滝口の武士の出家
みなさん、こんにちは。
元都立高校国語科教師、すい喬です。
今回は滝口入道の話を取り上げます。
『平家物語』は日本における代表的な軍記物語です。
誰が書いたものか、いまだにはっきりとしていません。
多くの琵琶法師に語られ続けてきました。
なぜそれほど多くの人に愛されたのか。
理由はいくつもあるでしょう。
しかしその中で誰もが納得できる考えがあります。
それが「諸行無常」の思想です。
どんなに権力を得たとしても、滅亡に到る道のりは確実に訪れるという言葉に人びとは人の世のはかなさを感じたのでしょう。
「諸行無常」という表現は、この作品を貫いている哲学そのものです。
背後にある人間観は深い洞察の末に培われたものです。
さらにいえば、滅びていくものは美しいという日本的な美学だと言えるかもしれません。
書き出しの有名な文章は名文そのものです。
冒頭は「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす」 です。
さまざまなエピソードが散りばめられていますので、自分の気にいった文章に出会うことも可能です。
「滝口の武士の出家」の段は大変有名ですね。
「横笛」の段に描かれた滝口の武士、斎藤時頼(さいとうときより)の出家は、建礼門院に仕えていた女房である横笛との悲恋がきっかけとできあがった物語です。
平重盛に仕えていた斎藤時頼は、宮中で働く横笛を愛していました。
滝口の武士とは、平安時代に天皇の住む内裏(清涼殿)を警護した武士のことです。
ところが父の反対にあってしまいます。
時頼の父は「将来のある身なのだから、釣り合う家柄の妻を娶るべきだ」と二人の仲を強く反対し、結婚を許しませんでした。
それが原因となり時頼は出家をしてしまいます。
その一部を読んでみましょう。
原文
横笛といふをんなあり。
滝口是を最愛す。
父是をつたへ聞いて、「世にあらん者の婿になして、出仕なんどをも心やすうせさせんとすれば、世になき者を思ひそめて」と、あながちにいさめければ、滝口申しけるは、「西王母ときこえし人、昔あって今はなし。
東方朔といっし者も、名をのみ聞きて目には見ず。
老少不定の世の中は、石火の光にことならず。
たとひ人長命といへども、七十八十をば過ぎず。
そのうちに身のさかむなる事は、わづかに廿余年なり。
夢まぼろしの世の中に、みにくき者をかた時も見て何かせん。
思はしき者を見むとすれば、父の命をそむくに似たり。
是善知識なり。
しかじ、うき世を厭ひ、まことの道に入りなん」とて、十九のとしもとどりきって、嵯峨の往生院におこなひすましてぞゐたりける。
横笛、これをつたへきいて、「われをこそすてめ、様をさへかへけむ事のうらめしさよ。たとひ世をばそむくとも、などかかくと知らせざらむ。
人こそ心強くとも、たずねて恨みむ」と思ひつつ、ある暮がたに都を出でて、嵯峨の方へあくがれゆく。
現代語訳
横笛という女性がおりました。
滝口(斎藤時頼)は、横笛をこの上なく深く愛していたのです。
ところが、父親はこのことを伝え聞いて、次のように強く諫めました。
「世間で立派な身分を得ている者を婿に迎え、宮仕えなども安心してできるようにしてやろうと思っているのに、世間に認められていない者をおまえは好きになってしまった」。
滝口は言いました。
「西王母と呼ばれた人も、昔はおりました。しかし今はもういません。東方朔という人も、名前だけを聞いているばかりで、実際にこの目で見たことはありません。
人間の寿命がいつ尽きるか分からないこの世は、火打ち石を打ったときに一瞬だけ散る火花の光と少しも変わらないのです。
たとえ人が長生きしたとしても、七十歳、八十歳を超えることはなかなかありません。
一生のうち、若く盛んで、思うように生きられる時期は、わずか二十年余りです。
夢や幻のようにはかないこの世で、気に入らない相手とほんの少しの間暮らして、いったい何になるのでしょうか。
自分の心にかなう人と生きようとしたら、父上のお言葉に背くことになります。
しかし、これは私にとって、仏の教えが導いてくれる善知識なのです。
もしかなわないのならば、恋の苦しみに満ちたこの世を離れ、真実の仏道に入ってしまう方がましです」
そう言って、滝口は十九歳の年に髪を剃り、出家してしまいました。
そして嵯峨の往生院で修行に専念し、ひっそりと暮らしていたのです。
横笛は、このことを伝え聞いて、こう思いました。
「私を捨てたというだけならまだしも、出家して姿まで変えてしまったことが恨めしいです。
たとえこの世を捨てて仏道に入るにしても、どうして私にそのことを知らせてくれなかったのでしょうか。
あの人がどれほど心を固く決めているとしても、こちらから訪ねて行って、恨み言の一つも言ってやりたい」
そう思い続けていた横笛は、ある夕暮れどきに都を出て、嵯峨の方へと、恋しい人を求めてさまよい出ていきました。
(後日談)
滝口入道の読経の声がしました。
せめて出家したお姿を一度拝見したいという横笛の願いをも、つれなく断った滝口はその後、高野山に移ってしまいます。
やがて、横笛も尼になりましたが、思いがつのったせいか、いくばくもなく亡くなってしまったのです。
滝口はそれ以後、いよいよ修行に専心しました。
父も最後にはとうとう勘当を許し、人々も入道を尊敬して高野聖と呼んだということです。
「注」
西王母 中国の伝説に登場する仙女。不老不死の象徴といわれる。
東方朔 中国の伝説的な人物。長寿の人物として語られることがある。
善知識 仏道へ導いてくれる人や、悟りのきっかけとなる存在。
諸行無常
「諸行無常」というのは本当にすごい表現ですね。
現世のすべてを言い表した言葉です。
『平家物語』を貫く代表的な思想はこの世のすべては移り変わり、永遠に続くものはなにもないという真理です。
滝口は、父親から将来の出世や安定した生活を期待されていたにもかかわらず、人生の短さを理由に出家を決意しました。
その象徴的な表現がこれです。
「老少不定の世の中は、石火の光にことならず」
この言葉は、人生がいつ終わるか分からず、どれほど社会的な成功を得ても、それが永遠に続くわけではないという認識を示しています。
『平家物語』は権力、富、名誉も無常の運命からは逃れられないと告げています。
滝口の言葉は、そうした作品全体の思想を、個人の人生の選択を通して明らかにしているのです。
この段に出てくる「恋愛」と「出家」という2つの生き方を対比すると、滝口と横笛の考え方の違いがよくわかりますね。
父の反対によって恋を貫くことが難しくなると、この世のはかなさを見つめ、出家を決断してしまいました。
恋愛の苦しみを、仏道へ進むためのきっかけとして捉え直したのです。
一方、横笛にとって滝口の出家は、愛する人に一方的に別れを告げられたことを意味します。
彼女は、自分に知らせてくれずに出家したことを恨みます。
直接会って思いを伝えなければ、どうしても納得できなかったのでしょう。
恋愛は、彼女にとって現実そのものだったのです。
この対比から、同じ恋愛でも、滝口には仏道への入口として、横笛には愛する人との別離として示されていることがよくわかります。
2人の姿を通して、世間の価値観と個人の感情との衝突も描かれています。
善知識
彼は横笛を思う気持ちと、父の命令に従わなければならない立場との板挟みになります。
その苦しみを通じて、この世への執着を離れ、仏道に進もうと考えます。
そこで登場するのが「善知識」という言葉です。
本来、善知識とは仏道へ導く人を意味します。
しかしこの段では、恋愛の苦しみや別離そのものが、出家へと導く契機です。
つまり、世俗的な幸福が失われたことを、精神的な救いへ向かう機会として捉え直しているのです。
その論理だけを見れば、彼は迷いを断ち切った人物のように見えます。
『平家物語』は、出家を単純に称賛するだけでなく、その決断によって生まれる人間的な悲しみも描いています。
あなたは両者の決断をどう考えますか。
今回も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
