小学・列伝巻
みなさん、こんにちは。
元都立高校国語科教師、すい喬です。
今回は久しぶりに漢文を勉強します。
『小学』というタイトルの本です。
この本は儒学の基礎を学習するための、初心者向けの入門書です。
経典や歴史書から手本となるような賢者、哲人の言行を取り上げています。
古来、宋の朱熹の編纂になるものと言われていました。
しかし、近年では彼が友人の劉清之に依頼して成立した、というのが通説になっています。
子や孫たちのために財産を残すことをどう考えるのかというのが、この話の趣旨です。
この章に登場する疏広はお金を使わないで、自分たちのために残してくれないかという子供や孫の希望を一蹴してしまいます。
彼は慰労のため天子や皇太子にもらった大金をみな、使ってしまったのです。
なぜ、子供たちに財産をとっておかなかったのか。
その理由をじっくりと探っていきます。
ある意味では、真の幸せを願う親心が表現された章段だといえるかもしれません。
この話は西郷隆盛が大久保利通に寄せた詩の一節にもなっています。
御存知でしょうか。
「偶成」という題の詩がそれです。
その中に彼は「児孫のために美田を買はず」と文言を刻み込みました。
疏広の精神を厚く信奉していたことがわかります。
その表現は次のようなものです。
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幾たびか辛酸を歴(へ)て志始めて堅し、丈夫(じょうふ)玉砕甎全(せんぜん)を恥ず。
一家の遺事(いじ)人知るや否や、児孫の為に美田を買はず。
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意味は以下の通りです。
幾たびか困難や苦しみを経て意志も次第に強くなり、不撓不屈の精神は養われます。
男児たるものは、たとえ砕けても、身の安全をはかってはなりません。
わが家の遺訓を知っているでしょうか。
児孫のために立派な田地を買い残すことはするなということです。
よい田地を買い、むやみに財産を残すとどうなるのか。
子孫が仕事もせずに、安楽な生活を送るようになるのを恐れ戒めた家訓です。
本文
疏広(そこう)、太子太傅(たいふ)たり。
上疏(じょうそ)して骸骨を乞う。
黄金二十斤を加賜(かし)し、太子五十斤を贈る。
郷里に帰り、日に家をして供具し、酒食を設けしめ、族人、故旧、賓客を請うて相与に娯楽す。
数々(しばしば)その家に金の余り尚幾斤有りやを問い、趣(うなが)し売って以て供具す。
居ること歳余、広(こう)の子孫、竊(ひそ)かにその昆弟老人の広が信愛する所の者に謂(い)いて曰く、子孫、君の時に及んで頗る産業の基址(きし)を立てんことを冀(こひねが)う。
今曰飲食の費且(まさ)に尽きんとす。
宜(よろ)しく丈人、君に勧説(かんぜい)する所に従って田宅を置くべしと。
老人即ち間暇の時を以て広が為に此の計を言う。
広曰く、吾、豈に老悖(ろうはい)して子孫を念(おも)はざらんや。
顧(おも)うに、自(おのずか)ら旧田廬(でんろ)有り。
子孫をして其の中に勤力せしむれば、以て衣食を供するに足ること凡人と斉(ひと)し。
今復た之を増益して以て贏余(えいよ)を為さば、但だ子孫に怠惰を教うるのみ。
賢にして財多ければ則ちその志を損ず。
愚にして財多ければ則ちその過を益(ま)す。
且つ夫(そ)れ富は衆の怨なり。
吾れ既に以て子孫を教化する無きも、その過を益して怨を生ぜしむるを欲せず。
又此の金は聖主が老臣を恵養する所以なり。
故に楽しんで郷党・宗族と共にその賜(し)を享(う)け、以て吾が余曰を尽くす、また可ならずやと。
現代語訳
漢の宣帝の時代、疏広は太子(後の元帝)の太傅(たいふ・教育担当)となったが、それから数年後に辞職を願い出て許され、天子から黄金二十斤、皇太子からは五十斤を贈られました。
やがて広は郷里に帰り、毎日のように親戚・故旧や賓客を招いて大盤振る舞いをし、共に楽しんだのです。
そして家人に何度も「黄金はあとどのくらい残っているか」と尋ねては、片端から売りさばいて宴会の費用に当てました。
こうして一年あまり経った頃、広の身内の者は、ひそかに広が親愛する一族の長老に相談しました。
「私どもは父の代に財産をつくっておきたいのです。ところが、ご覧のように毎日宴会つづきで、下賜された黄金も底をつきそうです。
どうか御老体から父に、今のうちに田地や家屋敷を買い入れておくように勧めていただきたい」と。
老人は閑をみて広にこの計画を話しました。
すると広曰く「私はなにも耄碌して子孫のことを考えないわけではないのです。考えてみると、わが家には伝来の田畑や家があり、子孫が働きさえすれば、世間並みの生活をするには事欠かぬはずです。
今、これ以上の財産を作ることは、子孫に怠惰を教えるようなものです。
賢明でも財が多ければ志をそこなうし、愚かで財が多ければ過ちを増すだけです。
そもそも富は人々の怨みのもとです。
私はもはや子孫を教化しようとは思いませんが、過ちを増し、人の怨みを買うようなことはしたくありません。
それに、この黄金は、聖天子が我が老後のために恵んで下さったものです。
せいぜい郷党や親戚と共に有難く頂戴して、余生を楽しむのもまたよいのではないでしょうか。」
児孫のために
愚かな人がたくさんの金銭を持つと、必ず失敗するという話は昔からあります。。
それは賢者も同じことです。
どうしても志を損じ、理想の精神を失いがちなものです。
この話は現代でもそのまま通用しますね。
親から遺産を相続して、それをうまく使い、さらに家産を増やすという人はあまり多くありません。
なぜでしょうか。
1つには人からよく思われないということもあります。
恨みを買いやすいということは言えますね。
元々、この黄金は天子が老臣を慈しみ、感謝の気持ちとともに贈ったものです。
それを享受しなくて、どうすればいいのかということでしょう。
子孫のために残したら、かえって禍いになるのが目に見えています。
子供達の間で財産分与の争いが生まれないとも限りません。
現実によく聞く話ですね。
親の葬儀のあと、財産の分割でもめ、兄弟が絶縁状態になるという話です。
少しも珍しいことではありません。
人生を深く考えた結果、何も残さないという結論にいたったというのも、もっともな決断かもしれません。
西郷隆盛も、一度は地位を得ながら、それを全て捨てて、故郷の薩摩に戻ったのです。
権力に執拗なほどしがみつかないという態度が、この話の登場人物、疏広に似ているのかもしれません。
多くの人々に親しまれてきた理由が、そこにあると考えられます。
これからの時代はますます複雑になり、どのように過ごせば真の幸福が訪れるのかもわかりません。
そういう意味で、もういちど、この話の真意を味わってみてください。
もらったお金を全部使い果たしてしまえと、彼はただ言っているワケではないのです。
今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。