店は、ほぼ収入の道を断たれました。

それでも店舗の賃貸料などがなくなることはありません。

減額に応じてもらえばいくらか助かるでしょうが、出ていく金額に比べればわずかなものです

経営者は雇用を守るために、さまざまな援助制度を利用しようとしました。

フリーランスの人々も自分の仕事の意味を考えなおしたと思います。

これを機に廃業することまで考える経営者が多いという話を経理関係の人から聞きました。

持続するための給付金をもらって廃業を考えている人が多いというのです。

そこまで追い詰められる中で、自分の生きる意味を見つめないワケがありません。

誰かに助けてもらうということが簡単にできない世の中です。

自己責任という表現は便利ですが、その分過度な重みもあります。

芸術関係の仕事についている人たちも自分はなんのためにここまできたのかという真剣な問いを自らに発したことでしょう。

自殺者も今後増えるという予想があります。

アイデンティティについては世代間の差がありません。

若者も、中高年も男性も女性も、自分がどのような形でこの世界に足跡を残せるのかということを真剣に考えています。

と同時にこれからの人生の意味を真剣にみつめたに違いありません。

給付金がらみの犯罪の発生も報告されています。

誰もが明日のことを憂いながら、しかし今が良ければいいという刹那的な生き方に傾きつつあるのも事実です。

年金の原資も株価の低落で急速に減りました。

学校も会社も6月からの始動を決めているようですが、再び自宅待機の時がやってこないという確たる保証はありません。

いずれにせよ、2020年度の入試でアイデンティティのテーマがあらためて問い直されるのは間違いありません。

スポンサーリンク

心して勉強しておいてください。

過去の小論文の課題文を調べてみるのも1つの方法です。

じっくりと取り組みましょう。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

タイトルとURLをコピーしました