【近代能楽集・三島由紀夫】能を現代に蘇らせた出色の創作劇

近代能楽集

みなさん、こんにちは。

元都立高校国語科教師、すい喬です。

今回は三島由紀夫の『近代能楽集』について考えてみます。

この戯曲は演じられることよりも、むしろ読んでもらうことを主眼に書かれたのではないかと思う時があります。

それほどにこの芝居は演じるのが難しいのです。

何がかといえばそこにリアリティーをもたらすことがです。

今までにいろいろな劇団の上演を見ています。

しかし本当に良かったと思えるものはいくつもありませんでした。

とにかく難しいのです。

彼は戯曲を隋分書きました。

劇団四季などは毎年のように『鹿鳴館』などを上演しています。

その他、美輪明宏も『サド侯爵夫人」を演じています。

現世を超越した不思議な世界です。

すぐに三島の世界に入り込んでしまうのです。

本当に不思議な作家です。

彼については折あるたびにこのブログでも記事にしてきました。

最近でも、初期の作品『白鳥』をとりあげたことがあります。

いずれ『金閣寺』なども考えてみたいです。

しかしやはり最後に書いた長編『豊饒の海』全4巻は気になりますね。

たまにどうしても読み返したくなります。

きらびやかな言葉の世界は、全く現実離れしています。

装飾過多であることは否めません。

しかしそれを超えてもなお、引き付ける魅力があるのです。

神話

三島由紀夫はたくさんの神話を持っています。

『仮面の告白』はやはり必読書でしょうね。

彼が学習院の中学の頃書いたという作文の冒頭はあまりにも有名です。

「私は夕な夕な窓辺にたち、椿事を待った」とあります。

「椿事」とは何であったのでしょうか。

心を躍らせるほどのすばらしいこと。

この世では起こり得ないような美しい世界。

それら全てが椿事です。

pen_ash / Pixabay

しかし現実にそれほどのことは起こりませんでした。

あえていえば、戦争中の彼自身の行動でしょうか。

詳しいことはご自身で調べてみてください。

身体検査の結果、誤診で即日帰郷になりました。

逃げるようにして家に戻った時のことがよほど、後半の人生に深い翳をもたらしたものと
思われます。

もうその頃から幻想が彼の身体の中には巣喰っていたのでしょう。

現実にはなにも椿事は起こりえない。

とすれば自分の力で、世界を彩っていく以外に方法はなかったのです。

苦しい作業ではありました。

彼はそこまで追い詰められていたのです。

謡曲

能は室町時代に完成した戯曲です。

観阿弥、世阿弥親子が現在の夢幻能の形をつくり上げました。

ぼく自身、不思議とこの幻想世界に引き付けられるのを感じます。

月に1度ずつ、あちこちの能楽堂を訪ねるようになりました。

最初は詞章と呼ばれる謡の部分をコピーしたりして持っていったものです。

しかし最近はそれもやめました。

自然な流れの中で、ひたすらその世界に没頭することを楽しめるようになったからです。

今や能は日本を代表する芸術の1つです。

ここまで無駄を削ぎ取った芸能も珍しいのではないでしょうか。

全く動かず、足元だけの微妙な変化で20分ほどが経過する「道成寺」などという謡曲もあります。

その緊張感はなにものにも代えがたいのです。

知らずに引き込まれていきますね。

背景もセットもありません。

あるのは生身の肉体だけです。

前衛的な世界だといえば、いえるでしょう。

まさに形而上的な究極の演劇です。

三島はその中に自分の美意識を存分に織り込みたかったに違いないのです。

写実的なものではない、観念の美です。

それだけに演じるのは難しいです。

鍛錬された肉体と声が必要です。

多くの劇団が歩き方などをメソッドとして利用しているのも理解できます。

演目

所収されている演目は以下の通りです。

どれもよく演じられる謡曲ばかりです。

弱法師
熊野
道成寺
班女
葵上
卒塔婆小町
綾の鼓
邯鄲

1956年(昭和31年)に新潮社から出版されました。

どれも難曲ばかりです。

さきほど例にあげた道成寺などは釣り鐘の中に入るというしかけも大がかりです。

さらに経典の祈りの力で、物の怪をはらうという人間の怨念にからむ古典的な内容です。

演じる人の体力の限界まで削ぎ取るという能の中でも最も有名な曲です。

般若の面にかわった瞬間の舞の変化が心の中におさまっていないと、腰がしっかりと落ち着きません。

何度か見た近代能楽集の中では「葵上」が1番強く記憶に残っています。

能の舞台でもこの演目は人気がありますね。

葵の上の話は『源氏物語』にある通りです。

人間の最も根源的な感情、嫉妬に基づいて作られています。

三島は六条御息所の生きざまを彼自身の中で再生させたのでしょう。

入院してから毎夜、妻の葵のところへ若林光が見舞いに訪れます。

まさに源氏の世界そのものです。

するとそこへ毎晩見舞いに来るという女の存在があることを知ります。

光が病室にいると、和服姿に黒い手袋をつけた六条康子が現れたのです。

光と康子はかつて恋愛関係にありました。

これも六条御息所との関係を彷彿とさせます。

葵を苦しめていたのは六条康子の生霊だったのです。

病室にはヨットが現われ、康子は幸福だった昔の思い出を語ります。

病室の光は六条康子の家に電話をかけました。

彼女は電話に出ます。

ずっと家で寝ていたと言うのです。

その瞬間、病室のドアの外から、康子の生霊が、忘れた黒手袋をとってと光に声をかけます。

その後、突然葵が苦しみ出し床の上に転がり落ちて死ぬというシーンが続くのです。

『源氏物語』と能の『葵上』を元にして創作されたということがよくわかる作品です。

『近代能楽集』の中でも比較的に理解しやすい内容です。

機会があったら、ぜひこの戯曲の舞台もみてください。

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能楽堂にも足を伸ばすことをお勧めします。

今回も最後までおつきあいくださりありがとうございました。

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