【千曲川旅情の歌】島崎藤村の詩を読み時の流れに身を浸したい【五七調】

五七調

みなさん、こんにちは。

元都立高校国語科教師、すい喬です。

今回は島崎藤村の代表的な詩を読みましょう。

高校では必ず習います。

いかにも文語の文体が詩の格調を感じさせますね。

小諸の「懐古園」を訪ねた人は、千曲川の風景が目に見えてくるのではないでしょうか。

足を伸ばして、彼の生家を訪ねた方もいるはずです。

木曽路を歩けば、藤村の足跡を知ることができます。

小説では『破戒』が有名ですが、読んだことのある人はどれくらいいるのでしょうか。

学校では文学史の中で、紹介するレベルです。

よほど彼について知りたいと思う人でなければ、手にとることはないと思われます。

時は確実に過ぎました。

小説は読まなくても、さすがにこの詩は聞いたことがあるはずです。

五七調の音の繋がりが、耳に心地いいですね。

難しい表現も見かけますが、語彙の持つ表現の深さを感じます。

この詩の味わいは、その否定表現の繰り返しにあるとよく言われます。

日本人は肯定形よりも、むしろ否定形の方が好きなのかもしれません。

「悲しむ」「萌えず」「知らず」「見えず」などの表現が次々とつながっていきます。

最初に1つの感情や風景を取り出し、それを次に否定します。

すると、その場所の風景がないと言われてもみえてくるのです。

心の内側が波立ち、一瞬、動揺します。

その繰り返しで、全体が構成されているという不思議な作品です。

憂いがあり、消え残る谷があるとはいうものの、香りはもうありません。

しかし確かに感じるのです。

詩の全文を読みましょう。

深い味わいのある作品です。

千曲川旅情の歌

小諸なる古城のほとり
雲白く遊子(ゆうし)悲しむ
緑なす繁蔞(はこべ)は萌えず
若草も藉(し)くによしなし
しろがねの衾(ふすま)の岡辺
日に溶けて淡雪流る

あたたかき光はあれど
野に満つる香(かおり)も知らず
浅くのみ春は霞みて
麦の色わづかに青し
旅人の群はいくつか
畠中の道を急ぎぬ

暮れ行けば浅間も見えず
歌哀し佐久の草笛
千曲川いざよふ波の
岸近き宿にのぼりつ
濁り酒濁れる飲みて
草枕しばし慰む

winner01 / Pixabay

昨日またかくてありけり
今日もまたかくてありなむ
この命なにを齷齪(あくせく)
明日をのみ思ひわづらふ

いくたびか栄枯の夢の
消え残る谷に下りて
河波のいざよふ見れば
砂まじり水巻き帰る

嗚呼古城なにをか語り
岸の波なにをか答ふ
過(いに)し世を靜かに思へ
百年(ももとせ)もきのふのごとし

千曲川柳霞みて
春浅く水流れたり
ただひとり岩をめぐりて
この岸に愁(うれい)を繋(つな)ぐ

島崎藤村

藤村は明治5年の生まれです。

長野県馬籠村ある本陣の家に生まれました。

身分の高い人だけが泊まれた家です。

大名、旗本、幕府の役人などが主に利用しました。

大変な名家なのです。

家は燃えてしまいましたが、今でも藤村記念館として当時をしのばせてくれます。

広い敷地の家です。

『若菜集』という抒情詩を載せた第1詩集が有名ですね。

小諸義塾の教師として信州に赴任後、明治34年に「落梅集」を発表しました。

この頃から小説も書き始めました。

小諸の懐古園を1度は訪ねてみてください。

旅への憂いを静かに語った詩が胸にしみてきます。

「落梅集」の冒頭にあるのが『小諸なる古城のほとり』です。

後半の詩とあわせて現在では『千曲川旅情のうた』と呼ばれています。

黙読ではなく、声に出して読んでみてください。

すると、旅の持つ憂愁が心に湧き上ってきます。

意味はそれほどに難しくありません。

しかし現在使われていない表現もあります。

簡単に現代語訳をしておきましょう。

現代語訳

小諸にある古城のあたりにたたずみ、旅人はただ白い雲を見上げている。

すると、旅の愁いがいっそう募ってくるのだ。

悲しみが増すのである。

春まだ浅い。

はこべは芽生えてもいないし、若草も腰を下ろすには十分ではない。

しかし、白く輝く山々のすそ野には淡雪が溶けて流れている。

あたたかい春の光があるとはいえ、野に満ちる香りはない。

春霞が浅くかかっているだけで、麦の色はわずかに青いのだ。

畑の中の道を宿へと急ぐ旅人の群れが見える。

日が暮れて浅間山も見えなくなった。

草笛の音が哀しく聞こえてくる。

旅人は千曲川の漂う波の岸に近い宿にあがり、濁り酒を飲んで旅愁をしばらくの間慰めるのだ。

昨日はこうだった。

今日もまたこんな風になるのだろう。

人はなぜあくせくして、明日のことだけ思い煩うのか。

栄枯盛衰の夢のあとが残る谷間に降りて、波が漂うのを見れてみるがいい。

小諸の古城は何を物語っているのだろうか。

岸を洗う波は何と返事をするのか。

過去を静かに思い起こすと、百年の昔も昨日と変わらない。

川岸の柳はかすんで、春浅い冷たい水が流れていく。

旅人は岩を巡り、岸辺にわが憂いをとどめるのみなのである。

旅人往来

この詩は日本人にとって大切なものです。

ぜひ、暗記してください。

日本人は流離という発想が好きですね。

どこかへ流れていくという旅人の視点です。

西行や芭蕉などは典型的でしょうね。

種田山頭火などもそうです。

若山牧水の代表的な歌をご存じでしょうか。

幾山河越えさり行かば寂しさの終(は)てなむ国ぞ今日も旅ゆく

まさにこの歌に通じるものが藤村の詩にもあります。

「盛者必滅」「会者定離」の厳しい戒律は永遠です。

それだけにこの詩の重みが増すというものです。

今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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