笑点50年!笑いのツボは大人の仲間いじりと言葉あそび

落語

笑点は氷点から始まった

みなさん、こんにちは。

アマチュア落語家のすい喬です

落語番組といったら「笑点」ですよね。

あの座布団を積んでいくへんな番組でしょ。

これが落語のことをなんにも知らないごく一般の人の感想です。

「笑点」とは毎週日曜日の夕方に、日本テレビ系で放送されているお化け番組なのです。

相撲中継がある時は視聴率が15%を切ることもありますが、それ以外の時はほぼベスト20に食い込みます。

テレビ photo

それがなんと50年も続いているんです。

この熾烈なテレビの視聴率戦争の中で…。

他にも寄席番組はあります。

それなのにトップを維持し続ける実力。

この半世紀の実績は、実にすばらしいの一言に尽きます。

よく地方で落語会を開こうとすると、座布団は何枚いりますかと訊ねられるそうです。
それくらいの威力を持ってます。

始まったのは1966年5月

初回からの司会者はあの立川談志でした。

元々は当時流行していた三浦綾子の小説『氷点』をもじって『笑点』と名付けられました

その後3年間、談志が司会を続けたものの、出演者と内容や構成について揉め事が続き、全員辞めてしまうという場面もありました。

初代メンバー

柳亭小痴楽(春風亭梅橋)
三遊亭金遊(三遊亭小圓遊)
五代目三遊亭圓楽
桂歌丸
林家こん平

現在は林家こん平だけが病気療養中です。

残りの4人は鬼籍に入られました。

時の流れを感じさせますね。

その後司会者も次々とかわります。

前田武彦
三波伸介
五代目三遊亭圓楽
桂歌丸

いずれも故人となりました。

つい先日から春風亭昇太が司会者の席に座っています。

いじりと言葉遊び

笑点がなぜここまで生き残れたのか。その前に現在のメンバーを確認しておきます。

■春風亭昇太 (落語芸術協会)
■三遊亭小遊三 (落語芸術協会)
■三遊亭好楽 (円楽一門会)
■林家木久扇 (落語協会)
■林家三平 (落語協会)
■三遊亭圓楽 (円楽一門会)
■林家たい平 (落語協会)

50年の間に何人の落語家が登場したことか。

亡くなった方も大勢います。

これが番組の歴史の長さを象徴していますね。

さてこの番組の味は何でしょうか。

言い換えれば笑いをとるための構造です。

それはズバリ言葉いじりです

言葉 photo

わかりやすく言えば「言葉の定義」をずらすこと

司会者がお題を出して、メンバーが面白おかしく答える。

これに尽きます。

言葉に対するセンスは噺家ならではのもの。

かなり落語そのものからのも見られますが、なかには実にセンスのいいのもあります。

意識の空白部分に思わず飛び込んできた言葉に、つい笑いを誘ってしまうのです

もう一つは弱者へのイジリです。

これはいじめとの境界線を判断するのが非常に難しい厄介な技です。

噺家同士の息があっていないと、実に後味の悪いものになります。

それだけにキャラクターをきちんと作っておく。

その部分だけをいじる。

この繰り返しなら、当人も納得しているということもあり、安心感が得られます。

一例をあげるなら、ブラックな要素を前面に出している円楽を、周囲の人間がさらにはやしたてる。

ラーメンがあまり売れないという木久扇に対して、まずいからあたりまえだと非難する

髪の薄かった歌丸に対して、それをわざとネタにしてあげつらう

ここにはかなりの精神的な許容範囲があり、その枠内でしか相手をいじっていません。
お互いの信頼関係の上に成り立っているという暗黙の了解があってこそのイジリです。
その限度を超えてはいません。

突っ込みと呼ばれる技も、相手との信頼関係の上でしか成り立ちません

大変に高度で難しいものです。

笑いの要素とは

「ネタ振り」「突っ込み」「ボケ」「オチ」「フォロー」「リアクション」

なぜ彼らにそれができるのか。

基本はそれぞれの落語家の関係が出来あがっていることです。

「香盤」と呼ばれる噺家の世界の順列表があります。

入門が一日でも早ければ、それは先輩となり「兄さん」と呼ばなければなりません。

それともう一つ。

協会の壁

これは外にあまり見えません。

誰がどの協会に所属しているのかなんて、視聴者には関係がないからです。

しかし噺家相互には、大きな意味を持ちます。

先ほどの出演者の一覧表をもう一度覗いてみてください。

所属している協会の名前が書いてあります。

現在、東京の落語家団体は大きく分けると4つです。

それぞれの一門はその性格を異にしています。

落語協会 会長 柳亭市馬
古典落語が中心。本格派の噺家の集合体。
会員数も最大。
落語芸術協会 会長 春風亭昇太
新作の芸協と呼ばれた時期もあった。
近年は二つ目グループ「成金」の活躍、立川流の一部、円楽一門会との融和が目立つ。
圓楽一門会 会長 三遊亭鳳楽
五代目圓楽が亡くなった六代目三遊亭圓生の後を継いだ。
落語協会分裂という未曾有の嵐の後にできた一門だけの会。
立川流
立川談志が落語協会を脱退した後、つくった落語の集団。
現在、代表を置かず、それぞれに独自の活動をしている。

いわゆる寄席(定席)に出られるのは、落語協会、落語芸術協会に属している噺家のみ。

ただし上野鈴本演芸場は落語協会だけです。

これも客足の出の悪い落語芸術協会との間で一悶着があり、結局席亭との関係が断絶したまま今日を迎えています。

つまり圓楽一門会、立川流に在籍している落語家は、寄席には出演できないのです

毎週テレビで見ている彼らの内側には、こうした複雑な要素が微妙にからみあっています。

誰かが抜けたから、すぐそこに人気のある別の噺家を入れるというような構図ではないのです。

ホール落語などで一緒に仕事をするということもないわけではありません。

しかし弟子と師匠との垣根を越えて、他の一門との間で落語会をするということは、そう容易ではないのです。

それだけに、互いの人間関係をどうつくりあげていくのかというのが、最大のテーマでもあるわけです。

台本はあるのか

構成作家のいない番組はありません。

あの街中をぶらぶら散歩する番組にしたところで、なんとなく店に入っているわけではないのです。

Uboiz / Pixabay

事前にこことここは必ずというように内容を吟味しています。

そうでなければ、タレントを拘束し、スタッフを数人も配置できません。

テレビで流せるクォリティのものにしなければ、結局仕事がこなくなります。

ほとんどは外注のプロダクションが関わっているわけです。

それと同じことが笑点にもいえます。

かつて立川談志や柳家権太楼などは台本の存在を語っていました。

現在もあると思います。

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ただしそれをそのまま語ってもギャグにはなりません。

噺家たちの味付けで、独自のスパイスをきかせるところは、やはりプロでなくてはできないでしょう。

それもこれもマンネリといわれ、それでも50年続いてきた理由です。

台本が道ばたに偶然おちていたからといって、それを見て同じように笑えるわけではありません。

それがまさにプロの技なのです。

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なにもかもを含めて、一つの笑いに持って行く。

その筋道を大いに堪能するというのが、まさに笑点の存在理由なのかもしれません

最後までお読みくださり、どうもありがとうございました。

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