「宇治拾遺物語・六と録の間違い」呼び名が同じだったところからとんだ結末に

早飲み込みは怖い

みなさん、こんにちは。

元都立高校国語科教師、すい喬です。

今回は『宇治拾遺物語』を取り上げます。

説話文学の代表です。

鎌倉時代初期に成立しました。

作者が誰かはわかっていません。

『今昔物語』と並んで、日本に昔からある説話を全197話前後集めたものです。

「わらしべ長者」「雀の恩返し」「こぶとりじいさん」などなじみ深い話は誰もが知っていますね。

宗教的な内容のものもありますが、多くはユーモラスなテーマのものが多いです。

のちに笑い話に発展したもののオリジナルという扱いでしょうか。

教訓などの要素が少ないので堅苦しくなく、多くの人に読まれました。

高校では入学すると最初に説話をいくつか学びます。

内容もそれほど複雑ではなく、誰もが飽きずに読めるからです。

芥川龍之介は説話を好んでとりあげ、彼自身の世界観をそこに現出させました。

「芋粥」や「絵仏師良秀」は彼の短編小説の題材としてよく知られています。

特に「絵仏師良秀」は内容がショッキングなものだけに、記憶に残っているのではないでしょうか。

彼はここから『地獄変』などに昇華させています。

今回は「六」と「録」という同じ音がもたらした笑い話です。

しかし深く読んでいくと、そこにある身分制度の重みがよくみえてきます。

殿上人と呼ばれる人たちがどのようにうまれ、それ以外の人たちと、どのような差があったのか。

これがよくわからないと、この話の裏側に潜む核心に迫れないのです。

本文

これも今は昔、白河院の御時、北面の曹司に、うるせき女ありけり。

名をば六とぞいひける。

殿上人ども、もてなし興じけるに、雨うちそぼ降りて、つれづれなりける日、ある人、「六呼びて、つれづれなぐさめん」とて、使をやりて、「六呼びて来」と言ひけるに、

ほどもなく、「六召して参りて候ふ」と言ひければ、「あなたより、内の出居(いでい)の方へ具して来」と言ひければ、侍出で来て、「こなたへ参り給へ」と言へば、

「便(びん)なく候ふ」など言へば、侍帰り来て、「召し候へば、『便なく候ふ』と申して、恐れ申し候ふなり」と言へば、「つきみて言ふにこそ」と思ひて、

「などかくは言ふぞ。『ただ来』と言へ」と言へども、「僻事(ひがごと)にてこそ候ふらめ。先々も内・御出居などへ参ることも候はぬに」と言ひければ、

この多くゐたる人々、「ただ参り給へ。やうぞあるらん」と責めければ、「ずちなき恐れに候へども、召しにて候へば」とて参る。

この主、見やりたれば、刑部録(ぎやうぶのろく)といふ庁官、鬢(びん)・髭(ひげ)に白髪まじりたるが、木賊(とくさ)の狩衣に、襖袴(あをばかま)着たるが、いとことうるはしく、さやさやと鳴りて、扇を笏に取りて、少し うつぶして、うずくまりゐたり。

おほかた、いかに言ふべしとも思えず、ものも言はれねば、この庁官、いよいよ恐れかしこまりて、うつぶしたり。

あるじ、さてあるべきならねば、「やや、庁には又何ものか候ふ」と言へば、「それがし、かれがし」と言ふ。

いとげにげにしくもおぼえずして、庁官、うしろざまへすべりゆく。

このあるじ、「かう宮仕へするこそ、神妙なれ。見参には必ずいれんずるぞ。とう罷りね」とこそやりけれ。

この六、のちに聞きて笑ひけるとか。

注 北面の曹司 院の御所を警護する武士の詰め所
  内の出居 院の御所の客殿  
  刑部の録(さかん)

刑部省(律令制下で司法、刑罰を担当した八省の中の一つ)。
大録、少録があり、正七位上、従八位上相当。
定員は大録1人、少録2人。
殿上人(五位以上)と同席する機会はほとんどない。
録(さかん)が通常の呼称だが、「ろく」とも呼ばれていた。
  

現代語訳

これも今は昔、白河院の時代に、北面の曹司に、評判の賢い女がおりました。

名前を、ろくといいます。

殿上人たちが、宴を催して楽しもうとしましたが、雨が降り、あまりに退屈だったので、ある人が、「ろくを呼んで、気をまぎらわせよう」と思いつきました。

使いの者に、「ろくを呼んで来い」と命じたのです。

ほどなくして、「ろくを連れてきました」という声が聞こえたので、「あちらから、屋敷の客間へ通せ」と、侍に告げました。

侍が「客間へ上がりなさい」と伝えると、「分不相応にござります」と「ろく」が答えます。

仕方がないので殿上人のところまで戻り、「お呼びしましたが、不相応だと申しまして、まことに恐れ多い次第だというばかりです」と告げたのです。

殿上人たちは、おかしなことがあるものだと言いあい、相手が参上するのを拒んでいるのだろうと推察しました。

「なぜそのように申すのであろうか。ただ連れて参ればよいのだ」と再び侍に取り次がせたのです。

すると、「ろく」の方は「冗談がすぎます。わたくしは今まで客殿などへ参上したことなどはございませんので」と答えたとか。

殿上人たちは、「とにかく連れて参れ。つべこべ申すことはない」と伝えました。

すると「ろく」は、「恐れ多き次第なれど、お召しなれば」と、客殿へやってきたのです。

さて、館の主人である殿上人が客殿まで出て見ると、控えていたのは、刑部の録という、髪やら髭に白いものがまじった老役人でした。

殿上人を前に、木賊色(とくさいろ)の狩衣に青袴姿で、さやさやと衣擦れの音が鳴るほどにかしこまり、扇を笏のようにして、こちらが何かを言うのをうつむき加減で待っています。

そこにいたのが六という女ではなく、録という名の役人だったので、主はものも言えずあきれてしまいました。

黙っていると、刑部録の老人は、いよいよかしこまって、俯せになるばかりです。

主も黙っているわけにもいかず、「ああ、今、役所には誰が残っているのか」と尋ねると、「だれそれと、かれそれ」と録が答えました。

それにしても老人は全く呼ばれた理由がわからないので、いよいよ恐れ入っているのです。

殿上人は仕方なく、「そのように宮仕えしていることは、実に神妙である。いつもきちんと働いていれば必ず、名前を記して必ず院にお目にかけようぞ。よろしい、下がりなさい」と言って、帰らせたのでした。

このことを後に、曹司の六、本人が聞いて、大いに笑ったという話です。

身分の差と勘違い

さらっと読んでしまうと、なんということもない話のようにも見えますね。

しかしこの話の根本には身分制の社会が持つ厳然たる差が潜んでいます。

それが殿上人(てんじょうびと)と呼ばれる人たちの存在です。

具体的には9世紀以降の日本の朝廷において、天皇の日常生活の場である清涼殿の殿上間に昇ること(昇殿)を許された者のことをさします。

三位以上は原則全員です。

基本は四位、五位に限られました。

さらに蔵人は六位からも任じられたのです。

いずれにしても高い家柄か、官位か、天皇の近くで働く特別な立場が必要だったということです。

さて今回の話のポイントはどこにあるのでしょうか。

殿上人たちは、「うるせき女」である「六」という女性を呼び寄せて、退屈を紛らわせようと考えて使いを行かせたのです

しかし使いの武士は、それを刑部録と勘違いして、男性の「録」を連れて来てしまったわけです。

「録」は「さかん」と呼ぶのが正式ですが、「ろく」とも呼ばれていました。

「六」も「録」も「ろく」という同じ発音ですが、殿上人がイメージしていた「ろく」と、使いが「ろく」と聞いてイメージした人物が全く違っていたわけです。

「六よびて来(こ)」と簡単に用事を告げたのが失敗でしたね。

殿上人たちがまさか、北面の曹司(院の御所を警備する武士の詰め所)にいる女を呼べなどというわけはないと考えるのは、ごく普通のことです。

「賢くて気のきく、六という女を呼んで来い」とていねいに伝えれば、こんな間違いは起きなかったのです。

しかしこうしたことは日常生活の中でよくありがちです。

落語にも似たような「百川」という噺があります。

時間があったら探してみてください。

呼ばれてやってきた刑部録の老人の戸惑い方が、おかしいですね。

身分の差をよく知っているだけに、殿上人たちの使う客殿に呼ばれた時の緊張感はさぞかしのことだったと想像します。

今ならどこに呼ばれたら、これと似た雰囲気になるのでしょうか。

ぜひ、あなたも一度想像してみてください。

今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

 

    

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