【はじめての沖縄・岸政彦】湿気を含んだとろりと甘い亜熱帯の匂いに誘われて

学び

はじめての沖縄

みなさん、こんにちは。

元都立高校国語科教師、すい喬です。

今回は沖縄について書きます。

「文学国語」の教科書に社会学者、岸政彦氏の文章が載っていました。

共感した部分がたくさんあったので、紹介しようと考えたのです。

あなたは、「ナイチャー」という言葉をご存知ですか。

文字どおり、「内地」の人というニュアンスでしょうか。

あまり耳にしたことはないかもしれませんね。

沖縄の方言で、県外の人を一般的にさす表現です。

その逆は「ウチナンチュー」です。

ナイチャー」の他に「ヤマトンチュー」という表現もあります。

おそらく大和の人という意味でしょう。

どちらにも差別的なニュアンスが含まれていると言われています。

しかしそんなことを気にしていない人も、たくさんいるのです。

沖縄というのは不思議な土地です。

内地にはない魅力がたくさんつまっています。

高校で教員をしていると、沖縄に出かける機会があります。

修学旅行がそれです。

平和教育をするにも、全く違う南国の風土を味わうにも、最適の場所なのです。

通算して、5回ほど行きました。

航空機を使う修学旅行が許可されてから、もっぱら行き先は沖縄と北海道になったのです。

いまでも海外を除けば、この選択は変わっていません。

生徒は行き先が沖縄と聞いただけで、大変に喜びます。

あたたかい南国だけが持つ、独特の文化と解放感がたまらないのでしょう。

ガマ見学

岸氏の研究テーマは沖縄です。

「生活史」や「社会調査方法論」などもテリトリーに入っています。

社会学の研究をするためには、まず対象を深く知る必要があります。

そのため、現地へ赴き、生活の方法などを自分の目で見ることが最大のポイントになります。

何度も沖縄へ飛び、学者として正対しようとすればするほど、彼自身、沖縄そのものの魅力にとりつかれていったというのが正しいのかもしれません。

「ハマる」という表現が1番ピッタリでしょう。

ここからは、ぼくのクラスにいた生徒の実話です。

その男子生徒は修学旅行ではじめて沖縄を訪れ、インスピレーションを感じたのかもしれません。

どうしても住みたい、どうしたら可能かということを担任のぼくに問いました。

その時、現地の教員になったらどうかと勧めたのです。

その半年後、彼は現地の大学を受験し合格しました。

4年後には那覇市内の小学校の教員になったのです。

その数年後、ぼくが再び担任をした時のことでした。

修学旅行先が沖縄に決まったのです。

教員になったばかりの彼は、ぜひ後輩のために、ガマの案内をしたいと手をあげてくれました。

ガマとは南部戦跡にある洞窟のことです。

戦時中は全く電気もない暗黒の中、野戦病院としても使われました。

降伏をせずに、火炎放射器で焼き払われたところもあったのです。

彼はバスに乗り込み、実にみごとなガイドをしてくれました。

ガマの中まで、ていねいに案内し、説明もすばらしかったです。

沖縄は、不思議と人を引き付ける土地なのです。

神が宿っているとしか思えませんね。

本文

沖縄が好きになって、どうしようもないぐらいハマってしまって、年に何度も通って、そのうち移住して、という人はとても多い。

沖縄にハマるとどうなるかというと、沖縄に詳しくなる。

ほんとうに沖縄はまるで、読んでも読んでも終わらない一冊の分厚い本のようだ。

歴史や政治、文化や環境など、次から次へと勉強することがある。

そういう沖縄にハマって、ついにその研究を専門とするまでになった私だが、実は、「沖縄病のナイチャー」の方々が、若干苦手だ。

同病、というか、まるで自分の姿を見ているようだからだ。(中略)

沖縄を相手にして、私たちナイチャーは「冷静」になれない。

私たちは沖縄のことが好きすぎて、「他人がまだ知らない沖縄」というものを探してさまよい続けているのだ。

しかし、あらためて強く思うのだが、私たちは観光客が知らない沖縄を求めてこんなに何度も通いつめているのに、そういう沖縄への愛は、基地を動かすには、全く足りない。

沖縄のことについて詳しくなる。

沖縄のことをよく勉強する。

ということと、沖縄とともに生きる。

ということは、全く別のことだと感じる。

それはもちろん、沖縄を研究する私にも突きつけられている。(中略)

私自身もかつてはそうだったのだが、観光ではじめて沖縄に来て、沖縄にハマって、何度も通うリピーターになると、多くの内地の人々は、今まさに失われつつある「ほんとうの沖縄」を探すようになる。

失われていく、もともとの純粋な、混じりけのない、原初的な沖縄を。(中略)

沖縄はこれからどうなってしまうのだろうか。

それはもうなくなっていくのだろうか。

そんなことはない。

沖縄はなくならない。

沖縄は沖縄のままだ。

もちろん、無意味で不必要な再開発は、よくない。(中略)

私は、沖縄的なものは「ほんとうにある」と思っている。

あるいは、もっと正確に言えば、ほんとうにあるのだということを私自身が背負わないと、沖縄という場所に立ち向かうことができないような気がしている。(中略)

ほんとうの沖縄探し

この土地には神が宿っていると書きました。

美しい海を眺めながら、御嶽(ウタキ)と呼ばれる琉球の神話の神が来訪する場所に立つと、不思議な感覚に捉われます。

祖先の神を祀る場もあります。

地域の祭祀において中心となる施設であり、地域を守る聖域なのです。

代表は斎場御嶽(せーふぁうたき)でしょうね。

琉球王国の中で最も格の高い聖地とされています。

樹木とむきだしの岩山そのものが神の宿る存在なのです。

こうした場所にいるだけで、敬虔な気持ちになれるから、ますます不思議が募ります。

筆者の文章にはその感情が溢れています。

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那覇空港に降り立つたびに気づくのは、沖縄の「空気」の、湿気を含んだ独特の甘い匂いだ。

それはとても強烈な匂いで、私はいつも深々と胸に吸い込んで、沖縄に来たことを実感する。

しかしおもしろいことにその匂いは、沖縄に到着して30分もたつと、全く感じられなくなるのだ。

人間というものは、匂いにすぐ慣れてしまって、感じなくなる生き物のようだ。

しかし、街や各地のショッピングモールといった、最も「沖縄的でない場所」を歩いているときに、ふいにこの匂いがよみがえってくることがある。

あの濃厚な、とろりと甘い、亜熱帯の香り。

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それはいつもそこにあるが、気づかないものなのだ。

実に感覚的な文章です。

しかし偽りのない実感に満ちています。

沖縄は誰もを捉えて離さない不思議な島です。

そこに基地問題が深く宿っていることも、厳然とした現実です。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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