「鳥飼という題の歌・大和物語」優れた和歌は人の心を強く動かす力を持つ

歌物語

みなさん、こんにちは。

元都立高校国語科教師、すい喬です。

今回は「歌物語」を取り上げます。

この時代の物語にとって和歌の持つ意味はとても重要です。

平安時代初期から中期頃にかけて和歌の入った作品が登場し始めました。

それらを総称して「歌物語」と呼んでいるのです。

代表的なのはなんといっても『伊勢物語』でしょうね。

在原業平という登場人物に仮託して、男女の愛情などを叙述した内容のものが多いです。

平安時代初期から10世紀初頭(900年代前半)にかけて成立したと考えられています。

作者はわかっていません。

在原業平をモデルにした貴族の恋愛や流浪を描いた日本最古の歌物語です。

この作品は後の『源氏物語』の誕生にも大きな影響を与えました。

『源氏物語』は「歌物語」とは言えない長大な作品ですが、『伊勢物語』の影響を色濃く受けています。

今回取り上げる『大和物語』は10世紀の中ごろに成立した歌物語です。

全体が約173段の小話からできています。

北の方となったある女性が貧しい蘆刈の男に身を落としている、かつての夫と再会する蘆刈説話などがことに有名です。

高校の古文で、習った記憶がないでしょうか。

本文

亭子の帝、鳥飼院におはしましにけり。

例のごとく、御遊びあり。
 
「このわたりのうかれめどものあまた参りて候ふ中に、声おもしろく、よしあるものは侍りや」と問はせ給ふに、うかれめばらの申すやう、

「大江の玉淵がむすめといふものなむ、めづらしうまゐりて侍る」と申しければ、見せ給ふに、様かたちも清げなりければ、あはれがりたまひて、上にめしあげ給ふ。

「そもそもまことか」など問はせ給ふに、鳥飼といふ題を、みなみな人々に詠ませ給ひにけり。
 
仰せ給ふやう、「玉淵はいと労ありて、歌などよく詠みき。この鳥飼といふ題をよくつかうまつりたらむにしたがひて、まことの子とは思ほさむ」と仰せ給ひけり。

うけたまはりて、すなはち、
 
あさみどりかひある春にあひぬれば霞ならねど立ちのぼりけり

と詠む時に、帝、ののしりあはれがり給ひて、御しほたれ給ふ。

人々もよく酔ひたるほどにて、酔ひ泣きいとになくす。
 
帝、御袿ひとかさね、袴賜ふ。

「ありとある上達部、御子たち、四位五位、これに物脱ぎて取らせざらむ者は、座より立ちね」

と宣ひければ、片端より、上下みなかづけたれば、かづきあまりて、二間ばかり積みてぞ置きたりける。
 
かくて帰り給ふとて、南院の七郎君といふ人ありけり。

それなむ、このうかれめの住むあたりに、家つくりて住むと聞こしめして、それになむ、宣ひあづけたる。
 
「かれが申さむこと、院に奏せよ。院より賜はせむ物も、かの七郎君につかはさむ。すべてかれにわびしきめな見せそ」と仰せ給ひければ、常になむとぶらひかへりみける。

注 亭子の院 宇多天皇

現代語訳

帝が鳥飼院においでになりました。

いつものように管弦や歌などの遊宴が催されたのです。

帝は、「このあたりの遊女たちが大勢参っているそうだが、その中に歌声が美しく、才能のある者はいないか」とお尋ねになりました。

遊女たちは、「大江玉淵の娘という者が、最近こちらへ参っております」と申し上げました。

帝が会ってご覧になると、容姿もたいそう美しかったため、しみじみと心を動かされ、御前へ召し上げられることとなりました。

帝は、「あなたは本当に大江玉淵の娘なのか」とお尋ねになりました。

そして、「鳥飼」という題を出して、その場にいる人々皆に和歌を詠ませなさったのです。

帝は、「玉淵はたいへんに優れた人物で、歌も巧みに詠んだものだった。この『鳥飼』という題で見事な歌を詠むことができたなら、本当にその娘であると思おう」と仰せになりました。

娘は承って、すぐに、

あさみどり かひある春に あひぬれば 霞ならねど 立ちのぼりけり

と詠みました。

「浅緑に萌え出る『かひ(飼い・鳥飼の「かひ」)』のある春にめぐり会えたので、霞ではないけれど、喜びや名声が立ちのぼることでございます。」

この歌をお聞きになると、帝はたいそう感動なさり、涙をお流しになりました。

その場の人々も酒に十分酔っていたこともあり、皆が感激して泣いたのです。

帝は御袿一領と袴を褒美として与えられました。

さらに、「ここにいる公卿や皇子たち、四位、五位の者は、この娘に衣服を脱いで与えなさい。そうでない者たちは、この席を立ちなさい」と仰せになりました。

すると、席の端から身分の高い者も低い者も皆が衣を贈ったので、贈り物が積み重なり、二間ほどにもなったということです。

こうして宴が終わり、娘は帰ることになりました。

たまたまそこに、南院七郎君という方がおられました。

その人がこの遊女の住む近くに家を建てて住んでいると帝はお聞きになり、娘のことを託されたということです。

帝は、「この娘が何か願い事をしたら、院へ申し伝えること。院から与える品々は、その七郎君を通して届けさせよう。決してこの娘につらい思いをさせてはなりませぬぞ」

と仰せになったので、七郎君はいつも娘を訪ね、その暮らしを気にかけて長く世話をしたということでした。

優れた才能

この話は、優れた才能は身分や境遇を超えて認められるということを描いた説話です。

大江玉淵は平安時代前期の貴族です。

歌人としても名高い人物でした。

帝は娘が本当にその血を引く者かどうかを、家柄ではなく和歌の実力によって確かめようとしたのです。

娘は即座に「鳥飼」の題で巧みな掛詞を用いた歌を詠み、その才能によって父の娘であることを証明したのです。

帝が涙を流し、人々も感動して泣く場面は、平安時代において優れた和歌が人の心を強く動かす芸術と考えられていたことを示しています。

また、多くの褒美を与え、さらにその後の生活まで保護するよう命じたことから、単なる宴席での称賛だけを意味する以上の内実を持ちました。

才能ある人物を保護しようとする帝の慈悲深さも描かれています。

この段は、「人々を感動させる」芸術という平安文学の価値観をよく表した作品といえるのではないでしょうか。

ここでの歌の意味がわかりますか。

「かひ」を「鳥飼」の「飼い」と「甲斐(価値、幸運)」に掛け、「立ちのぼり」を霞にも名声にも掛けた掛詞の歌なのです。

玉淵の娘が詠んだような歌を隠題歌(かくしだいのうた)といいます。

「あさみどりかひある」に「鳥飼」という地名が隠し読み込まれています。

こういう技巧が用いられるというのが当時の歌の条件としては大切でした。

隠し題にはいくつかのパターンがあります。

もっともポピュラーなのは物名(もののな)です。

物名とは、題をそのまま隠す手法のことです。

例えば、次のような歌があります

山河は 木の葉流れず 浅き瀬を せけば淵とぞ 秋はなるらん

やまかわは きのはながれず あさきせを せけばふちとぞ あきはなるらん

この和歌には「はきのはな」つまり「萩の花」という言葉が隠されています。

その他には折句などもあります。

『伊勢物語』に登場する杜若(かきつばた)の歌は有名ですね。

句の頭に文字を入れるのです。

から衣 着つつなれにし 妻しあれば はるばるきぬる 旅をしぞ思ふ

からころも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもふ

この和歌の各句の頭の1文字に注目してみてください。

すると「かきつはた」という表現がありますね。

「かきつばた」という単語が隠れているのです。

このようにさまざまな技巧を使いながら、すぐれた歌を詠むということに、どれほど心血を注いだのかということをここでは考えてみてください。

歌は彼らの命そのものだということがわかると思います。

今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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