女性の独立
みなさん、こんにちは。
小論文添削歴20年の元都立高校国語科教師、すい喬です。
今回は2019年度都立青山高校の推薦入試の問題について考えます。
テーマはまさに母性保護です。
2つの資料が添付されています。
1つは与謝野晶子が1918年3月に書いた「女子の徹底した独立」という文章です。
もう1つは1918年5月、平塚らいてうの「母性保護の主張は依頼主義か」という文です。
内容は真っ向から対立しています。
受験生はこの2つの資料の違いを正確に捉えなければ、解答できません。
そのため、まず最初に主張を簡潔にまとめるという課題が出されています。
次に現代に生きるあなたの考えをまとめなさい。
その際どちらの立場を支持するか、双方の折衷案、あるいはどちらも認めないという立場の4通りから選び、根拠を示しつつ書きなさいという問題です。
制限字数はわずかに300字です。
女性問題はジェンダーフリーの課題とからめ、近年よく出題されます。
それをかつての時代の論争から考え始めようという問題提起はかなり難しかったのではないでしょうか。
ポイントは「現代に生きるあなたの立場」です。
まさに現代の中にいて、女性問題を身近に感じていないと、何を書いていいのかわからなくなる怖れがあります。
女性問題と言われて、何を書いたらいいのか見当がつかないようでは、合格は覚束なかったでしょう。
こうした類いの問いかけには、かなりの基礎知識が必要です。
その場で自分の体験や経験を書くタイプの問題とは全く違います。
平生から問題意識をきちんと持ち、社会を見続ける目を養わなくてはなりません。
2つの立場
ポイントは与謝野晶子と平塚らいてうの文章を正確に読み取ることです。
どこが違うのか。
その読み取りが不正確だと先へ進めません。
課題文にアンダーラインを引きながら、差を十分に見極めてください。
与謝野晶子の文章の論点は次の通りです。
1 女性が国家に対して経済上の保護を要求することに反対である。
2 経済的な基盤がない場合結婚し、出産することは控えるべきだ。
3 男性に経済的負担を強いる結婚は理想的ではない。
一方、平塚らいてうの文の趣旨は次の通りです。
1 妊娠、分娩、育児における生活安定のため、国家による補助はなされるべきである。
2 婦人が育児のために労働の能力を失う期間、国家が保護するのは義務である。
3 社会の幸福のため、母の職能は社会的性質を帯びている。
本来、2人の考え方は当時の時代背景とともに理解されるべきものです。
一般にこの論点は「母性保護論争」と呼ばれました。
文芸雑誌『青鞜』に集った人々を中心に,女性解放をめぐって激しいイデオロギー論争が展開されたのです。
平塚らいてうはこの雑誌の主宰者でした。
数年間に及ぶ激しい論争の応酬の場となったのです。
1918年は,第一次世界大戦の終結の年に当たります。
この時期日本の資本主義も飛躍的な発展を遂げました。
当然、資本家と労働者の間に大きな開きが生まれたのです。
貧富の差がそれです。
米騒動も全国的な広がりをみせました。
女性が繊維産業を中心にあらゆる産業で働きました。
低賃金での長時間労働です。
深夜の労働などが育児のための時間をも奪っていったのです。
そこに起こったのが母性保護の運動です。
イギリス、アメリカなどにおいても女性の権利を拡張する運動が勝利をおさめていました。
この問題の背景にはこのような社会的な変化があるのです。
この展開はジェンダーフリーの問題の根幹をなします。
必ずおさえておいてください。
家事と育児の両立
要点をもう1度整理します。
大きく2つに分かれるのです。
①女性開放の主旨にあわせ、労働と家事育児の両立をしていく上でどちらを優先させるのか。
②女性が開放された社会や国家像とはどのようなものか。
①に対して平塚は家事・育児は女性の義務でありそれが国家のためになると主張しました。
与謝野は経済的独立ができないのであれば女性は妊娠・育児を行うべきではないと主張したのです。
この差は決定的ですね。
主張の根拠をもう少しみてみましょう。
平塚らいてうの論点はわかりやすいです。
国家は母性を守るべきである。
妊娠・出産・育児期の女性は国家によって保護されなくてはならないというのです。
それに対して与謝野の考えは真っ向から反対するものでした。
男子の財力をあてにして結婚し,及び分娩する女子は,たとえそれが恋愛関係の成立している男女の仲であっても,男子の奴隷にすぎないとしたのです。
当然、妊娠時に貯蓄を持っていない無力な婦人が国家の保護を求めるのは老人と同じだと断じました。
女性の経済的独立を説き,欧米の女性運動の主張である女性の妊娠に伴う国の経済的保護を批判したのです。
平塚は反対に国家の義務という観点を用いて反論しています。
母親は生命の源泉であるという基本的な考え方が彼女の原点でした。
母性第一主義を一貫して主張しています。
国家の保護
それぞれの筆者の主張をまとめきった後、さてどこから書き始めればいいのでしょうか。
ポイントはどの立ち位置から2人の意見を支持するかを決めなくてはならないということです。
これが1番厄介だったかもしれません。
制限字数はわずかに300字です。
原稿用紙1枚にもならないところへ自分の意見を上手に配置しなければなりません。
それも2人の立場のどこに自分の視点を置くのかを正確にまとめつつ実行するのです。
これにはかなりのスキルがいりますね。
元々青山高校は推薦入試の定員ワクが非常に少ないことで知られています。
それだけに倍率も高いのです。
2021年度の倍率は男子の定員14人に対して倍率6.14倍、女子の定員13人に対して9.77倍でした。
毎年大変人気があり多くの優秀な生徒が殺到します。
都立の推薦入試ではいつも倍率がトップクラスです。
立地もいいです。
どこからでも通学できます。
それだけによほどの実力がないと合格はねらえないでしょう。
この問題に関しては、ジェンダーフリーの立場から論じる流れが1番自然だと思われます。
社会的、歴史的な背景を探りながら、女性問題は今や文化的な論点になっているという事実を示すのです。
何もかもを男性と同じ視点でみるのではなく、女性は女性として生き、あらゆる差別からも解放されなくてはなりません。
夫婦別姓までを含めて、男女平等の社会を作り上げていくために、国にできることは当然なされるべきだという観点です。
少子化の問題も重要です。
保育所の待機児童軽減、子供手当の充実、小中高の実質無償化、健康保険の負担額軽減などが考えられます。
あらゆる場面で国がバックアップするシステムを確立しなくてはなりません。
性差を否定せずに、しかし着実にジェンダーフリーを促進していく方向で論点をまとめていけば、ある程度の内容にはなると思います。
しかし最後に採点者の心に響くだけのリアリティを書き込めたかどうか。
そこに究極の問題があるように感じるのです。
もう少しこのテーマについては今後も考えてみたいと思います。
最後までおつきあいいただきありがとうございました。