花ざかりの森
「白鳥」は三島由紀夫が処女小説集『花ざかりの森』に収録した作品です。
出版されたのは彼が16歳の時。
校外の全国同人誌に掲載され、公に出版された初めての小説です。
この作家はどこまで早熟だったのでしょうか。
授業で『白鳥』を扱ったのは1度だけです。
彼の小説はなかなか学校でも取り上げられることがありません。
内容があまりに唯美的でありすぎるのがその一因なのでしょうか。
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読み終わった後、生徒たちはただ茫然としていましたね。
こういう世界があるのかという気分です。
驚きとでもいったらいいのでしょうか。
あまりにも自分の置かれた場所からは遠いということかもしれません。
乗馬を日常的に楽しんでいる人というのはどれくらいいるのか。
詳しいことはよく知りません。
どことなくスノッブな会話にもついていけなかったような気がします。
現在は新潮文庫『女神』に収録されています。
短い作品なので、文章の味わいを感じて欲しいです。
あらすじ
雪の降った日の朝。
乗馬クラブがその舞台です。
そこに純白の馬がいました。
名前は白鳥です。
主人公、邦子は白鳥に乗りたいと思ってクラブへ出かけます。
しかしそこにはすでに先約がいました。
高原という物静かな青年です。
邦子は嫌がらせでもされたように感じて他の馬には乗らず帰ろうとします。
しかしその様子に高原は気がつき、邦子に白鳥を譲りました。
その瞬間、高原のことが邦子には急に近しく感じられます。
このあたりの感情の動きは微細に描かれています。
さっそく白鳥に乗ってみたものの、邦子は高原を意識してしまって気持ちがふさがったままです。
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彼女は、途中で止めて白鳥を高原に返そうとします。
しかし高原も邦子を意識して緊張しているのがわかりました。
結局、彼女は栗毛の馬に乗り換えます。
乗馬が終わって休憩室に戻ってきてから、邦子は女友達と話をします。
その時、彼女は白鳥を高原と堪能したと答えるのです。
女友達は2人乗りをしていたのかと思わず怪訝な顔をします。
邦子と高原は、いつしか白馬が2頭いたような気がしていました。
実際に乗った栗毛の馬の存在を忘れていたのです。
恋人同士というものはいつでも栗毛の馬の存在を忘れてしまうものなのであるという言葉が最後のキーワードになってこの作品は終わります。
これだけの話です。
大変に短い小説なのです。
しかし断片を繋ぎ合わせたような不思議な味わいがあります。
表現は乾いています。
それにも関わらず、細かな感情の揺らぎがあるのです。
何が表現されているのかわかりますか。
不思議な味わいの小説です。
雪の日のある偶然の出会いだけがが書かれている作品です。
栗毛の馬の存在
2人並んで乗馬ができたのは栗毛の馬がいたおかげだったのです。
しかしそのことを2人とも忘れてしまいます。
若い女性の揺れ動く心理を読み取るのがこの作品の真骨頂でしょうか。
邦子には元々どこかお転婆なところがあります。
少し気が強いともいえます。
自分の思うように今まで生きてきました。
それだけの環境に育っています。
ある程度の資産があり、自由にのびのびと育てられたにちがいありません。
言葉の端々にそうした感情がみてとれます。
雪の日に白一色の乗馬服を着て白馬に乗ると勝手に決めて乗馬クラブに現れるのです。
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三島由紀夫の好きな貴族趣味が透けてみえます。
高原はその姿をみて、白鳥がお目当てなのだとすぐに理解するのです。
しかし彼女はそれを素直に認めようとはしません。
しかし結局は譲られた白馬に乗ります。
ところが気持ちよくは乗れませんでした。
馬を譲ってくれた青年が脳裡に渦巻いて、乗馬に集中できないのです。
実に巧みな表現が彼女の心情を浮き彫りにします。
ここで最初のキーワードが登場するのです。
若い女というものは誰かに見られていると知ってから窮屈になるのではない。
ふいに体が固くなるので、誰かに見詰められていることがわかるのだ。
見詰められる目とはすなわち高原の存在です。
その目は雪のなかで燃えている一点の火のようだったと三島は書き留めています。
彼の提案で馬を交代するとき「何か大事なものを彼にあずけてしまったような甘い虚しさを感じた」と邦子は思うのです。
女性の心理描写の巧みさですね。
甘い気分
高原の好意を受け入れたことで、邦子は甘い気分に浸ります。
女性の目を通した心理描写を通して、愛情の流れが簡潔に描かれています。
若い男女が見初めあって心を通わせる瞬間をスローモーションのように切り取ったという印象が残ります。
「白鳥」という白い馬はなんの象徴なのでしょうか。
この問いは授業中にも何度かしました。
答えるのは結構難しいです。
ただしヒントがあります。
本文には「その白い背からは大きな白い翼がみるみる生え」てきたとあります。
天を駆けるペガサスの象徴でしょうか。
どこか昔の少女雑誌を想わせる装置ですね。
作家の好きだった世界です。
三島由紀夫の小説には多く雪が登場します。
『仮面の告白』『春の雪』などがその代表です。
三島由紀夫の小説や芝居にはなんともいえない世界の美しさがあります。
時に技巧的でありすぎ、それが鼻につくこともあります。
しかし確かに美しい。
美の世界にしか生きられなかった作家だといえます。
代表作は小説に『仮面の告白』『潮騒』『金閣寺』『鏡子の家』『憂国』『豊饒の海』などがあります。
いくつかの作品については記事にも書きました。
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リンクを貼っておきます。
戯曲『近代能楽集』『鹿鳴館』『サド侯爵夫人』なども文庫本で読むことができます。
どれも読み始めるとすぐに三島だと感じる作風のものばかりです。
もしよかったら手にとってみてください。
彼独自の美意識を感じることができるはずです。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
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