【万国旗と電信柱・別役実】不条理演劇の時代を生き抜いた劇的な作家

別役実

みなさん、こんちには。

元都立高校国語科教師、すい喬です。

今回は劇作家で童話などもたくさん書いた別役実について語らせてください。

この作家の名前を御存知でしょうか。

彼の書いた芝居を見たことがあるという人はどれくらいるでしょうか。

それほど多くはないと思います。

しかし好きな人はメチャクチャに好きなのです。

別役実の芝居は現実の空間そのものでありながら、完全に別の世界の顔を持っています。

そこに一歩踏みこんだ人間を捉えて離そうとしないのです。

不条理演劇とも呼ばれています。

ぼくもかつて文学座のアトリエに随分通いました。

彼が好んで使う表現に「風」の匂いがあります。

装置はいつも決まっています。

電子柱が1本と万国旗です。

その下で無名の人々が日々の暮らしを営んでいます。

世界にポジ(陽画)とネガ(陰画)があるとすれば、彼の描く世界はネガ的な言葉を使いポジをあらわすということになるのでしょうか。

彼は「不条理演劇」という言葉でくくられる「反演劇」(アンチ・テアトル)の代表です。

そこへ別役実を導いたのはベケットとイヨネスコでした。

サルトル、カミュ、カフカなどの小説を読んだことがありますか。

カミュの『異邦人』とか、カフカの『変身』などです。

今でも夏に書店で配られる100冊の本などといった読書案内には必ずノミネートされていますね。

20世紀を代表する作品です。

彼らの影響を強く受けたのが、ベケットやイヨネスコといった劇作家です。

ベケットは1949年沈黙がちの不可解な緊張の中でやって来ないゴドーを待つ劇『ゴドーを待ちながら』を書きました。

その芝居はイヨネスコと共にアンチ・テアトルの存在を広く世間に知らせることになったのです。

ベケットの影響

演劇の世界で彼に最も影響を強く与えた作品が『ゴドーを待ちながら』です。

ゴドーが誰であるのか。

何者なのか。

どこから来るのか。

誰も知りません。

しかし待ち続けるのです。

その間に2人の登場人物がモノローグに近い会話を続けるという不思議な芝居です。

人によってはゴドーがゴッド、つまり神なのではないかという人もいます。

結局ゴドーはやってきません。

それでも2人の男は待ち続けるのです。

他の作品『モロイ』では死んだ母の一部屋にとじこもった作家の長い独白を描写することに成功しました。

カミユの『異邦人』に登場する主人公、ムルソーと同じMを使ってモロイを登場させています。

別役実は彼らの影響を強く受けました。

彼と同時期に演劇活動を始め、共に「早稲田小劇場」を創立した鈴木忠志は、別役の演劇の特質について述べています。

ベケットの芝居でも彼の芝居でも俳優が言っている一語一語にはそれ自体意味がないのです。

ある時間が終わった瞬間に、その時間が作家の危機感、疎外感が伝わればいい。

処女作の周辺

ここでは初期の「象」に着目してみましょう。

「象」は一人の男の登場によって始まります。

別役の芝居には固有名詞を伴った人間はあらわれません。

したがって脚本には男1とか、女1などと書かれています。

最初のセリフは次の通りです。

男 みなさん、こんばんは、私はいわばお月様です。お空にまんまるの。(中略)あるいは…。あるいは、おさかなです。いわば淋しいおさかな。例えば私はよく涙を流します。

言葉の特徴を見てください。

これは完全な童話の世界の言語であり、「象」というタイトルこそは、足や耳や尾にさわって全体像を空しく想像した例の童話の象徴的表現なのです。

お月様=Aはおさかな=非Aになり、やがて両者に共通するより次元の高いイメージ、涙=Bという拡散した現実をひきおこのです。

この「肯定」「否定」「拡散」こそが別役実の言語感覚の基本です。

幼児性の強い言葉を駆使しながら、逆に大人の持つ非日常性に入っていくのです。

最初の部分もそうです。

風の描写について少し読んでみましょう。

吹いています。

しかしかなり微妙な問題です。

どちらかといえば、吹いていないと言った方がいいのかもしれない。

もしかしたら、ユックリ動いているに過ぎないのかもしれない。

ともかくこっちからこっちへという感じです。

こっちからこっちへ。

この短い一節の中にも前述のパターンがよく表われています。

「肯定」「否定」「拡散」を伴いながら沈黙のゲームを男は続けていきます。

電信柱と風

「あーぶくたった、にいたった』「にしむくさむらい」の2作は彼の代表作です。

彼の劇の中で忘れてはいけない装置は日常風景の典型としての電信柱であり、不安の要素をになう風なのです。

「あーぶくたった」のト書きをみてみましょう。

舞台の下手に古い電信柱。

その上の方から斜めに上手へ雨にさらされて汚れた万国旗がたれさがっている。

電信柱の中程に黒い電話の受話器がぶら下がっている。

上手にポスト。

この風景をみただけでそれが小市民の日常生活であることが了解できるでしょう。

男 匂いだよ、それはね匂いなんだ、先生がそう言ったよ。この匂いだってね…。
女(顔を上げて)どの…
男(ややとまどいながら)この…
女(ややたしかめて)‥匂うわ…
男 それだよ…、それが夕方の風の匂いなのさ
女 私いつかきっと思い出すわ、こうしてそれからもう一人と二人でこの匂いについて知ったことを

ここでの風は夕方の匂いを持つ1つの風景です。

表現の中に暮れなずむ人間の生と、死へ向かって行進をする日常を感じさせます。

男と女はこの空間で未来の設計を語り合います。

しかしそれは全て貧しく、失敗を伴うことばかりなのです。

自分達の子供が生まれるという幻想の果てにあるものは、死刑にならざるを得ない子供自身の殺人行為です。

級友を殺してしまうという考えに男と女はまた沈黙に戻っていきます。

やがて男と女は自分達の未来がまた今の現実と何ら変わりのない暗いものでしかないという認識のもとに自殺を決意します。

女  ねえあなた…。
男  何だい…?
女  風吹いていますか…?
男  そうだね、ほんの少し
女  あの、風…?
男  そうだよ。あの風だよ、あの思い出の風さ…。

もう1つの作品「にしむくさむらい』というタイトルからは、2月・4月・6月という大きな月に対するマイナーの月を想わせ、常にメジャーにはなりきれない人間の生きざまを感じさせます。

発明家が考えた唯一の発明は電信柱に吊された大きな石でした。

それは彼に言わせれば「乞食をいけどりたい」というだけの装置なのです

事実、その下に用意された寝具の中に寝た乞食は上から落ちる石に頭をぶつけて死んでしまいます。

乞食はそのからくりをすべて知っていながら、あえて殺されるために横たわったのです。

どの作品にも毒がたくさん入っています。

ポイントはそれを見る人が感じるかどうかにあります。

どこかで上演される機会があったら、ぜひご覧になってください。

不思議なくらいの力で引き込まれてしまうに違いありません。

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それが別役実の世界なのです。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

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