【小論文・コロナ後】少子高齢化で成長率の鈍い社会と共存して生きる

学び

ゆっくりと下っていく

みなさん、こんにちは。

小論文添削歴20年の元高校国語科教師、すい喬です。

今回はコロナ後の日本のあり方について考えてみます。

2021年度入試の大きなテーマになることは間違いありません。

少し難しい話ですが、ついてきてください。

日本が少子高齢化社会であることは、今や誰もが口にします。

65歳以上の人がどんどん増え、総人口の30%目前です。

同時に子供の数が一気に減っています。

女性の高学歴化とともに結婚年齢も遅くなる一方です。

いわゆる適齢期になっても未婚の人が大勢います。

出産する子供の数も減少の一途です。

労働力が落ちているのは誰の目にも明らかです。

ロボットやITを活用して、その隙間をなんとか埋めていかなくてはなりせん。

しかしできることには自ずから限界があります。

企業の収益が下がれば、税収も減り、必然的に国家の経済は右肩下がりになっていくのみです。

今回の新型コロナウィルス蔓延は、それに追い打ちをかけました。

政府は休業補償などをしていますが、財政はひっ迫しています。

臨時の予算編成をするたびに国の借入金が増えていくばかりです。

解決策は当面ありません。

今回のコロナ禍が収束した後、どのような財政措置をとればいのか、全く先が見えないのです。

再び税率を上げるということは現実的ではありません。

今回のショックで、多くの店舗や飲食店の廃業が増えると考えられます

むしろ一段落した後が怖いのではないのでしょうか。

駅前にあった店が突然消えてしまう。

負債が払えず、倒産してしまう企業も増えるに違いありません。

人員整理の話もいくつか新聞には載っています。

他人事ではありません。

すぐ隣にある、ごくありふれた日常の話なのです。

インフラの破綻

労働者数が減るということは個人が積み立てる年金が減り、社会保障費の財源が縮小するということです。

介護保険などの基準も隋分と見直しがされてきました。

その度に掛け金が値上がりしています。

支払い条件は厳しくなる一方です。

今後もこの流れが緩くなることはないでしょう。

厚生年金の原資の半分は、企業が支払っています。

しかし正社員を採用するということにためらいをみせる企業が増えると、その財源は大幅に縮小されてしまいます。

退職時に最低2000万円の貯蓄が必要との報道があったのはそれほど前のことではありません。

非正規社員がいかに不利であるのかということも、今回のコロナ禍で十分身にしみました。

しかし正社員への採用枠をますます狭めるということになると、全く身動きがとれなくなります。

フリーランスの職業についても同様です。

多くの家庭では、夫婦共稼ぎで働かなければ、生活が成り立たなくなりつつあります。

しかしその一方で託児施設は不足しています。

大都市に社会インフラがを集中しすぎました。

そのことのマイナスが、今回はっきりしたと言えます。

特に大きな点は医療施設の脆弱さです。

信頼していた医療の分野がこれほどにもろいとは誰も想像しなかったのではないでしょうか。

救急車を呼んだものの、患者を受け入れる病院がみつからず、数時間後に死亡してしまうという事例も見られました。

あらゆることに対してスピードを誇ってきた日本の巨大都市で、このようなことが起こるという事実の重さをどのように考えたらいいのでしょうか。

PCR検査をかなりの数実施できるという会見があったにも関わらず、その実態は誠にひどいものでした。

マンパワーの不足という事実だけではなく、制度設計の無理が知らない間に広がっていたということも大きいです。

ゆるい社会の創造

労働者が減るという現実をどうすれば防げるのでしょうか。

定年の延長という考え方もあります。

しかし給料基準を下げずに高齢まで働けるのが公務員だけだということになると、人々の不満は増えるだけでしょう。

社会にそれだけのゆとりがなくなると、定年延長のシステムも十分に機能しなくなる可能性があります。

税金を払うためだけに働かされているという実感だけが増すからです。

コロナ収束後は、かなり基本的な考え方を変えなくてはならないかもしれません。

スピードへの認識を今までと同じにするというワケにはいかないでしょう。

生き方の速度そのものをかなり落とすしかないでしょうね。

それでもいいというコンセンサスを持たないと、社会が成立しません。

人間はシステムだけで機能的には動けない生き物です。

スポーツや芸能などに対する時間を時に消費して、緊張を緩めたいのです。

あるいは居酒屋のような店で飲食をしながら、親しい友人と気楽に話をしたいのではないでしょうか。

しかし3密は守らなければなりません。

口角泡を飛ばしあって話をすれば、再びコロナウィルスの増殖が待っています。

とはいえ、テレビ会議システムから本当の人間の温かさはなかなか伝わってきません。

私たちは実に厄介な時代の中を生きていかなくてはならないのです。

特効薬のワクチンはいつできるか、全くわかりません。

薬が出来なければ、来年に延期したオリンピックも中止せざるを得ないでしょう。

今ではそんなことが予定にあることすら忘れかかっているような状態です。

私たちはかつての時間とは明らかに違う密度の中で過ごさなくてはならないのです。

仕事も同様です。

遠い場所まで混雑した電車に乗って出かけるという行為そのものが、ある意味では危険そのものです。

そうではない、テレワークというものがあるということを知りました。

しかこの働き方を選択できるのは、わずかな職業の選ばれた人々だけです。

恩恵を受けられるのは…

巣ごもり商品が売れたという記事を読むと、なるほどと思います。

食事もテイクアウトが普及しました。

提供される食べ物を運ぶ宅配にもスポットがあてられました。

もちろん、すべてが肯定的な内容ではありません。

働き方改革だなどと口にはするものの、その実態にはかなり根深い問題があります。

弁当を買う人の姿が朝のコンビニなどでもかなり見受けられます。

PublicDomainPictures / Pixabay

今までのように店に入って食事をするというのではありません。

公園のベンチに座ってコンビニの弁当を開くサラリーマンの風景を、多く見かけるようになりました。

これからの時代、どうやって自分の命と幸福を守っていくのかということに、関心が寄せられるものと思われます。

雇用を必ずしも守りきれない企業は、積極的に社員を採用するという熱意に欠けていくでしょう。

事実、サービス業ではかなりの人員削減が進んでいます。

旅行、宿泊などの現場は、いつ顧客が戻ってくるのかの予想もつきません。

コロナウィルスとの戦いはずっと続くのです。

第2波がいつくるのか、誰にも予想はできません。

全てにわたって経済が沈んでいく社会を私たちはこの後迎えるのです。

かつてのように右肩上がりという構図は考えられなくなりました。

都市から人が地方へ移動するという構図もあるかもしれません。

しかし都会にいないと仕事にありつけないという現実もあります。

ローンの返済に困り、家を手放す人も出てくるでしょう。

あるいは賃貸住宅の家賃が払いきれない人たちもかなり出てくるはずです。

人々は孤独との戦いを余儀なくされるのです。

心配をいくらしても意味がないのはよくわかります。

しかしどこへ軟着陸するにつけ、よほどの覚悟がなければ、安定した日常の風景が見えてきません。

dima_goroziya / Pixabay

いずれにせよ、静かに坂を降りていく暮らしが始まるのです。

少子高齢化社会を迎えた今、この国がどのように変貌していくのか、誰にもわかりません。

目の前に常に人参をぶら下げながら生きるというのも1つの選択です。

しかし知的で冷静な分析を加えながら、静かに降りていくという道筋を思い描く必要があるでしょう。

当然のことながら、今年度の入試には哲学的な問いを含めた難解なテーマが出るものと考えられます。

私たちは家の中にじっとしながら、たくさんの気づきを得ました。

それがなんであるのかを今年度の入試は問うてくるものと思われます。

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問題の本質を見失わずに、現実を見つめ続けてください。

最後までお読みいただきありがとうございました。


 

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