教育経済学
みなさん、こんにちは。
元都立高校国語科教師、すい喬です。
今回は昨年出版された数学者、新井紀子さんのエッセイ集『夏蜜柑とソクラテス』の感想と教育の今を考えてみます。
このところ、教育関係の本や動画にひたっています。
やはり並々ならぬ関心がありますのでね。
教育学者、中室牧子さんの『教育の経済学』を10年前に読んで、コスパ至上の時代になったことを感じました。
あれ以降、エビデンス信仰に近いものが、たくさん見受けられるようになりました。
Youtubeで多くの視聴者をとらえている動画もまさにそれです。
自分の子どもに対し、どの時点で資金を投下すれば、最も効果的なのかというテーマは衝撃的でした。
彼女の著作、『科学的根拠で子育て』からも2年がたちます。
キーワードはエビデンスそのものでした。
非認知能力を高めることで、大人になった後、どう成長するかという議論です。

そのためにするべきことは何かといえば、代表的なのは次のようなことだとか。
①スポーツをしたり、リーダーになる経験を積んでコミュニケーション能力を高める。
②音楽活動をする。
③多くの芸術に触れ、感性を豊かにする。
④学校で多様な仲間と過ごし、相手の立場に立って考える習慣を身につける。
⑤模範となる「年上の友人」と共に過ごし、向社会性や利他性を高める。
⑥親の立場からは「結果」だけでなく「努力のプロセス」を認める環境をつくる。
他にもたくさんありますが、ポイントは「鶏口となるも牛後となるなかれ」につきるようです。
いつも自分を肯定的に捉える目を持ち、努力し認められることの喜びを知るということでしょうか。
彼女が登場する動画はかなりの数に上りますね。
教育経済学のエビデンスはかなりの信用性に裏打ちされていると感じます。
学歴の重み
生成AIが本格的に稼働してから数年がたちました。
その進歩には恐怖さえ感じます。
この間、教育をめぐる話題には事欠きません。
批判も含めて、相当なボリュウムに達しています。
その背景には何があるのか。
大きな理由の1つは少子化の波でしょうね。
学校をめぐる環境が急速に変化しています。
小中で行われているGIGAスクール構想もその一環です。

私立高校の無償化などとあわせて、私立小中受験の波も無視できません。
早めに「利確」をして、名前のよく知られた学校群に子供を入れてしまえば、あとは成長を待つだけと考える親もいます。
コスパのいい進学をはやく手に入れるという考え方です。
特に都市部ではその傾向が強いですね。
AIの進捗によって、代替可能な仕事がかなり見えてきました。
その枠組みに入らずに、無理なく一生を過ごせる職業群にどう子供を滑り込ませるか。
それが多くの親にとって次の課題になりつつあるのです。
将来、高い収入を得るためには、大企業に入る。
そのため、学歴フィルターで落とされないようにすることが最善だと信じている親も少なからずいます。
そのためにはかなりの資力が必要ですね。
小学校の受験から始めたら、いくら必要なのかという記事もたくさんあるくらいです。
競争は深く静かに潜航しているようにもみえます。
シン読解力
近年、閉校になる大学も急速に増えつつあります。
女子大の凋落も顕著です。
大企業の一般職というジャンルが極端に減りました。
総合職ならば、共学の大学へという選択肢が第1の条件に上るようになりました。
その前提として、大学入試も極端に様変わりしているのです。
生徒獲得に意欲を持つ大学は年内入試を始動し、さらに一般入試よりもかつてのAOと呼ばれた総合型推薦入試にシフトしています。
都市部の私立大学では推薦入試組と付属高校からの進学者で、定員の50%を超えるところも多いのです。
ところであなたは新井紀子さんという数学者をご存知でしょうか。
「シン読解力」についての研究でよく知られた人です。
2011年より東大合格を目指すAI「東ロボくん」の開発に携わりました。
AIに問題を解かせるのは容易なことではありません。
内容を暗記したうえで、問題文を読みとり理解しなければならないからです。
記憶は彼らの最も得意とするところです。
しかしその次の段階を数値化するのが、難問でした。
そこで彼女は問題文をきちんと読み取るために、どのような能力が必要なのかという研究に携わることになりました。

極論するとAIは数字のデータ解析をするシステムに過ぎません。
たくさんのデータを暗記することはでき、そこから統計的な答えを引き出すのは得意です。
いかにもそれらしい答えを出すことはしますが、誤りが大変多いこともよく知られています。
これはChatGPTなどを頻繁に使っていると、よく経験することです。
そこからAIは文脈を理解するのが苦手であることがわかってきました。
その当時のAIでは、東大に合格可能な読解力を身に着けることは不可能と判断され、東ロボくんの開発は2016年で凍結したのです。
そこまでの内容が示されたのが、8年前に新井さんの著した『AIvs教科書が読めない子どもたち』です。
ここまでで何がわかったのか。
この開発のために、多くの子どもたちに東ロボくんと同じ文章を読んでもらいました。
そこでわかったことは、このロボットよりもっと文脈を理解できない子どもたちがたくさんいるという事実を知ったことだったのです。
多くの子どもたちは、なんとなく教科書を読んでわかったつもりになっていただけだったのです。
それを知ったことの驚きは想像を絶するものでした。
大多数の子どもたちは文脈を理解できない東ロボくんより、もっと低い理解度だったのです。
計算と暗記
2015年に行った調査によれば、多くの小中高生も、AIと同様に文脈を理解しないまま計算や暗記によって問題を解いていることが判明しました。
AIに対抗するためには、計算や暗記にたよった学習では不十分なのにも関わらずです。
彼女はAIの性能を高める研究を棚上げし、読解力や意味理解を深めることが重要になるという結論に達しました。
子どもたちの読解力向上が喫緊の課題と考えるようになったワケです。
新井紀子さんは2016年から中高生の読解力を調査する「リーディングスキルテスト」を実施して現在に至っています。
『夏蜜柑とソクラテス』は彼女が去年出版したエッセイのタイトルです。
なぜ教科書の読めない子どもたちと向き合うことになったのかという背景もここには詳しく書かれています。
なかにこのテーマと直接関係はありませんが、面白い記述がありました。
高校の国語の教科書に出てくるのは男性エリートの主人公ばかりだというのです。
確かに、『舞姫』『こころ』『山月記』など、どれも学業優秀な男性の悩みを前面に出した小説と言えますね。
確かに女性が知的な分野に入り込んでいなかったことが、想像できます。
なるほどと思いました。
新井さんが大学に入ったあと、なぜ数学を突然勉強したいと思いアメリカへ単身留学したのかという話も興味深かったです。
実はここに今の彼女の論点の源泉があったということもよくわかります。
高校までの数学との違いが明確に示してある部分を少し抜き書きします。
あの頃、私は、算数の苦手な女の子だった。
そういう私が、なぜ大学に入ったら数学が好きになり、法律の道を捨てて数学の道を選んだのか、自分でも不思議だ。

ただ、大学に入ると、とつぜん「解ける」よりも「わかる」ことに価値がシフトしたことを強く感じたことは覚えている。
高校までの数学の授業では「わかりました」よりも「解けました」「答えが合っていました」のほうが大事だった。
ところが、大学に入ってみると、数学を学ぶ時間の大部分は、数学の教科書を読んで「わかる」ことに費やされるようになった。
「解ける」ことや「計算する」ことよりも、「わかる」のほうが重んじられるようになったのだ。
これはぼく自身の体験とも重なります。
ぼくも数学科に入り苦労したからです。
大学に入ってからの授業は、ほとんど文字式だけで、答えというものは遠い彼方にありました。
極端なことをいえば、考え方がわかれば、答えなどはなくてもよかったのです。
高校までの暗記中心の数学の勉強では全く歯が立ちませんでした。
リーディンクスキルテスト
彼女の提唱したテストについては昨年出版された『シン読解力』にかなり詳しく載っています。
トレーニングの仕方についてもヒントがあります。
しかしこれで本当に読解力がつくのかについては、ぼく自身、まだわからないところがあります。
しかし本をたくさん読めば読解力がつくという一般的な考えは通用しないということだけはよくわかりました。
読解力のある人間が、たまたま本をたくさん読んでいたからそのような結論が出たという事実があるだけだと考えるのが自然なのかもしれません。

次にこのテストの例題をひとつあげましょう
問題は次の通りです。
アミラーゼという酵素はグルコースがつながってできたデンプンを分解するが、同じグルコースからできていても、形が違うセルロースは分解できない。
この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のなかから1つ選びなさい。
セルロースは( )と形が違う。①デンプン ②アミラーゼ ③グルコース ④酵素
正解は①のデンプンです。
いかかでしょうか。
文脈を読み取れますか。
多くの大人は正解にたどりつかなかったそうです。
教育はさまざまな要素をはらんでいるため、簡単には解き明かせません。
しかし教育経済学のエビデンスも、シン読解力の問題も耳を傾ける価値ある分析、研究だと思います。
あなた自身の経験も加味して、じっくりとこのテーマを考えてみてください。
今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
