【猟師仏を射ること・宇治拾遺物語】世間知らずな聖と判断力のある猟師は

猟師仏を射ること

みなさん、こんにちは。

元都立高校国語科教師、すい喬です。

今回は説話集の中にある話を紹介しましょう。

有名なのは『宇治拾遺物語』と『今昔物語集』ですね。

ここで紹介する話は、どちらの本にも載っているのです。

多くの人が知っていた有名な話に、違いありません。

説話というのは簡単にいえば、昔話のことです。

字が読めなかった人たちも、伝承で聞いたのでしょう。

村の古老たちが、囲炉裏の傍に座って、子どもたちに話して聞かせたに違いありません。

多くの話があのテレビ番組「日本昔ばなし」で紹介されました。

内容はさまざまですが、大別すると、仏教説話、世俗説話に分かれます。

ありがたい仏の話をきいて、信仰心が芽生えた人もいるでしょう。

因果応報の話が仏への感謝とともに語られたのです。

あるいは愉快な話が、時には冬の夜を暖かくしました。

Kyoto, Japan – December 4, 2016: Buddhist monk walking through Tsutenkyou(bridge)at Tofukuji temple in Kyoto Japan.

道徳を守ることがいかに大切なのかということを、楽しい話にして、子どもたちに聞かせたものと思われます。

今回の話はある猟師が狸を射殺したという物語です。

なぜそんなことなったのか。

ここには、2つの典型的な人物が登場します。

1人はお坊さんです。

聖(ひじり)という呼び方をされています。

純粋ですが、世間知が足りません。

仏典の知識や信仰上の修行に打ち込んではいるものの、思慮は浅いのです。

もう1人は猟師です。

日々、殺生を行う身ではあります。

しかし思慮ある人であったため狸を射殺し、その化けの皮を暴いたという話です。

本によっては狸ではなく、他の動物の場合もあります。

どちらか人間として、より優れているのか。

その判断をしてみようという話なのです。

本文

昔、愛宕の山に、久しく行ふ聖ありけり。

年比行ひて、坊を出づる事なし。

西の方に猟師あり。

この聖を貴みて、常にはまうでて、物奉りなどしけり。

久しく参りざりければ、餌袋(ゑぶくろ)に干飯など入れて、まうでたり。

聖悦びて、日比のおぼつかなさなどのたまふ。

その中に、居寄りてのたまふやうは、「この程いみじく貴き事あり。この年比、他念なく経をたもち奉りてある験やらん、

この夜比、普賢菩薩象に乗りて見え給ふ。今宵とどまりて拝み給へ」

といひければ、この猟師、「世に貴き事にこそ候なれ。さらば泊りて拝み奉らん」とてとどまりぬ。

さて聖の使ふ童のあるに問ふ。

「聖のたまふやう、いかなる事ぞや。

おのれも、この仏をば拝み参らせたりや」と問へば、童は、「五六度ぞ見奉りて候」といふに、猟師、「我も見奉る事もやある」とて、聖の後に、いねもせずして起き居たり。

九月廿日の事なれば、夜も長し。

今や今やと待つに、夜半過ぎぬらんと思ふ程に、東の山の嶺より、月の出づるやうに見えて、嶺の嵐もすさまじきに、この坊の内、光さしいりたるようにて明くなりぬ。

見れば、普賢菩薩象に乗りて、やうやうおはして、坊の前に立ち給へり。

聖泣く泣く拝みて、「いかに、ぬし殿は拝み奉るや」といひければ、「いかがは。この童も拝み奉る。

をいをい、いみじう貴し」とて、猟師の思ふやう、聖は年比経をもたもち読み給へばこそ、その目ばかりに見え給はめ、この童、我が身などは、経の向きたる方も知らぬに、

見え給へるは、心は得られぬ事なりと、心のうちに思ひて、この事試みてん。

これ罪得べき事にあらずと思ひて、尖矢(とがりや)を弓につがひて、聖の拝み入りたる上よりさし越して、弓を強く引きて、ひやうと射たりければ、

御胸の程に当るやうにて、火を打ち消つごとくにて、光も失せぬ。

谷へとどろめきて、逃げ行く音す。

聖、「これはいかにし給へるぞ」といひて、泣き惑ふ限りなし。

男申しけるは、「聖の目にこそ見え給はめ、我が罪深き者の目に見え給へば、試み奉らんと思ひて、射つるなり。

実(まこと)の仏ならば、よも矢は立ち給はじ。

されば怪しき物なり」といひけり。

夜明けて、血をとめて行きて見ければ、一町ばかり行きて、谷の底に大なる狸、胸より尖矢を射通されて、死して伏せりけり。

聖なれど、無智なれば、かやうに化されけるなり。

猟師なれども、慮ありければ、狸を射害(いころ)し、その化をあらはしけるなり。

現代語訳

昔、愛宕の山に、長年修行を続ける聖がおりました。

修行を続ける間、一度も宿坊を出たことのないほどの行者だったのです。

さて、その宿坊の西に、猟師が住んでいました。

猟師はこの聖を大変尊敬し、いつも訪れては、何かしら献上していました。

あるとき、この猟師がしばらく訪れることができず、久しぶりに食事袋に干飯などを入れて、聖を訪ねた時、聖は喜び、猟師が来なかった数日の頼りなさを話したのです。

その話の中で、聖が言うには、「先ごろ、たいへん尊い出来事があったのだ。愚僧がここ数年というもの、他念なく経文を護持してきた霊験かもしれないが、

象に乗られた普賢菩薩が、数夜つづけて、ここへお見えになったのだ。だからおまえも今夜はここに留まり、菩薩を拝むと良いぞ」

そんなふうに言われたので、猟師は、「それは世にも尊いことが起きるものでございます。それでは今晩はここに泊めていただき、菩薩を拝ませていただくことにいたしましょう」

と、そのまま宿坊へ泊まったのです。

宿坊には、聖に仕えている童がいたので、猟師は、

「聖がご覧になったというのは、いかなる仏でしょうか。あなたもご覧になりましたか」と問うと、童子は、「はい。五六回は拝見しました」と言います。

猟師は、「さて、わしでも見ることはできるだろうか」と呟きながら、聖の背後で、横になることもせずに待っていました。

九月二十日のことなので、夜も長かったのです。

今か今かと待つうち、夜半も過ぎたかと思われる頃のことです。

東の山の峰から月がのぼったように見えた、と思うと、峰の嵐がすさまじいほどに吹き込んできて、宿坊の中が突然、光が差し込んだように明るくなりました。

表を見ていると、普賢菩薩が象に乗り、ゆっくりとお出ましになって、やがて宿坊の前にお立ちになったのです。

聖は泣きながらこれを拝み、「いかに、いかに、おまえも拝み奉るか」と言えば、童子も「何で見えないことがありましょう。たいそう尊いことでございます」と感動していましたが、

猟師はふと、なるほど聖の方は数年来、ありがたいお経を護持し続けているのだから、その目に見えるのはおかしくない。

しかし童や我が身などは、経がどちら向きに置かれているかも知らないほどだ。そんな者にまで仏が見えるなんて、おかしいではないか。

心の中でそう思うと、よし、試してみよう。

これで罪を受けるべきはずもないと、尖り矢を弓につがい、拝み入っている聖の頭越しに、弓を強く引いて、ひょうと放ちました。

矢は仏の御胸のあたりへ当った、と見えた瞬間、たちまち火を打ち消したように光が消えて、さらに谷中へ轟かせるような大音声を上げて、何かが逃げて行ったのです。

聖は驚いて、「これは、何ということをしてくれたのだ」と、泣き惑うこと限りありませんでした。

そこで猟師が申し上げるには、「聖の目であれば仏も見ることが出来ましょうが、罪深いわたくしのような者の目にも見えたため、これは試してみなければと思い、矢を放ったのです。

もしあれが真実の仏であれば、まさか矢が当ることは、ありますまい。しかしどうやらあれは、怪しからぬものでございました」と答えました。

そうして夜が開けて、点々とこぼれる血をたどって行くと、せいぜい一町ほども歩いた先の谷底に、大きな狸が、胸を尖り矢に射通されて、死んでいたのです。

聖であっても無智であったため、このように化かされるのです。

猟師の方は、確かに殺生を行う身ではあっても、思慮ある者であったため狸を射殺し、その化けを暴いたという話です。

真の叡智

この仏様の名前は、聞いたことがあるのではないでしょうか。

白い象に乗った絵や彫刻がよくありますね。

「釈迦三尊」としてお釈迦様の隣に並ばれることが多いです。

釈迦、文殊、普賢の三尊がそれです。

普賢菩薩は、釈迦如来の「慈悲行」を象徴するといわれています。

それほどのありがたい仏様なのです。

猟師は殺生を重ねる罪深い職業ですから、このままでは地獄に堕ちると思っていたに違いありません

だからこそ、聖を信じ切っていたのです。

しかし救われたいと願った聖が智恵なき者であったため、こんな結果になったというところがこの話の悲しさでもありますね。

本当の叡智を身につけることの、なんと難しいことか。

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悲しい気持ちも少しだけ残りました。

今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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