多数決を疑う
みなさん、こんにちは。
小論文添削歴20年の元都立高校国語科教師、すい喬です。
今回は2019年度都立国立高校推薦入試に出題された「多数決」の問題について考えてみます。
毎年国立高の問題は大変に難しいです。
総合得点900点のうち、小論文が300点を占めます。
割合にすると全体の33%です。
通常は25%の学校が多い中で、目をひきますね。
ここで差をつけることは十分に可能だと思われます。
毎年、文系1問、理系1問が出題されます。
2019年度は「多数決」という民主主義の根幹をなすテーマをあらためて考え直そうという意図のものでした。
出典は岩波新書、坂井豊貴著『多数決を疑う』です。
架空の市の市長選挙についての文章と有権者への事前調査結果表を読んで答える問題です。
なぜこのような問題が出題されたのか。
その背景はいろいろと考えられます。
深読みをすれば、多数決の機能がやや制度疲労を起こしつつあるという現実をみないワケにはいきません。
多数決で決めれば、必ず民主的な結論が得られるのかという問題です。
1つの例をあげましょう。
これはやや特殊な選挙方法のサンプルです。
アメリカ大統領の選挙は2大政党制下で行われます。
どちらが選ばれるかで政策が大きく転換するのです。
それだけに世界への影響力も甚大なものがあります。
実際に2000年の選挙では、民主党のゴア候補が有利と見られながら、途中で泡沫候補のネーダー候補が現れました。
支持層の重なるゴアの票を取ったために、共和党のブッシュ候補が勝利したのです。
まさに漁夫の利を得たといわれています。
こういう現象が現実に起こったということがその後の世界を変えたのです。
大統領選挙
アメリカの大統領選挙制度はかなり特殊です。
2016年の選挙でも、選挙人選挙の得票数では、共和党のトランプ候補が民主党のヒラリー・クリントン候補を下回っていました。
300万票の差があったのです。
しかしアメリカ独特の選挙人総取り方式はトランプ氏を大統領に選出しました。
各州に割り当てられた選挙人の数を全て算入してしまうという方式が、トランプ勝利の理由です。
比較多数の票を得た候補が勝つというシステムではないのです。
単純にトランプ氏がクリントン候補よりも、多くの選挙人を獲得したからです。
アメリカの大統領選挙は他の国の決め方とかなり違いがあります。
各州に割り当てられる選挙人の数は10年に1度、憲法で義務付けられている国勢調査の結果で変わるのです。
それに連邦議会上院の定数100人と、人口によって各州議席が決まっている下院の定数435人が加わります。
さらに首都ワシントンの代表3人の人数を加えて、選挙人の総数は538人になるのです。
したがって当選に必要な人数は過半数の270人です。
この方式をやめるべきだという意見が今年の選挙でも隋分聞かれました。
必ずしも民意を反映していないというのがその理由です。
今の選挙人制度など廃止して、全米の得票数で決めればいいのではという意見はかなり以前からあります。
そうすると人口の少ない州の利益が反映されにくくなるとも言われています。
アメリカは1つの州が一種の独立国に似ているのです。
ほとんどの州では、最も多く得票した候補がその州の選挙人全員を獲得します。
得票率で選挙人を配分する州は、メイン州とネブラスカ州の2州のみなのです。
こうしてどちらかの候補の持ち分が決まった段階で、選挙人が最終的に有権者の民意を繁栄して投票します。
ほとんどの州は伝統的に、支持する政党が決まっているので番狂わせはありません。
候補者たちが狙うのは接戦している州や激戦州と呼ばれるところです。
人口が多く選挙人の数も多いフロリダ州がよくニュースになりますね。
オハイオ州も、激戦州の1つです。
国立高校の問題
このシステムが人々の意志をどこまで反映しているのか。
総取り方式が果たして大統領選にふさわしいのか。
今回はコロナ禍の影響で投票方法まで議論の対象になりました。
トランプ大統領はほとんど根拠を示すことなく、郵便投票は不正投票につながると発言をし続け暴動にまで発展したのです。
SNSを使い、民意をあおったという容疑で弾劾裁判まで実施されました。
国立高の問題作成委員が推薦入試にあたって、アメリカ大統領選をイメージしていたことは容易に想像がつきます。
さらにいえば日本の選挙システムの劣化です。
小選挙区制や比例代表制など、かなりの制度疲労がみられるといわれています。
そこで出題されたのが、「ボルダルール」という1つの選挙手段でした。
受験生はどれくらいこのシステムについて知っていたでしょうか。
耳にしたことがあるという人もいたかもしれません。
多数決は単純でわかりやすいですが、安易に採用すると思考停止になりやすいと言われています。
必ずしも多くの人々の意見を正確に集約できないという点にスポットをあてて作問されたと思われます。
それならば他にどんな方法があるのか。
その1つの考え方が「ボルダルール」なのです。
1770年、パリ王立科学アカデミーでフランス海軍の科学者ボルダがおこなった研究発表からそう名付けられました。
簡単にいえば、選択肢が3つの時、1位に3点、2位に2点、3位に1点というように加点して総和で順位を決めるという方法のことです。
この手法である市の市長選挙を行った時、市民全員が事前の調査通りに投票したとすれば、誰が当選するかという問題です。
それぞれA~Cの候補に順番をつけてあらかじめ調査をした結果が表になっています。
それを元に計算し、最終的な総合点を出しなさいというのが問1です。
ボルダルール
法人税の値上げと福祉政策の充実を掲げる候補者たちが選挙戦を戦います。
市民の考えは増税を好まないものの、福祉の切り捨ても望まないという立場の人が大半です。
ところが現実はそう簡単にはいきません。
福祉のための予算は増税なしにできそうもないのです。
さてどちらの立場を支持すればいいのか。
A候補は市民税の引き上げはやむを得ないという現職の立場です。
B候補は現市議会議員で市民に税の負担をこれ以上はさせられないと主張します。
しかし福祉への取り組みに対する発言はありません。
そこへ財政再建をし、増税もなしで、福祉も切り捨てないという政治活動経験の乏しいC候補が登場します。
市民は期待はするものの、不安も同時に抱いています。
この3人に対する支持の順位をそれぞれの人が回答しました。
その内容を表にしたものが別に掲載されています。
問1はボルダ総得点を出し、当選者を示せというものです。
計算によればC候補になります。
しかし同時に通常の多数決で計算することも要求しています。
結果はB候補の勝利です。
この2つの結果を読み取りながら、多数決とボルダルールとの違い、問題点を解説しなさいというのが最後の問いです。
結論はどのようにでも書けます。
どちらが正しいというのではなく、本当の意味で民意を反映させることの難しさを痛感したという内容でもかまわないでしょう。
しかしボルダルールにはいくつもの危険性が宿っていることを書き込むことも可能です。
内容を充実させて説得力をあげることもできます。
満場一致が理想なのは誰にもよくわかります。
しかしそれが簡単に成り立たない以上、全員を満足させることは絶対にできません。
そうした時の方法の1つとしてボルダルールがあるという論点も可能です。
しかし誰かが悪意をもって順位をつければ、当然その総得点は下がる可能性もあります。
ボルダルールはなんとなく無難な人という選択肢になりがちな側面も持っています。
大きな変革がなかなか成し遂げられないという欠点もあるのです。
堅実な選択肢をさぐるということがどれほど難しいのかということを、この試験を通じて知ってもらう意図があったのでしょう。
いずれにしても、かなり柔らかな思考力がないと、満足のいく文章にはならなかったろうと思われます。
ちなみに第2問は風呂の排水の速さの問題でした。
文系と理系という2つの全く違う脳のチャネルを持たないと、合格は難しいと言わざるを得ません。
よく考え抜かれた良問だといえます。
今後、他の高校の過去問も深掘りしていきたいと考えています。
最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。