【故事成語・先ず隗より始めよ】大事をなすための戦略とは【戦国策】

故事成語

みなさん、こんにちは。

元都立高校国語科教師、すい喬です。

今回は故事成語を勉強しましょう。

中国にはたくさんの名言が残されています。

現代の世の中にも十分に通用する言葉ばかりです。

代表的なものを時に触れてご紹介していくつもりです。

こういう表現をたくさん知っていると、何かの時にふっと口をついて出てきます。

それがまた人間の器を大きくするのです。

是非忘れてしまったものがあったら、思い出して記憶にとどめておいて下さい。

今回のは「先ず隗より始めよ」というものです

『戦国策』という戦国時代の本に載っています。

戦国時代とは、一般に春秋時代(BC・722〜481)に接続する周王朝末期の200年ほどの期間をさします。

中国の国内はつねに群雄が割拠していました。

戦さに明け暮れる日々でした。

そのため戦法、戦術などについて多くの書物が書かれたのです。

当時、幾つもの国を遊説して歩いていた郭隗(かくかい)という男がいました。

彼がたまたま燕の国へ行った時のことです。

燕の王は「賢者はどのようにしたら求めることができるか」と訊ねました。

中国では知識のある者を客としてもてなし、さまざまな国策を学ぶという方法が古来からとられてきました。

その時の2人のやりとりを描いたのが今回のテーマです。

本文の書き下し文を読んでみましょう。

これは王の質問に対する郭隗の答えの部分です。

原文

隗曰はく、「古の君に、千金を以て涓人をして千里の馬を求めしむる者有り。

死馬の骨を五百金に買ひて返る。

君怒る。

涓人曰はく、『死馬すら且つ之を買ふ。況んや生ける者をや。馬今に至らん。』と。

期年ならずして、千里の馬至る者三あり。

今、王必ず士を致さんと欲せば、先づ隗より始めよ。

況んや隗よりも賢なる者、豈に千里を遠しとせんや。」と。

是に於いて、昭王隗の為に改めて宮を築き、之に師事せり。

是に於いて、士争ひて燕に趨く。

—————————-

現代語訳

郭隗は答えて言いました。

「古来、召使いに千金を持たせて千里を走る名馬を探し求めさせた王がありました。

その召使いが死んだ馬の骨を五百金で買って帰ってきたのです。

王はものすごく怒りました。

そこで召使いが答えて言いました。

死んだ馬の骨でさえ五百金で買ったのです。まして生きた名馬を高く買うのはなおさらのことです。

ですから名馬はいまに次々とやってくるでしょう。」と。

召使いの言った通り一年も経たないうちに、千里を走る名馬が届くことが三度もありました。

今、昭王様がなんとしても天下の賢人を集めたいとお望みなら、先ず私(隗)からお始めください。

そうすれば私より賢い人たちは、なおさらのことです。

どうして千里の道を遠いと思うでしょうか。

いや、遠いとも思わず必ずやってきます。」と。

そこで昭王は郭隗のために新たに邸宅を造り、郭隗を先生として敬い仕えた。

まもなく天下の賢人は先を争って燕にやってきました。

意味の深さ

この一節は何度か聞いたことがあると思います。

言葉の意味の使い方には2通りあります。

どちらも通用しますので、よく覚えておいてください。

元々は大事業などの遠大な計画は手近なところから行うとよいというのが1つ。

もう1つは「物事に挑戦するに当たっては最初に言い出した者がまずは取り組むべきだ」という意味です。

大事をなすには手近なところから着手すれば必ず成功するという意味に使うことが本来の使い方です。

それが転じて、言い出した者から始めなさいというのが2つ目の意味になりました。

死んだ馬の骨を高額で買い取るような人なら、生きていればもっと高く買うという喩えから、話は展開されます。

真の賢者を招こうとするなら、まず私のような愚かな者を優遇すればいいのです。

そうすれば、賢人達が我もと集まってくるでしょうと郭隗は説きました。

なるほど、うまいことを言ったものです。

紀元前4世紀の終わり頃の話です。

戦国時代、燕という国は失政続きでした。

隣国に攻め込まれて滅亡寸前だったのです。

父のあとを継いで即位したものの、国の再興はままなりません。

必要なのは人材の確保です。

そこで昭王は補佐役の郭隗に訊ねたというワケです。

本当に郭隗は愚か者だったのでしょうか。

そんなことはありません。

結構したたかな側面を持っていますね。

自分を売り込みつつ、真理を説いたのです。

今はどちらかといえば、言い出したものから実行しましょうというニュアンスで使われることの方が多いようです。

未来の成功を意識する

もちろん、大事を始める時は小事からという意味でも使うことは先ほど書きました。

未来の成功を意識したポジティブな状況で使われることが多いのです。

この表現はあまりネガティブな場面では出てきません。

皆が君ならやれるよというあたたかい気持ちに支えられている言葉です。

考えすぎると、イヤなことを人にやらせて自分は楽をしようというイメージにもなります。

使い方としてたとえば、こんな例があります。

私がこの計画を口にしたので、いろいろとご心配をおかけしますが、「まず隗より始めよ」でとにかくやってみます。

その後、足りない部分を皆さんにフォローしていただければ幸いです。

といったような言い方をするのです。

「隗より始めよ」の類語は「死馬の骨を買う」です。

この方がわかりやすいですね。

漢文の故事成語は使い方さえ間違えなければ、非常にタイムリーに生きた言葉になります。

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しっかりと脳裡に刻んで利用してみましょう。

次回はまた別の言葉の周辺を歩いてみます。

今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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