推敲
みなさん、こんにちは。
元都立高校国語科教師、すい喬です。
今回は故事熟語をもう少し勉強しましょう。
いずれも高校1年生の段階で習う教材です。
文章は短いですが、その意味は深いです。
なにかの時に、このような表現を使えたらいいですね。
短いだけに、スパイスの効いた警句となります。
文章の中に使えれば、なおいっそう内容を濃いものにすることができるでしょう。
最初は「推敲」を取り上げます。
字そのものが難しいです。
「推」と「敲」を訓ではなんと読むのか。
それができれば、随分と展望がみえてきます。
元の文章を日本語読みにしたものを載せます。
大きな声で読んでみてください。
驚くほど、気持ちがいいものです。
書き下し文
賈島(かとう)挙(きょ)に赴(おもむ)きて京(けい)に至り
驢(ろ)に騎(の)りて詩を賦(ふ)し、「僧は推す月下の門」の句を得たり。
推を改めて敲(こう)と作(な)さんと欲す。
手を引きて推敲の勢(いきほい)を作(な)すも、未(いま)だ決せず。
覚えず大尹(たいゐん)韓愈(かんゆ)に衝(あ)たる。
乃(すなは)ち具(つぶさ)に言ふ。
愈曰はく、
「敲の字佳(よ)し」と。
遂に轡(くつわ)を並べて詩を論ずること之を久しくす。
現代語訳
賈島は、科挙の試験を受けるために都、長安にやってきました。
ロバに乗りながら詩を作ったのです。
すると「僧は推す月下の門」という句が頭に浮かびました。
しかしこの「推す」ではどうもしっくりときません。
そこで改めて「敲」(たたく)という文字にしたいと思いました。
手を動かして推すと敲くの仕草をしてみたものの、なかなか決まりません。
そうしているうちに思わず大尹(都の長官)である韓愈の列に突っ込んでしまいました。
賈島はそこで、列に突っ込んでしまった理由を詳しく説明しました。
韓愈が言いました。
「敲という文字の方が良いのではないか。」と。
そのまま二人は乗り物を並べて進みながら、詩についてしばらく論じあったということです。
推(お)すか敲(たた)くか
この話のポイントはまさにこの詩の中にあります。
『唐詩記事』という本に載っている話です。
唐王朝も中期にさしかかった9世紀の初めごろの話です。
科挙(上級官吏採用試験)を受けるために都にやってきた、賈島(かとう)という詩人がいました。
彼はロバに乗っているときに詩を作ろうとして、「僧は推す、月下の門」という句を思いついたのです。
その時に悩んだのですね。
「推す」がいいのか「敲く」と直したほうがいいのか。
何度も同じ同時動作をしているうち、あまりに夢中になりすぎたのでしょう。
都の長官、韓愈(かんゆ)の馬にぶつかってしまったのです。
そこで賈島は理由を詳しく述べました。
韓愈はしばらく考えて「敲く」がよいと答え、二人は並んで進みながら詩を論じ合ったのでした。
韓愈は、文学史上に大きな足跡を残す、当時の文壇の大御所です。
なぜ彼は敲くとした方がいいといったのか。
おそらく形と音のイメージでしょうね。
音の響きが耳に残るようです。。
この故事成語は、文章を書く時の大切な表現です。
よい文章を書くためには発想の転換も必要だ、という教訓も含まれている、といえましょう。
とにかく書きっぱなしにはしない。
必ず何度も手を入れる。
改稿とか添削の意味でよく使われます。
よく推敲されていない文章は勢いとリズムがありません。
相手の馬にぶつかるくらいのひたむきさが、言葉を探すには必要なのです。
虎の威を借る狐
よく使われる表現ですね。
全文を書き下しにした文を読んでみてください。
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虎百獣を求めて之を食らひ、狐を得たり。
狐曰く、子敢へて我を食らふこと無かれ。
天帝我をして百獣に長たらしむ。
今子我を食らはば、是れ天帝の命に逆らふなり。
子我を以つて信ならずと為(な)さば、吾子の為に先行せん。
子我が後に随(したが)ひて観よ。
百獣の我を見て、敢へて走らざらんや。」と。
虎以つて然りと為す。
故に遂に之と行く。
獣之を見て皆走る。
虎獣の己を畏れて走るを知らざるなり。
以つて狐を畏ると為すなり。
現代語訳
虎は獣を探して食べて生きていましたが、ある日狐を捕まえました。
狐が言うことには、あなたは決して私を食べてはいけませんとのことでした。
天の神は私を百獣の王にされているからです。
今あなたが私を食べたならば、それは天の神の命令に逆らうことになります。
あなたが私の言うことを信用できないと思うのならば、あなたの為に私が先に歩いてみましょう。
あなたは後からついて来て見ていなさい。
百獣の王である私の姿を見て、他の獣たちがどうして逃げないことがありましょうか。
いやきっと逃げるはずです。
虎はその通りだと思いました。
そこでそのまま狐と歩いて行くことにしました。
獣たちはこの様子を見て、皆逃げていきました。
虎は獣たちが自分のことを恐れて逃げていったということに気づかなかったのです。
獣たちが狐のことを恐れていると思ったのでした。
権威を頼みにする生き方
力のない者が、強い者の権威を頼みにしていばることの喩えによく使われますね。
『戦国策』という本に載っています。
紀元前四世紀の半ば頃の話です。
強いものの権威をかさに着ていばるずるがしこいものの喩えによく使われます。
現代でも、こういう人はたくさんいるのではないですか。
この本は戦国時代に各地を遊説して政策を説いた人々の言動や議論を国別に分類したものです。
相手を説得するために使ったので、比喩や寓話が多く用いられているのも特徴です。
しっかり覚えておいてください。
今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。