落語は覚えただけじゃダメ!腹に入ってからが真剣勝負

落語

どうやって覚えるのか

みなさん、こんにちは。

アマチュア落語家、すい喬です。

そんなに簡単に覚える方法があったら教えてください。

お願いします。

ないからこそ、みんなフーフーいって日々泣いているのです。

そりゃあ、覚えのはやい人もいます。

一度聞けば、すぐに話せるなんていう超人もいないわけじゃない

でもだいたいの人はダメです。

何度やっても同じところで、つっかえる。

悲しいね。

でもこれが噺家の真実です。

それはアマチュアだって同じこと。

しかしお客さんに苦労を見せちゃいけない。

いくら愚痴を言ったって、誰も同情なんかしてくれません。

そんなにイヤならやめたら。
これでオシマイです。

昔は師匠の前での三遍稽古が一般的でした

とにかく3度話してもらって、4度目にはなにがなんでも喋る。

覚えられなければ、やる気がないんならおやめなさいと軽く一蹴されて、はい終わり。

やっと弟子にしてもらえたんだから、なにがなんでも覚えなくちゃならない。

今みたいにスマホをそばに置いておくなんていう離れ業はありませんでした。

もちろん、テープレコーダーもない。

なんにもない。

記憶 photo

ひたすら脳みその中にたたき込むだけ。

想像するだけで、苦しいですね。

しかしこれっきゃないとなれば、人間は案外やるのかも。

現在のようにいろんな道具を使える時代の方がダメなのかもしれません。

柳家権太楼師匠は、まずやりたい噺の音源を全部集めたそうです

それを片っ端から聞く。

その中でこの路線でいこうとなったら、今度はそれを徹底的に聞く。

聞いて聞いてききまくる。

好きな歌手の音楽を飽きるまで聞くのとおんなじかな。

その数数百回。

人間が覚えるというんじゃない。

耳という器官そのものが覚える。

英文の記憶法と同じじゃないですか。

一方、ひたすら書くという作業をする人もいます。

人気落語家、春風亭一之輔師匠はひたすら聞いて速記したそうです。

その記録したファイルをかつてテレビで紹介していました。

これ、やってみると大変です。

大変なんてもんじゃない。

普通の人が落語全部をスラスラと書き取るなんてできません。

だから何度も機械をとめて、そのたびにノートを埋めていく。

この単純な作業の間に、落語の言葉が身体に入っていくのです

ただ聞くだけ。

ひたすら速記する。

どっちがいいのか。

そんなことわかりません。

腹に入る

その人にあったやり方がベストなんです。

さてぼくはどっちか。

もちろん両方やりました。

でもどちらかといえば、聞く方ですかね。

聞き書きした本を参考にもします。

記憶 photo

ネットにもかなりの聞き書きが載ってますので、それも参考にします。

そして自分のやる落語の原型をつくっていきます。

権太楼師匠は毎日ブツブツ呟きながら、外を歩くそうです

お金のない前座さんは、電車やバスの運賃を節約しつつ、歩きながら喋る人もいるそうです。

あんまり大きな声でやると、かなりの不審者。

ぼくも道端にとめた車の中で大声を出して喋っていたら、お巡りさんに尋問されたことがあります。

嘘じゃありません。

誰かに通報されたのかな。

以前いた学校で中庭のベンチに座って稽古をしていたら、若い女の先生が避けて通っていきました。

かなりアブナイ人に見えたのかも。

そんなこと気にしちゃいけません。

ブツブツより、もう少し大きな声で元気よく。

脳にインプットするためには、まず喋ってしゃべって喋り続ける。

これが大事なんです。

こうして数ヶ月すると、自然な感じで台詞が口をついて出てきます。

しかしこれでなんとかなるなんて思わないこと。

登場人物の了見になるまで、稽古するのです。

ご隠居さんなら、その了見。
八っつぁんなら、その了見。
狸なら、その了見。

理屈じゃありません。
のりうつるのです。

そこまでいかなきゃ、お客さんは聞いてくれません。

噺が腹に入るといいます

あの噺もやっと腹に入ってきたねえという言い方をします。

ここまでくるともう一息。

互いの台詞を知らない

落語をやっていて一番難しいのがこれです。

つまり二人登場人物がでてきたとしたら、その二人は相手が次に発する会話の内容を全く知らないという単純なことです。

そんなのあたりまえだよ。

そうなんですけど、実はこれがすごく難しい。

落語家は登場人物全員が話すことの中身を知ってます。
登場人物がどこで何を話すのか、みんな知ってるのです。

しかしそれを相手に悟らせちゃいけない。

自然にお互いの会話がある程度の間をもって語られなければなりません。

ところが話し始めると、つい急いじゃう。

高座にあがると不安なもんです。

うけなかったら、はやく降りたい。

誰も笑ってくれない。

そうなると、気持ちに余裕がなくなります。

どんどん噺がはやくなる。

立て板に水です。

これが最悪のパターン。

噺は間が命

この間という一つの言葉に落語家はみんな苦しみます。

間がないのは間抜け。

失敗 photo

間は悪魔の魔につながります。

こんなに怖いものはない。

落語家はそれぞれの登場人物の立場を正確に把握しながら、さらに話者の立場を見つめ続けるのです。

完全に冷静な自分と分裂した自分をお客さんにみせます。

その分裂の度合いが激しければ激しいほど、評価が高まるのです
これを難しい言葉で「離見の見」といいます。

室町時代に能を完成した能楽師、世阿弥がよく口にしました。

ここまでできるようになると、かなりゆとりが出てきます。

そのためにどうしても腹に入れるまで繰り返す。

飽きても、気持ちが悪くなっても繰り返す。

どこでもいつでもやれるまで、繰り返す。

これが芸能というものに関わる掟です

それがイヤならやめる。

さてここまできたら上下も正確に覚えなくてはなりません。

噺家はたえず右を向いたり左を向いたりします。

正確には上下を切るといいます。

一人で複数の人物を表現するのが大変です。

これがしっかりできないと、誰がしゃべっているのかわからなくなりますからね。

客席から向かって右方を上手、左方を下手といいます。

歌舞伎座を想像してください。

花道があるほうが下手、座敷のあるほうが上手になります。

顔を下手に向けたら奥にいる人。一般的には目上の人です

上手へ向ければ手前にいる人を表します

記憶 photo

これが途中で微妙に変化していきます。

ある程度やると、自然にどちらを向けばいいのかがわかってきます。

師匠は厳しく稽古の時もここを見ます。

ほら、そこ上下が逆だなどと、叱られるのです。

これが当たり前のようにできて、やっと一人前。

視線を動かしながら、目の前にいる人間の動きを表現したりもします。

このあたりは全部師匠から。

かつて若い頃に小三治は師匠の五代目小さんから「おまえの噺はおもしろくねえなあ」と呟かれたとか。

どうしたら面白くなるのか。

小三治は悩み続けたといいます。

おまえの噺に出てくる大家と熊は少しも仲がいいようにはみえねえ

落語は人間の関係の濃淡まで表現しなくてはならない。

本当に噺家は並々の覚悟でやれるもんじゃありません。

だからこそ、芸に行き詰まり、自ら命を断つ人まで出てくるのです。

楽しくて苦しい商売の代表といえるでしょう。

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どうやったら覚えられるのか。

死ぬ気ですね。

それ以外にはありません。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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